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バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
EpisodeⅢ:五円玉二十枚の謎
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お出かけと三人の関係

「因みになんだけど、この後、桜井君来る?」

「この後?」


 何となく、レアの努力について思いをはせてしまい、しんみりしていた空気の中、不意に神代がそんなことを聞いてくる。

 何だ、と思って問いかけると、神代はレアの歩いていった方を見ながら、すらすらと説明した。


「今日、私に生徒会の活動がないから、レアにこの街の案内をする予定なのよ。だから、一緒に来ないかな、と思って」

「そうなんだ」

「ええ。そもそも、今ここに居るのだって、その案内の一環だしね」


 事情を聞いて、なるほど、と僕は納得する。

 明日から授業に参加するというレアが、何故この時間帯に学校に来ているのか、何気に不思議だったのだが、これで疑問は解けた。


「レアが良いなら、別に大丈夫だけど……それ、時間かかるか?ウチ、門限が六時半なんだけど」

「ああ、それは大丈夫だと思う。そんなに遠くに行く予定も無いし、近くのお店を紹介するくらいだから……」


 そこからの神代の話によれば、街の紹介と言っても、観光名所に案内するわけでは無く──そもそも、この辺りには案内するほどの観光名所も大して無いが──近所のコンビニやらスーパーやらの位置を教えるだけらしかった。

 と言うのも、あれほど日本語を話すのが上手いにしても、どうしてもレアがこの街で一ヶ月過ごす中で、言語的に困った事態が発生することはあり得る。

 だからこそ、「仮に何か揉めようがすぐにヘルプに入れる場所」を紹介しておく必要があるのだ。


「あの子、話すのは凄いのだけど、漢字を読むのは少し苦手らしいから、そう言うのも必要だと思うの……いえ、正確に言えば、読むのが苦手なんじゃなくて、語彙に偏りがあると言った方が正しいけど」

「偏り?」

「……推理小説によく出てくる単語ばっかり覚えている、と言えば桜井君には分かるかしら」


 ──ああ、なるほど……。


 確かに、万一のヘルプが必要になるのではないか、と心配になる偏り方である。

 先程の様子もそうだが、街中で彼女が変なこと──彼女の思う基準では常識的だが、周囲からは突飛に思えること──を言い出さないとも限らない。

 神代の配慮は、的を得ているように思えた。


「じゃあ、特に僕は役に立たないとか思うけど、ついていくよ」

「いえ、レアの話し相手になってくれるだけでも、十分だと思う。あの子、桜井君に夢中だから」


 軽く自嘲して言葉を重ねると、神代は薄く笑って、そんなことを言う。

 その表情は、どことなく皮肉めいているように思えた。


 ──何でそんな顔を……?


 一瞬、僕は純粋な疑問として、それを聞き返そうとする。

 しかし、そこに丁度レアが帰ってきたため、僕の疑問は棚上げされた────。






 そんなこんなで、周辺の紹介がてら、三人で学校の外に出て、すぐ。

 神代は最初に、「まずはコンビニの位置を教えておきましょう」と告げた。


「私も生徒会の活動とかがあるから、常にレアと一緒にいるとは限らない。だから、レアが一人でご飯や日用品を買いに行くこともあると思う。そんな時、コンビニの場所を知っていたら楽でしょう?」


 予め決めていたのか、神代は理路整然と説明をする。

 実際、合理的な話だと理解できたのか、レアはふんふん、と頷いていた。

 その隣に居る僕も、何となく流れで頷く。


「……んー、ということは、マコトの家から一番近いコンビニエンスストアに案内してもらえるのですか?」


 軽く手を挙げて、レアが教師に質問する生徒のように問いを発する。

 しかしそんな彼女の前で、神代は首を振った。


「いえ、少し遠いのだけど、また別のコンビニを教えておくわ。そっちの方が、多分良いと思うから」

「え、何故ですか?……もしかしてマコト、何か、アリバイトリックをするつもりですか?」

「いや、全然違うから……そこのお店の店長、私の叔母さんなのよ。だから、もし読めない文字があるだとか、支払い方が分からないだとかの問題が起きても、フォローがきくから」


