表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
EpisodeⅢ:五円玉二十枚の謎
28/94

コンビニと事件発生の関係

「着いた、ここよ、叔母さんの店」


 雑談しながら歩くこと、五分。

 中学校の敷地からもう少し山間に入ったところで、神代は立ち止まった。


 当然のことながら、そこには一軒のコンビニが立っている。

 この辺りにはいくつもコンビニがあるが、その内の一店舗────僕としても見慣れた存在である、全国チェーンの店だった。

 しかしそれよりも、僕としては興味が惹かれる事があり、そちらを口に出す。


「神代の叔母さんの店って、良い場所にあるんだな。光琳神社の近くって……」

「ええ、この辺りは観光客が来るから」


 そう言いながら、神代はコンビニが面している道路の奥、その突き当りの方角を見つめた。

 彼女の視線の先には、山の一角を削るようにして建造されている、大きな古い神社がある。

 平日の午後だというのに、そこにはポツポツと人通りもあるようだった。


「……マコト、エイジ、何ですか、あれ?コウリンジンジャ、というのも……神社と言う物自体は、本で読んだことがありますけど」


 そこへ、訳が分からなそうな顔をしたレアが口を挟む。

 彼女の顔を見て、ああ、と僕は説明不足であることに気が付いた。


 あの神社は、この辺りで住んでいる僕たちとしては分かり切った存在だが、昨日ここに来たばかりの彼女としては、何も分からないだろう。

 神代もそれに気が付いたのか、コンビニに入る前に、すぐ説明が入った。


「光琳神社と言うのは、あそこにある大きな神社の名前なのよ、レア。千年以上の歴史があるとされる、歴史的な建造物でね。他県の人がわざわざ見に来ることもあるくらい、有名な場所なの」

「まあ要するに、この地域では珍しい、結構知名度のある観光名所なんだ。流石に、フランスでの知名度は無いだろうが……」


 僕と神代の説明を受けて、ほへー、という顔をしたレアが光琳神社を見やる。

 そして、ふと思い出すことがあったのか、あっ、と小さな声を漏らした。


「そう言えば、私の、他の留学生仲間、昨日ナントカ神社に行くと言っていました!あそこだったんですね」

「あ、そうなの?」

「はい。昨日、朝の飛行機でここの空港に来てから、それぞれのホームステイ先に行くまでの間、少し自由時間があったんです。それで、希望した人は、ツアーみたいなのに参加出来たのですが……」


 レアの話によると、ツアーを希望した他の交換留学生は、引率してきた通訳に連れていかれる形で、この地域の観光名所だとか、日本っぽい場所だとかを回ったらしい。

 その一環として、彼らは光琳神社も訪れたようだった。

 尤も、この口ぶりからすると、レアはそれに参加しなかったようだが。


「どうして、参加しなかったの?」

「早くマコトや探偵に会いたかったですし……あの神社が、何かの事件現場だったら行ったんですけどねー」


 ──いや、流石にそんな場所は案内しないだろ……。


 声には出さず、心の中で僕は突っ込む。

 どうやらレアの中では、そのくらいの事件性がある場所でなければ──それこそ、例の推理アニメで爆破されるレベルでないと──観光名所であろうと訪れるに値しないらしい。

 何というか、この理由でツアーを断られた通訳の人も、困っただろうな、と思った。


「あと、申し訳ない話ですが、興味が薄かったんです。私、そう言う建物よりも、探偵の方が好きなので」

「へー……まあ、分かるけど」


 身も蓋も無いが、妥当な感覚だな、と思う。

 日本人である僕たちですら、神社やお寺などに行くと──なまじ距離が近い分、この辺りの子どもは小学校の遠足などで、光琳神社によく出向く──少々時間を持て余すのだ。


 いくら歴史ある建造物だろうと、歴史に特に詳しくも無い僕たちからすれば、ただの古ぼけた場所にしか見えない、という事情もある。

 レアたちのように国外から来た人たちの場合、そもそも何のために存在する建物なのか、という把握から始まるので、より難しいだろう。

 元々好きだという推理物に、興味の対象として負けてしまうのは、残酷ではあるが当然の話でもあった。


「そう言う意味では、すぐにマコトの家に行ったのは良かったです……こうやって、また似たような場所に来ちゃいましたけど」

「そう考えると、あまり変わらなかったのかもしれないわね。まあただ、今は先にコンビニを見ておきましょう?叔母さんに挨拶をするから」


 そう言われて、ああそうだった、と僕は本来の目的を思い出す。

 光琳神社に気を取られて、コンビニの真ん前で違う話題に現を抜かしてしまっていた。

 あまりここに居ると、流石に迷惑だろう。


「あー、じゃあ、入ろうか。店員も、ちょっとこっち見てるみたいだし」

「はい。では、レア・デュラン、人生初のコンビニエンスストア、入ります!」


 およそコンビニに向かう時のそれとは思えない程のハイテンションで、レアが自動ドアをくぐっていく。

 それを見守るようにして、僕と神代もコンビニの中に入っていった。




 神代の叔母さんが経営するというそのコンビニに入るのは、何気に僕としても初めてだった──この辺りは他にもコンビニがあるので、そちらに向かうことが多い──のだが。チェーン店なだけはあり、店内の様子はごく普通の物だった。

