確証と新説の関係
「そう言う経緯で、彼はこのコンビニに来た。光琳神社の近くで、一番両替を受け入れてくれそうで、なおかつその時間帯で開いていたお店がここだけだったんだろう」
「コンビニエンスストアは、二十四時間、休みなしだからですね!」
先程確認したばかりのことを繰り返しつつ、レアが楽しそうに補足を入れてくれる。
さらに、神代の方も頷きを返した。
「じゃあ、彼が急いだ様子だったのは……」
「多分、両替一つに全員を連れてくるのもなんだから、留学生たちは光琳神社に残してきていたんだろう。自由行動にしていたというか」
だからこそ、ツアーの引率役も両替する暇があったわけだが、それは同時に、留学生たちから目を放してしまっているということでもある。
引率役としては、不安な状況だったことだろう。
それ故に、早いこと両替を済ませて、光琳神社に戻りたかったわけだ。
「その後、ガムを買ったのはさっき言ったように、両替を頼みやすくするため。そして、貰った五円玉の詳細を確認しなかったのは、単純に五円玉であればそれで良かったから、と考えて良いと思う」
「確かにそうね。人数分さえあれば、後はどうでもいいわけだし……」
ふむふむ、という感じで神代が首肯する。
頭の中で、今までの話に矛盾が無いか、確かめるような動きだった。
彼女本人も真相が気にかかっていたようだし、当然の反応だろう。
──となると、推理の締めとして、確かな証拠を見せた方が良いかな……。
ふとそんなことを思い、僕はレアの方に視線を向けた。
今までの「日常の謎」は、その性質上、はっきりとした物的証拠があることがまず無かったのだが────今回に限っては、レアの存在から、その確かな証拠を集められる可能性がある。
そう思った僕は、一つ、レアに頼み事をした。
「ごめん、レア。一つ、頼んで良い?」
「はい?何です?」
「……日本に来た時とかに、何か、全員で写真撮影とかをしていたなら、その写真を見せて欲しいんだ。出来れば、通訳の人とか、迎えに来た学校の人とか、そういう人も全員映っているのが良いんだけど」
もしかすると持っていないかもしれない、とも思ったのだが、僕の言葉を聞いた瞬間、レアは何か思い出したような顔をする。
さらに、その場でピョン、と軽く跳ねて、座っていた椅子から立ち上がった。
「写真ですね、少し待ってください!」
そう言いつつ、ポケットをゴソゴソ漁り、スマートフォンを取り出す。
あ、持っているんだ、と思う間もなく、彼女はそれをパッパッパッ、と操作し、やがて一枚の写真を見せた。
「……これ、昨日の朝、空港で撮影した写真です。留学生仲間に、送ってもらったやつですけど。多分、ツアーの人とか、通訳の人とか、皆映っています」
「おお、ありがとう」
そう言いつつ、僕はレアが出してくれた写真を見る。
そこには、予想通りと言うか、希望通りと言うか、交換留学生全員が映っていた。
レアの話通りの、二十人近い学生たちと、その隣に映る職員たち────市役所の人間か、それとも旅行会社の人間なのかは知らないが、スーツで固めたサラリーマン風の男の人もちらほらと居る。
それを確かめた僕は、今度は神代の方に頼み事をした。
「神代、この写真、バックヤードに居る叔母さんに、見せてもらってもいい?」
「え、この写真を?」
「ああ。そして、こう尋ねて欲しい。……昨日、両替を頼んだ男の人は、この中に居るかって」
そう言った瞬間、神代がなるほど、という感じの顔をした。
僕がなぜこういう頼みをしたのか、分かったのだろう。
「そうよね。ツアーの引率役とかが両替を頼みに来たってことは、この中にその人物は映っている訳で……そして叔母さんは、その人と昨日顔を合わせている訳だから」
「そう。要するに、この写真を叔母さんに見せて、これが昨日の人だってなったら、僕の推理が合っていると分かるんだ」
そう言うや否や、立ち上がったままのレアの手を掴みつつ、神代は立ち上がった。
そして、「レア、行こう!」と言って、ズンズンとバックヤードの方に向かっていく。
レアの方も、レジの奥と言う空間に興味があるのか、例の写真を映し出しながら、楽しそうに引きずられていった。
──凄い勢いで行ったな……。本当に気になっていたんだな、この謎。
彼女たちの様子を見つめながら、一人残された形になった僕は、ちょっと楽しくなりながらそこに座り続ける。
同時に、これで推理が間違っていたら、相当恥ずかしいな、とも思っていたのだが。
幸いと言うか何というか、すぐに戻ってきた彼女たちは、「エイジの推理、合ってました!」「叔母さん、昨日の人は確かにこの人だって言ってた!」と、口々に告げた────。