 なるほど、とまた僕とレアは頷く。

 これまた、合理的な話だった。

 レアにとっても、ホームステイ先の知り合いが経営している店の方が安心だろう。


「分かった?じゃあ、まずはそこに行くわね?学校から歩いていける場所にあるから」

「はい!」

「はーい」


 何となく、ガイドに連れられる修学旅行生のような気分になりながら、僕とレアは返事を返す。

 そして、歩き始めた神代の後ろにくっついて、テクテクと歩き始めた。


 ……自然、何も話さないのもアレなので、お喋りなレアを筆頭に雑談が始まることになる。

 まず、レアは神代の方を見ながら、こんなことを言った。


「コンビニエンスストアに行くの、楽しみです、マコト。私、今まで行ったことが無いので」

「ああ、そう言えば、そう言っていたわね」

「……フランスには、コンビニは無いのか?」


 レアの発言がふと気になり、僕は隣を見つつ問い返してみる。

 すると、すぐに言葉が返ってきた。


「えーと……日本のコンビニエンスストアと言うのは、確か、二十四時間休みなく開いているお店、ですよね?」

「ああ、そうだな」

「それ、実は、フランスでは無理なんです。お店の営業時間が、法律で決まっているので……少なくとも、私、実家の方では見たことないです」


 へー、と僕は純粋に興味を持って声を出す。

 日本ではここまでありふれた存在だというのに、一つ国境線を超えれば一軒も無いというのは、どことなく新鮮な感じがした。


「だから、日本の推理小説を読んで、現代の夜のシーンになると、いつも凄い、と思ってました。だって、犯人が夜に色々やっても、コンビニエンスストアで身支度したり、証拠隠滅したり、出来るんですから」

「ああ、そうか……コンビニがないのが当たり前だと、夜中に出歩く描写自体が、少し変に感じるのか。日本だと、夜でも困ったらコンビニにでも行けばいい、と思えるけど」

「そうです!もし、舞台がフランスだったら、夜の犯人、出来ることが少なくて、困っちゃいます」


 そう言って、その様子を想像したのか、レアは一人で軽く噴き出す。

 もう、話すこと全てが楽しくてしょうがない、という感じだった。

 何というか、見ているだけでこっちもほんわかした気持ちになる────話している内容自体は、依然として推理小説の影響を受けまくっているが。


 と、そこまで話したところで、ふと気になることがあり、僕は話題を変えた。


「そう言えば、僕の話し方、今の感じで……タメ口で良い?」

「タメグチ?」

「えーと、こう、言葉の最後にです、とかます、とかを付けない、普通の話し方と言うか……レアが今話しているような、丁寧な話し方じゃない言い方」


 今更と言えば今更な確認だったが、レアの話し方が常に敬語なので、何となく気になったのである。

 もし、レアがより礼儀を求めるのであれば、合わせておこうか、と思ったのだ。

 しかし、そこでレアはああなるほど、と言った表情をした後、手をヒラヒラと振った。


「大丈夫ですよ、エイジ。日本語では、そう言う話し方も礼儀の一つ、らしいですけど、私は気にしませんし……私の話し方も、日本語を勉強する時に、敬語を優先しただけですから」

「そうなのか?」

「はい。日本語を学ぶときに、先生の方から、とりあえず敬語を話しておけば失礼にはならないから、と言われて、まず敬語の話し方を勉強したんです。だから私は、寧ろタメグチの方が、話すのが難しい、です」


 日本語の日常会話は、フランス語以上に語尾が変化しますから、と嘆くレアを前にして、確かに、と僕は一人頷く。

 同時に、そう言えば、日本語学校とかでも生徒には敬語を教えるんだったなあ、とどこかで読んだ雑学を思い出した。


「……因みに、一緒に来た他の留学生に聞いたんだけど、フランス語を話している時のレアは、かなり砕けた話し方をしているそうよ。フランス語でのスラングのような単語も、よく使っているって。だからフランスでのレアは、もっとはっちゃけたキャラかもしれないわね」

「……むー、マコト。それは秘匿……じゃなくて、秘密、です!」


 前を歩いていた神代が、僕たちの会話を聞いていたのか、興味深い話を聞かせてくる。

 すかさず、レアは抗議するかのように、神代の背中を軽くポカポカと叩いた。


 ……そう言った様子で、出会って一時間も経っていない割には、僕たちは意外に仲良くコンビニに向かったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] この子探偵じゃなくて犯人視点なんですね… [一言] 秘匿は推理小説の語彙なのか?
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