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バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
EpisodeⅢ:五円玉二十枚の謎
30/94

シンプルな話と推理しにくい謎の関係

 ……流石に、叔母さんもこの申し出には驚いたらしくてね。

 はい分かりました、とは行かずに、ちょっと戸惑ったそうよ。

 今まで、そんな事を言ってくるお客さんはいなかったから。


 いえ、正確に言えば、百円玉を十円玉十枚にして欲しいとか、千円札を百円玉十枚にして欲しいとか、そういう頼みをしてくるお客さんは、そこそこ居たの。

 後、十円玉を一円玉十枚にしてほしい、という人も、珍しいわけではない。

 お釣りの端数を揃えるのに、一円玉は結構使うから。


 だけど、そのお客さんが求めるような、百円玉を五円玉二十枚にしてほしい、というのは、コンビニの店長になってそれなりになる叔母さんにとっても、初めての経験だった。

 だって、五円玉って、正直あまり使う機会が無いでしょう?

 使うにしても、一枚二枚のことが多いから……二十枚一気に欲しい、というのは、少し変な頼みよね。


 そのせいで、この時の叔母さんは、「この人は、本当に五円玉が二十枚欲しいんだ」とは考えなかった。

 そうではなく、「本当は何らかの事情で五円玉が数枚欲しいが、持っている硬貨が百円玉しかないので、仕方なく五円玉を二十枚欲しい、と言い出しているんじゃないか」と考えたそうなの。


 要するに、「五円玉が二枚必要なので、この百円玉を五円玉二枚と十円玉九枚に両替してください」と言うのが面倒くさくて、全部五円玉にしてください、と言ってきていると思った、ということね。

 その方が、より有り得そうというか、自然な流れでしょう?


 だから、叔母さんは五円玉を渡す前に、そのお客さんにこう言ったそうなの。

 確か、「五円玉の必要な枚数を仰っていただけたら、残りは十円玉で払いますよ」、と提案したらしいわ。


 だけど────その男の人は、有難迷惑、という風な顔をして、こう言った。


「いいえ、全部五円玉でください。五円玉じゃないと、意味ないんです」


 ……そこまで言われたら、もう、断るのも変な話だから。

 叔母さんは、要望通りレジから五円玉を二十枚出して、彼に手渡した。


 五円玉を受け取ったその人物は、相変わらず急いだ様子で、すぐに店の外へと走って出て行ったそうよ。

 貰った二十枚の五円玉は、見もせずにポケットに突っ込んでいたそうだけど。


 話としては、基本これだけ。

 今までの謎と比べれば、シンプルな話ね。

 だけど、十分に不思議な話でもある。


 実際、叔母さんは昨日から、この件は結局何だったのか、気になって仕方がない──それこそ、訪ねてきた私に聞かせるくらいに──ようだし。

 この男の人の行動には、解せない点が多く存在するわ。


 まず、その人は一体、どういう理由で急いでいたのか?

 そして、急いでいた割にまずガムを買っていったのは、どういう理由なのか?


 五円玉をそこまでして欲しがったのは、何故か?

 何故、全てが五円玉じゃないと意味が無いのか?

 そして、彼は二十枚の五円玉を抱えて、どこに行ったのか?


 どれも、気にしすぎと言えば気にしすぎではあるのだけど。

 真剣に考えてみると、意外と、合理的な説明がつかない。


 さっきも言ったように、五円玉って、あまり大量に使う機会が無い。

 だというのに、コンビニに駆け込んでまで、五円玉を二十枚手に入れないといけない理由は、何か?


 桜井君、そして、レア。

 この謎、解いてもらえる?