────そう言う経緯を経て、「第三の謎」を解決した日の、夜。
レアや神代への別れの言葉もそこそこに、僕は帰宅して自室に籠っていた。
これは特に深い理由が会ったわけではなく、単純に我が家の門限が迫ったからである。
ウチの親は、別に滅茶苦茶ルールに厳しいという訳でも無いのだが、それでも門限をあまりに無視してしまうと多少は説教が来る。
推理が終わった時点で、まあまあ微妙な時間になった以上──自転車を学校に置いてきていたため、一度取りに戻る必要があり、その分門限が迫っていた──すぐに帰らざるを得なかったのだ。
ただ、僕が帰ると言い出したのがかなり急だったからか、別れ際のレアは物足りなさそうな顔をしていた。
もうちょっと、色々と話したかったらしい。
そんな彼女を、明日も会えるんだから、となだめすかし────さらにその際、もう一つだけ、僕は彼女の頼み事を聞くことになった。
それ故の行動として、今僕は部屋に籠っている訳である。
「……PCカメラって、これだよな」
家族共有で一台置いてあるノートパソコンを自室に持ち込み、僕は色々と設定を弄る。
起動しようとしているのは、とあるソフトウェアだ。
まだ話し足りないこともあるから、オンライン会議などに頻用されるというそのソフトで、家でもちょっと話しましょう、と言うのが、レアの提案だったのである。
ただ、留学に関連してそのソフトを使いこなしているらしいレアはともかく、ウチのパソコンにはそれが入っていなかった。
そう言う訳で、僕はニ十分近い格闘を自室で繰り広げ────ようやっと、起動まで持ち込む。
「やっと出来た……手間かかったな。まあ、普通のメールとかだと、文章打ち込むのがどうしても時間がかかるらしいし、こういう通話サービスの方が、話が早いか」
ソフトを開いて、レア側のアクセスが来るのを待機しつつ、僕はそんな独り言を呟く。
レアも、実際にペン書きするならともかく、スマートフォンでの文章の打ち込みくらいは何とかなるらしいが、どうしても日常会話のペースより遅くなる、とのことだった。
だから、こういう形式になった訳である。
「しかし、何か話し残したことってあったかな……『第三の謎』に関しては、もう全部話したし……」
ふと、そんな疑問を抱いて、呟きを漏らす。
すると、まるでその言葉を待っていたかのように、目の前の画面が明滅した。
『あー、あー……こんばんは、エイジ!音、聞こえてますか?』
「ああ、こんばんは、レア。……あれ、神代は?」
いきなり、画面を埋め尽くすようにして現れたレアの顔──PCカメラに密着しているらしい。流石にすぐ離れたが──に驚きつつ、最初に僕は疑問をこぼす。
再三言ってきたことだが、現在彼女は神代の家にホームステイ中である。
当然、今、レアがこの会話のために使っているパソコンも、恐らくは神代かその家族の物、ということだ。
だから、この会話には神代も参加するのかな、と思っていたのだが、見た限り画面にはレアしか映っていない。
それ故に質問だったのだが、レアは楽しそうにチッチッチッ、と指を振る。
『マコトは今、お風呂中です。生憎ですけど、覗きは出来ませんよ、エイジ』
「いや、流石にそんなことは頼んでないけど」
『……む?日本の漫画で読みました。こう言う時って、男の子は女の子のお風呂が気になる物じゃないんですか?』
「いや、それは漫画的表現だから……」
……どうやら、推理漫画以外に、彼女はラブコメも読んでいたらしい。
あらぬ疑惑を掛けられた僕は、レアの指以上の速度で掌をヒラヒラと振り、彼女の想像を否定する。
そして、挨拶もそこそこに本題に移った。
「それで、レア。話し足りないことって、何だ?手早く済まそう」
『あ、そうですそうです。そっちがありました』
画面上でハッとした顔をしたレアは、そこでやっと本題を切り出した。
『マコト、コンビニエンスストアであの話を聞いてきた時、言ってましたよね?ダイサンノナゾって』
「ああ、言ってたな」
『あれって、何なのですか?ダイサン……第三、だとすると、何故三つ目なんです?マコトに聞いても、はぐらかされてしまったので、エイジに聞こうと思って』
「あー……」
また変なことを聞かれるのかな、などと思っていたのだが、想像していた以上に妥当な疑問が飛び出して、思わず僕は頷いてしまった。
──そうか。そう言えば、そのあたりの事情言ってなかったな。神代も、「第一の謎」についてちょっと言っただけ、とか言ってたし。
レアの立場からすると、当然生じるであろう疑問である。
あれが三番目なら、一番目と二番目は何だ、ということになるからだ。