 要は、一般的なコンビニ同様、レジと棚と商品があるだけの場所である。

 強いて言うなら、観光客をターゲットにしてか、飲み物の類が重点的に売られているのが、特徴と言えば特徴だった。


 しかし、そう思うのは、コンビニと言う物に慣れた僕や神代の話。

 初めて中に入るレアは、再び目を輝かせて、店内をグルグルと回って見学をしていた。

 所々、おー、とか、わー、とか言っているところを見ると、純粋に感心しているらしい。


「エイジ、あれ、何ですか?私も翻訳されたものを読んだことがありますが、形や大きさが違います!こんなに分厚いコミックス、珍しいです」

「あー、これは漫画本で……コンビニで良く売っている奴だ」

「ここ専用に、出版された漫画があるのですか?」

「厳密には、コンビニ専用ではないかもしれないけど……既に出ている漫画の再編集版とか、ベスト版とかが、ここで売られている場合があるから」

「なるほど……では、こっちは?」


 最初は、彼女自身の興味範囲からか、コンビニに良く置いてある漫画について。

 それが終わってからは、手当たり次第に質問が飛んでくる。


 偶々彼女の近くに居た僕は、流れで彼女の問いに答えていくことになった。

 それを見た神代が、質問の合間を縫って、僕の耳元で軽く囁いてくる。


「桜井君。私、叔母さんに事情を説明してくるから、ちょっとここにいてくれる?」

「ああ、了解」


 異論は無かったので頷くと、タタタ、と神代はレジの奥、バックヤードの方に向かっていった。

 どうやら、バックヤードに店長は居るらしい。

 店長との関係性を知らされているのか、周囲の店員も止める素振りは見せなかった。


 ──前々から、何度も来ているのか?顔を覚えられるくらい。


 神代の様子を見て、ふとそう思う。

 同時に何となく、そう言えば、神代の家族って、何をしている人なんだろう、と思った。


 今、叔母さんがコンビニをしている、という話は聞いたが、他の家族については何も聞いていない────と言うかそもそも、彼女がどこに住んでいるのかすら、僕は良く知らない。

 神代とは、例の四つの謎を投げかけられて以降、よく話すようになった感があるが、未だにその素性は聞けていないままだ。

 直接聞けば話してくれるかもしれないが、どうにもそんな流れにならない。


 要するに、一度は告白しておいてなんだが、相も変わらず、神代は僕にとって謎の存在のまま、ということだ。

 何なら、今さっき知り合ったレアの方が、まだ分かりやすい存在かもしれない────。


「エイジ!この黒いのって、オムスビですか!話には聞いてましたけど、私、初めて見ました!」


 ……などと考えているところに、レアの興奮した声が投げかけられ、僕の思考は一時中断された。

 そうやって、しばらくの間、僕はレアの疑問に答え続ける。

 店の方も、観光名所の近くということもあって、外国人が来ること自体に慣れているのか、特に注目されるようなことも無かった。


 そうやって、さながらスポーツのリレーのようにして質問と返答を繰り返すこと、十五分。

 いい加減疑問にも一区切りついたらしいレアが、ふと僕の背後の方を見て、声を出した。


「あっ、マコト、戻ってきました!」


 そう言われて、僕も背後を振り返る。

 大方、叔母さんへの説明とやらが終わったのだろう、と踏んだのだ。


 しかし────。


「……むー?マコト、何か、困ってます?」


 こちらに向かって歩いてくる神代の姿を見て、レアがそんなことを言う。

 その表現はやや直接的に過ぎたが、同時に的確な表現でもあった。

 そのくらい、神代の様子は、バックヤードに赴く前のそれから変化していたのだ。


 端的に言うと、彼女は、あからさまに何かを考えこむような顔をしながら歩いているのである。

 らしくもなく腕を組み、首を振り、ぶつぶつと言いながらゆっくりと前進している。

 どう見ても、「事情説明終わりました、次の場所に行きましょう」という雰囲気ではなく、「何らかの懸案事項にかかりきりです」という様子だ。


 ──何だ?何か、叔母さんから変な話でも聞いたのか?


 軽く心配になって、僕はそんなことを考える。

 それと時を同じくして、レアが僕の耳元で、そっと囁いた。


「もしかしてですけど……漫画やアニメでよくあった、アレ、ですか?

「アレ?」

「はい。……事件発生、ですか?」


 その言葉は恐らく、先程と同様、日本について妙な誤解をしたレアの勘違いだったのだろう。

 人が困った顔をしている、だったら事件だ、と言うような、出来の悪い推理小説の導入に乱用される短絡的な思考。


 しかし、この時に限っては────彼女は真相を言い当てていた。

 何せ、神代はこちらにやって来るや否や、僕に向かってこういったのだから。


「……ねえ、桜井君。唐突だけど、『第三の謎』、この場で解いてもらってもいい?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 神代さんにあってから某名探偵みたいな事件吸引力ですね… [一言] 次の話はお釣りの謎と予想
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