 そこまで言い切ってから、神代は口をすぼめて、ふう、と息を吐いた。

 さらに、場所代替わりに購入したジュースを、一口飲む。

 いい加減、喉が渇いたようだった。


 そして、ジュースの缶をテーブルに置いてから、こちらに視線をやり。

 さあ、どうだ、という感じの表情をした。


 ──神代自身、真相が気になって仕方がない、という感じの目をしているな……。


 話の感想よりも先に、僕はそんなことを思った。

 音楽室の一件もそうだったが、相も変わらず、日常の細かなことを気にする人だ。

 いくら彼女の叔母さんが気にしていたからと言って、これをただの「日常の話題」ではなく、「日常の謎」として捉えるあたり、実に神代だなあ、と思う。


 まあ、今更のような神代の性格の確認は、そのあたりにして。

 僕は今度こそ、今聞いた話について考えこみ、その思考をそのまま口に出した。


「話を聞いた限りでは、起きている事自体はシンプルな割に、推理がしにくい話だな、と思う。……二十枚もの五円玉を、急いで用意しないといけない理由、か」


 こうして口に出してみるとより分かりやすいが、中々想像できないシチュエーションである。

 神代の言う通り、五円玉を使う時と言うのは、必要となる数は大抵一枚か二枚だ。


 そもそも、「五円」玉である以上、二枚使う時にはそれこそ十円玉を使えば良くなるので、三枚以上必要となる機会自体が無い。

 言ってしまえば、五円玉と言う物は、最初から大量に使うことは想定されていない通貨なのである。


 その五円玉を、急いで二十枚用意する。

 それも、両替を受け入れてくれるかどうかも分からない、コンビニに駆け込んでまで。

 訳が分からない。


 ──レアも、今一分かっていなさそうだな……。


 早々に思考が詰まった僕は、チラリと横目でレアの様子を伺う。

 そこでは、椅子の一つに陣取ったレアが、芝居がかった様子で「うーむ」などと言いながら、腕を組んでいた。

 どうやら、彼女が憧れるところの探偵になり切っているらしい。


 ただ、その推理は彼女の憧れほどには順調には進んでいないのだろう。

 陶器のように綺麗だった額にはしわが寄り、唇も無意識に尖っている。

 これじゃないか、という仮説も出てきてはいないようだった。


 ──と言うか、そもそもレアって、五円玉とか百円玉とか見たことあるのか?


 彼女を見ているうちに、僕はふと、そんなところが気になる。

 神代の話によれば、彼女が日本に来て、まだ一日しか経っていない。

 細かい硬貨については、よく知らないということも十分にあり得る。


 一ヶ月の留学なのだから、ある程度の日本円は換金して用意しているだろうが、その日本円は恐らく紙幣だろう。

 五円玉やら十円玉やらを、空港でちまちま用意したとは考えにくい。


 それこそ、話を聞いている最中も、五円玉とは何か、分かっていなかったのではないだろうか。

 そう思った僕は、無意識に自分の財布を漁り、彼女の前で小銭──上手い具合に、五円玉も百円玉もあった──を提示していた。


「……レア、一応言っておくけど、今の話に出てきた五円玉や百円玉って言うのは、これだ。特に参考にはならないかもしれないけど、置いておくよ」


 そう言って、僕は机の上に二枚の硬貨を置き、レアの方に滑らせる。

 彼女は、目の前に転がってきたそれらを、難しい顔のまま見つめ────そして唐突に、目を真ん丸にした。


「……エイジ、マコト。その……この、黄色くて穴が開いたコイン。これ、五円玉ですか?」

「そうだけど……どうかした?」

「いえ、確かに、漫画の描写からするとそんな感じでしたけど……んー」


 問いに対しては、神代の方が返答した。

 しかし、その言葉も聞こえないかのように、レアはしばし、五円玉を見つめていた。

 変な例えだが、天然記念物の動物でも観察しているかのような様子である。


 ──何だ?五円玉がそんなに珍しいのか?


