五円玉と両替の関係
「ダイサンノナゾ……?」
はてな、という感じで、まずレアが首を捻った。
彼女がこれまでに神代から聞いたのは、第一の謎の概要のみ。
いきなりこんなことを言われても、詳細を把握できなかったのだろう。
しかし、当然ながら、僕はまた「日常の謎」が発生したらしい、と察知できた。
二度あることは三度ある、という言葉通りである。
何なら、最早神代から謎を持ち掛けられること自体にある種の慣れが生じてしまったのか、断るとか、言葉を濁すとか、そういう選択すら頭に浮かばず、即座に受け入れてしまったくらいだった。
……ただ、その前に。
「……それ、ここで解くのか?その、レアへの案内とかを済ませた後じゃなくて……」
話の腰を折る形になったが、そこが最初に気になったので、僕は神代の話を遮るようにして問いかけた。
例の四つの謎は、あくまで僕と神代の間の話。
第三者が居る場所でやるのは、ちょっと違う気もしたのだ。
神代も、そういう反応は予期していたのだろう。
彼女は一度頷いた後、すらすらと説明を入れる。
「勿論、本当ならこれが終わった後が良いのでしょうけど……私も、今さっき聞いたばかりの話だから、出来ればすぐに話しておきたいのよ。時間を置くと、細かいところを忘れてしまうかもしれないでしょう?それに……」
「それに?」
「この『第三の謎』の発生現場が、まさにこのコンビニなの。だから、ほら、謎を解くために現場を確認しておきたい、となった時、またここに来るのは二度手間でしょう?」
そう聞いて、なるほど、と思う。
確かに、中々的確な提案ではあった。
思い返してみれば、「第一の謎」でも、「第二の謎」でも、僕は実際に謎が発生した現場を確認することで、謎を解いている。
音楽室の一件では、中の様子を見たことで。
涼森舞の一件では、彼女の家にまで向かうことで、証拠を集めたのだ。
そう言う意味では、今の神代の理屈は、謎を解く側からすれば有難い申し出である。
鉄は熱いうちに打て、では無いが、早いこと話を聞いておいた方が、何にせよ上手くいくかもしれない。
尤も、街の案内が中断されてしまうレアは、少々不利益を被ってしまうことになるが。
「レア、本当に申し訳ないのだけど、今私が気になった謎について、少し考えさせてもらっていい?その後、必ず街の案内はするから」
同じことを気にしたのか、謝罪をするようにして神代が代案を述べる。
すると、眉を下げる神代とは対照的に────レアは物凄く明るい表情を浮かべた。
「……マコト、顔を上げてください。そんな、気にしてません。と言うか、大歓迎です!」
「そうなの?」
「はい!良く分かりませんけど、要するに、謎解きをするんですね?何か、不思議なことが起きたんですよね?」
ふるふると、内なる興奮を抑えきれない様子で問いかけるレアを前にして、神代が軽く身を引きながら頷く。
どうも、レアの熱意に押し負けてしまっているように思える様子だ。
「探偵が歩くところ、事件が起きる……私の、大好きな展開です!聞かせてください、マコト、私も一緒に、考えますから!」
そう言って、レアは再び、ニコッと笑った。
どうやら、街案内が遅れるとかそう言うことは、最初からどうでもいいらしい。
──まあ、損するはずの本人がこう言ってくれるのなら、もう断る理由は何も無いな……。
彼女の顔を見て、僕はそんなことを思う。
そして、多少周囲を気にして、どこか話が出来る場所が無いかを探した。
いくら何でも、コンビニの通路で謎解きは出来ないだろう。
──じゃあ、あそこが良いか。
ふと、コンビニの端の方の場所────所謂、イートインスペースを見て、僕は丁度いい、と思った。
上手い具合に、そこには誰も人が座っていない。
僕たち三人が話をするくらいなら、何とかなるだろう。
そこまで確認して、いよいよ、僕は神代に話を促した。
「レアもこう言っているし、門限まで時間はある。……神代、あそこにでも座って、話を聞かせてくれ。どんな謎が起きて、何が不思議なのか」
そう告げた瞬間、僅かに神代の表情が緩む。
同時に、その眼差しが真剣な物になったのが分かった。
<神代真琴の証言>
ええと、私も聞いたばかりの話だから、上手く整理できていない話なのだけど……簡単に言えば、昨日叔母さんが体験した、変な話よ。
気にしないでいようと思えば出来なくもないけど、深く考えれば考える程、合理的な理由が見当たらない、と言うか。
私の叔母さんは、そう言っていたわ。
本当は、実際に体験した叔母さんが話すのが一番良いのでしょうけど、叔母さんもまだ仕事で忙しいみたいだから。
又聞きで悪いけど、私が話すわ。
少しグダグダな流れになってしまうかもしれないけど、良い?