──確かにこれは、分からないとモヤモヤするだろうな。大雑把にで良いから、説明はしておくか。どうせ、遅かれ早かれ知るだろうし。
あまり言い触らす話ではないが、別に決して知られてはいけない話、という訳でも無い。
神代のプライベートに関わる、「第二の謎」の中核と、神代にも言っていない僕の初恋云々の事情を除けば、どういう経緯で僕が謎を解いているのか、くらいは教えても良いだろう。
そう思った僕は、音量を意識しながら説明を始めた。
「ええと、少しややこしい話なんだけど、最初から話そう。まず、僕が色々あって神代に告白したところから始まって……」
そこから、出来る限り分かりやすい言葉を選びつつ、レアに事情を話す事、十五分。
既に神代から話を聞いていた「第一の謎」は大幅に説明を端折り、「第二の謎」は大雑把なことしか言えないので、意外と時間は短く済んだ。
──しかしこの話、如何にもレアは喜びそうだな。
話しながら、僕はそんなことも思った。
自分で体験しておいてなんだが、「学年一番の女子に告白しにいったら、なんやかんやで探偵の真似事をやることになりました」という僕と神代の辿った経緯は、それこそレアの好きな作品に出てきそうな、フィクションっぽい展開である。
現実に起きている事の割に、リアリティが無いというか。
だから、事情を聞いたレアはもしかすると、「凄い、やっぱり日本ってそんな謎がたくさん起きているんですね!」とか言うかもしれない、と僕は想像していた。
何なら、また瞳をキラキラとさせて、日本への誤解を深めるかもしれない。
しかし────意外にも。
話を聞いたレアは、画面越しに分かる程明確に、難しい顔をした。
──何だ、そんな、考え込むようなところあったか?
話し終わった僕は、押し黙ったレアを前にして、軽く狼狽する。
何か、説明が不味いところでもあったのか、と思ったのだ。
しかし、実際にはそうではなく────レアは、静かな口調で問いかけてきた。
『……エイジ、確認させてください。マコトはエイジが告白をした時、四つの謎を解いて欲しい、と言ったんですね?それを解き終わったら、恋人になってもいい、と』
「まあ、そんな感じだ」
『そして、最初の謎は、その場で教えてくれたんですよね?何なら、時間を見計らったようにして』
「ああ、そうだった」
神代を呼び出した教室から、引きずられるようにして音楽室に向かった時のことを思い出し、僕は首肯する。
あの後、推理して分かったことも考えると、神代はあの時点で、僕をあそこに連れていくことは決めていたようだった。
レアの理解は、間違っていない。
『そして、二つ目の謎も、詳細は聞いていませんけど、謎の発生自体はかなり昔だったんですね?』
「そうだな。神代がそのことの違和感に気が付いたのは、結構前だったらしいし。偶々、僕に相談したのが最近だっただけで」
これまた正しい理解だったので、僕は軽く頷く。
正直に言えば、それがどうした、とも思った。
しかし、そんな僕とは対照的に、レアは指をL字にして、顎を支えるようにして添える。
『そして今回は、コンビニエンスストアで話を聞いて、エイジと私に話を聞かせた……やっぱり、変ですよ、これ。マコトの行動には、説明のつかない点があります!』
「え……そうなのか?」
『はい!少なくとも、今聞いた限りでは、変な点は明らかです!』
真面目な顔をして、レアはそう訴えかけた。
画面越しにでも、それが決しておふざけでないことが分かる。
何なら、彼女の表情の真剣さや、漂わせている雰囲気は────それこそ、謎を解く探偵のようだった。
──何か、レアは神代の行動の矛盾点に気が付いたのか?それも、僕も気がついていないことに?
突然の雰囲気の変化に当惑しながらも、僕はそんな推測をする。
無論、神代は未だに謎の存在であることは間違いない──そのことは、先程の説明の中にも入れていた──が、レアの様子からすると、さらなる事実に気が付いた様子だった。
第三者として話を聞いた分、見えてくる物があったのだろうか。
……自然、僕は息を呑む。
そして、気が付いた時には話を促していた。
「……レア。また、頼み事良いか?」
『はい』
「今、レアが不思議に思ったことや、それに対する推理、聞かせてくれ。出来れば、神代が風呂から帰って来る前に」
これが、正しい判断なのかどうかは分からない。
また、誤解に満ちた変な推理を聞かされるかもしれない。
そんな危惧は当然ありながら、それでも。
レアの話を、聞きたいと思った。
僕のその意を、レアも受け止めたのだろうか。
彼女は一度目を閉じ、そして例の言葉を呟いた。
『Maintenant……』