 まあ、この様子からすると、五円玉を生まれて初めて見たようだから、物珍し気に見ること自体は、不思議でもなんでもないのだが。

 それにしたって、妙に五円玉を珍しがっているように見せる。

 隣に置いた百円玉は、放っておかれているのに。


 その理由が何なのか、一瞬思い浮かびそうになって────しかし、その前に、神代の声が響いてきた。


「それにしても、何故一円玉でも十円玉でもなく、五円玉が必要だったのでしょうね……桜井君、分かる?」

「いや、まだ……そっちは、何か思い浮かんだ?」


 まだ何も思いついていなかったので、とりあえず、神代に質問を返却する。

 すると、えーと、と悩みながら、苦し紛れのようにして神代が仮説を提示した。


「物凄く安易な推理をすると、その人は熱心な五円玉コレクターだったとか……。それで、この店には実は珍しい五円玉があって、それを集めていた、とか」


 そんなことを自分で言ってから、即座に神代はブンブンと顔の前で手を振り、「ナシ、今のは、ナシ」と言う。

 ちょっと、安易すぎて口に出したのが恥ずかしい推理だったらしい。


 実際、この推理は僕も思いついてはいたが────説明のつかない点がある。

 と言うのも、両替を申し出るのはともかく、その後がおかしいのだ。


「……本当にコレクターだったのなら、多分、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?何年発行の物が稀少価値が高いとか、そう言うのあるだろうし。と言うか、それを確認しないと意味が無いというか」

「そうよね。だけどその人は、すぐに走って出て行ったそうだし……」


 少々、レア物の硬貨を求めてきたコレクターには、そぐわない言動である。

 そもそも、仮に本当に、このコンビニのレジ内にレア物の硬貨があり、それを手に入れるために彼が両替を申し出たのだとしても────その場合はその場合で、何でそんなことを知っていたのか、という新たな疑問が生まれるだけだ。

 どうにも、この線で片を付けるのは、難しい気もする。


「これが一円玉なら、使う機会も多いから大量に両替して欲しい、という人がいても不思議ではないのだけど……五円玉だから、より不思議よね。コレクターではないとすると……ちょっと私には、思い浮かばない」

「二十って数字も、何か意味があるのかな?ただ単に大量に欲しかったのか、それとも何らかの理由で、二十枚無いと意味が無い状況だったのか……」


 うーん、とまた詰まる。

 なまじ話がシンプル過ぎる分、手掛かりが少なすぎるのだ。

 どうにも、思考が進まない。


「レア、何か、思いついたことはある?どんな推理でも、聞いてみたいくらいなのだけど……」


 推理に限界が来たのか、神代は不意にレアに話を向ける。

 すると、未だに五円玉を見つめていた彼女が、ふにゅ?という顔で視線をこちらに向けた。

 どうやら、ようやく五円玉への興味は薄くなったらしい。


「……今の話を聞いて、何かこれは、という意見は無いか?」


 話を聞いていなかったようなので、僕は今一度質問を繰り返す。

 すると、レアはパアッ、と顔色を明るくし、グイ、と体をこちらに寄せた。

 そして、当然のようにして、こう告げる。


「要するに、推理、ですね?……私、()()()()()()()!」

「……え、あるの?」

「はい!さっきからのマコトの話を聞いて、思いついたことがあるんです!」


 勢いよくそう言ってから、レアは胸を張った。

 それを見て、僕と神代はおおう、とのけぞる。

 同時に、何だか予想外の展開になってきたな、と互いに思っているのが分かった。


 しかし、そんな僕たちを尻目に、レアはビシッ、と人差し指を立て、天を指さす。

 さながら、謎解きショーを始める探偵のような動作だった。

 この動きも、どこかで練習してきたのだろうか。


 だが、僕がその思考も、十分に進める間も無く。

 レアは、こんなフランス語から話を始めた。




Maintenant(さて) ……」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 五円玉の使い道がごくろうさんしか思い付かなかった… [一言] 推理前のこれは世界共通なんですね
[良い点] 五円玉はお賽銭として使われるし、そのためとかですかね? 昨日ってことも合わせて考えるとそんな気がする。
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