……事の始まりは、つい昨日の事。
ええと確か、午後四時くらいの時間帯だったらしいわ。
その時、叔母さんは店員の一人として、レジに立っていたらしいの。
別に、それ自体は珍しい話じゃないわ。
アルバイトの人も、シフトが存在するから。
店長と言っても、レジに立つことくらいはよくある話だもの。
ただ、レジに立ったのはいいけれど、その時は、そこまで忙しくは無かったらしいわ。
ほら、午後四時くらいって、昼食を買うために人が来やすいお昼時は終わっているけど、仕事をしている人が帰り際に寄りやすい夕暮れ時にはまだ早い、くらいの時間帯でしょう?
だから叔母さんも、品物の出し入れをしたり、レジの中身を整理したりしながら、ポツポツ来るお客さんに、普通に対応していたらしいわ。
だけど────そんな中に、突然。
何故か、物凄く急いだ様子で店内に駆け込んできた人が居たらしいの。
見た目は、ええとね。
普通の、サラリーマン風の感じをした、男性だったそうよ。
中肉中背で、しっかりとしたスーツを着ていて……あまり、特徴らしい特徴は無かったそうだけど。
強いて言うなら、さっき言ったように、急いで店内に駆け込んできたこと自体が、特徴かしら。
最初、叔母さんはその人の事を、トイレを借りに来た人かな、と思ったそうなの。
これは、ごく自然な想像でしょう?
物凄く切羽詰まった様子で駆け込んでくる人は、体調が悪いだとか、凄くトイレを我慢しているだとか、そういう人が多いから。
だけど、その人は、違った。
彼は、トイレには向かわず、汗を垂らしながら、レジに向かって一直線に歩いてきた。
そして、レジの横にあるガムを勢いよく掴むと、ゼーゼー言いながら────「これください」、と言ったそうなの。
一瞬、えっ、と叔母さんは驚いたらしいわ。
コンビニを経営してきて、変なお客さんは何度も見たことがあるそうだけど────そんな、鬼気迫る程の表情でガムを買いに来た人は、今までいなかったから。
どういう事情で、この人はここまで急いでガムを買いに来たのだろう、と不思議に思ったそうよ。
だけど流石に、叔母さんもそれを直接問いかけるようなことはしなかったらしいわ。
あくまで他人事だし、叔母さんは店員だしね。
そんな、深く詮索するようなことでもないから。
だから、叔母さんは不思議に思いつつも、普通に会計を済ませた。
世の中、変わった人がいるなあ、とは思ったそうだけど。
何にせよ、そのガムをレジに通して、お金を受け取って。
レシートを渡すまでは、ごく普通に進んだそうよ。
────ここまでの話だけども、結構変わった話ではあるけど。
より変なことが起こるのは、ここから。
叔母さんが言うにはね。
会計が終わった瞬間から、件の男性が、変な素振りを見せ始めたらしいの。
端的に言えば、彼は何故か、自分で買ったガムを受け取ってからも、レジから立ち去らなかった。
それどころか、突然、財布から百円玉を取り出して、叔母さんに見せてきたそうよ。
そして、こう言った。
「すいません、これ、両替してもらえませんか?」
未だに汗だくの彼は、息を切らしながら、はっきりとそう告げた。
叔母さんは、そのことに驚いて────同時に、ちょっと困ったそうなの。
と言うのも──結構なコンビニがそうだと思うけど──このコンビニ、基本的には両替はやっていないのよ。
それをOKにしてしまうと、ひっきりなしに両替を頼む人がいるから、その防止のためにね。
そもそも、あまり両替を繰り返していると、レジの中の硬貨の管理が複雑になってしまうし。
それでもお金を崩したかったら、何かを買っていってください、くらいのスタンスでいる訳。
だから、普段なら両替を求められても、断っているらしいわ。
だけど、その男の人、あまりにも急いでいるというか、追い立てられるような感じがしていたから……。
叔母さん、どうにも断り切れなかったらしくてね。
つい、「分かりました、十円玉に両替すれば良いんですね?」と了承してしまったらしいわ。
だけど、叔母さんのその言葉に、彼は首を横に振った。
そして、こう言った。
「違います、十円玉は要りません。この百円玉を、五円玉二十枚に両替してください」
それ以外のやり方は受け付けない、と感じる程の確固たる意志で、そう告げたそうよ。




