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バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
EpisodeⅢ:五円玉二十枚の謎
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探偵好きな少女と探偵を動かす少女の関係

 え、と思って僕はその場で振り返る。

 今のところ、僕が見つめる掲示板付近には他に人が居ない。

 エイジ、という呼び名といい、僕を呼んでいるのには間違いがないと思ったのだ。


 そうして、振り返った先を見て────僕は思わず、目を見開いた。

 それはもう、演出過剰なドラマのそれくらいに、真ん丸と。


 ──外国人?……それも、凄く綺麗な……。


 掲示板から三メートルほど離れた、廊下の一区画。

 丁度、第二音楽室の前あたりに、一人の少女が立っている。


 まず目に入るのは、整えられたショートカットをしている、金色の髪。

 染めて作ったのではないな、とすぐに分かるくらい自然な色で、そこだけが輝いているような色合いだった。

 抜けるような肌の白さも相まって、薄暗い廊下でもよく映えている。


 さらに、キョトン、とした感じで僕を見つめてくるあどけない表情もまた、印象に残った。

 ほっそりとした顔立ちといい、瑞々しい碧眼といい、人形のような綺麗さであり、かなりの美少女だ。

 しかも、首から下のスタイル──海進中学校の制服を着ていた──も年不相応に良く、隙が無い。


 まあ要するに、映画の中から抜け出てきたような、凄まじい美少女がそこに居た。

 視界に入った瞬間、思わず二度見、三度見をしてしまうレベルである。

 そしてもっと驚いたのは、彼女の顔を見た事がある、という事だ。


 ──この人、さっきのポスターの……。


 ふと思い出されることがあり、僕はもう一度振り返って、先ほどまで見つめていたポスターに視線を戻す。

 当然ながら、そこには変わらない文言と、モデルの少女が写っているわけだが。


 ──やっぱり、この子か。留学生の一人の……。


 そこまで確認して、ようやく僕は得心する。

 同時に、状況が脳内で整理され、何となくだが現状を推測できた。

 何故このような少女が学内に、と思っていたのだが、後ろのポスターを考えれば、推測は出来る。


 詰まるところ、目の前に居るあの子は、海進中学校にやって来た交換留学生なのだろう。

 それで、学校から貰ったのであろう制服に身を包んだまま、校内を見学でもしているのだ。


 ──いや待て、だけどその場合、何であの子は僕の名前を呼んだんだ?


 自然、次の疑問が浮かんでくる。

 しかし、僕がそれについて考えるよりも先に────その少女の方が、ツカツカとこちらに向かって歩いてきた。


 えっ、と驚いてしまい、僕は静止する暇もない。

 元々大して離れていなかった事もあり、彼女は一気に僕の目の前、それも息がかかりそうなくらいの至近距離にやってくる。

 そして、グン、と顔を上げて、こう言った。


「んーと、エイジ、ですか?サクライエイジ……さんで、合ってますか?」

「え、あ……はい」


 眼前の少女が抱えるある種の真剣さと言うか、圧に負けて、僕はただその場で頷く。

 しかし、そんな僕は置いてけぼりにして、彼女は迅速に表情を変化させた。


 というのも彼女は、僕の返答を聞いた瞬間、パァッ、と音が聞こえてきそうな勢いで表情を明るくして。

 さらにペコリ、と頭を下げたのだ。


「ええと……初めまして、私、レア・デュランと申します。フランスから、交換留学生としてやって参りました」


 突然始まった挨拶は、彼女の他の日本語に比べると、とりわけ流麗だった。

 今までの言葉は、決して意味が分からない程では無かったが、それでもイントネーションや会話の間に、多少の違和感が生じている。

 しかしこの挨拶は、よほど練習したのか、日本語のネイティブスピーカーなのではないか、と錯覚するほどスムーズだったのだ。


 だから、と言うわけではないが、何となく、僕は反射的に挨拶を返す。

 名乗られたからには名乗り返さなければ、などと、脊髄で考えたのかもしれない。


「あ、はい……桜井永嗣です。どうも、よろしくお願いします」


 そう言って、事情もわからないまま僕は頭を下げる。

 すると、顔を上げた少女────改め、レア・デュランは、再び顔色を明るくした。


「マコトから、話は聞いてます。会いたかった、です!」

「……マコト?」


 一瞬、誰だ、と思う。

 何せ、漢字を当てようと思えば、「誠」やら「信」やら、どうとでも表現できる字だ。

 音だけでは、男性名か女性名かすら分からない。


 ただ、流石に今回は、数秒して正解に辿り着けた。

 何せ、ついさっきまで頭に浮かべていた少女の名前である。


「ええと、すいません。……マコトって、神代真琴、のことですか?」

「はい!マコトは、私のホーム……ええと、げしゅくさき?です」


 表現できる単語が咄嗟に出てこなかったのか、少々怪しい言い回しになっていたが、意味は把握した。

 要するに、先程した推測は合っていた、と言う事だろう。

 神代は、いつからかやって来た少女との、異文化交流真っ只中にあるらしい。


 となると────。


「……あっ、居た!」


 そこまで考えたところで、聞き慣れた声が背後から聞こえた。

 最早、声の主を確認せずとも誰かは分かる。

 だから、僕はすぐに反応した。


「神代か……?」


 そう言って視線を廊下の奥に向けると、タタタ、と神代が駆けてくる音がする。

 本来廊下は走ってはいけないのだが、そうも言ってはいられないのだろう。

 かなり真剣な顔で走り寄ってきた神代は、レア・デュランの隣で急停止し、さらにその勢いのまま彼女の腕をガシッと掴んだ。


「やっと見つけたわ、レア。すぐ居なくなるんだから……」


 微かに息を荒げながら、状況説明もそこそこに、神代はそんなお小言を口にする。

 そして、その言葉だけで、大体の状況は把握できた。


 しかし、腕を掴まれた少女の方も負けてはいない。

 彼女は神代のお小言をものともせず、キラキラとした瞳をたたえたまま、僕の方をビシッと指さした。


「だって、マコト。見つけたんです!マコトの言ってた、えーと、Détective……探偵を!彼ですよね?」

「ええ、そうね。合ってはいるわ。けど……」


 軽く頷いてから、神代は、軽く少女の額に手を添え、身を引かせる。


「それより先に、ちょっと離れましょう、レア。桜井君、近づかれ過ぎて、困っているから」






 ……そんなこんなで、初邂逅を果たしてから。

 僕がようやく事情を聞けたのは、何かと尋ねてこようとするレアを引っ剥がし、三人で僕のクラスの教室にまで流れ着いてからだった。

 かつて「第一の謎」を解いた時と同様、人が殆どいないのを利用したのである。


「ごめんなさい、桜井君。この子が、レア・デュラン。昨日から、私の家にホームステイしている子よ。……因みに、交換留学の話、知ってる?」

「ああ、まあ……」


 正確には、詳しい部分はついさっき知ったのだが、二回説明させるのもアレなので、頷いておく。

 すると、さらに予想と違わない説明が続いた。


「レアは、明日から授業にも参加するのだけど、ほら、学校の位置や設備について、紹介しておく必要があるでしょう?それで……」

「放課後を利用して見て回っていたら、突然走り出して見失った、と?」

「そう言う事。……結構、好奇心が旺盛な子らしくて」


 そう言いながら、神代は自分の隣に座るレアの方を見つめた。

 そこでは、レアが忙しなく、教室内の様子をキョロキョロと観察している。

 周囲の何もかもが物珍しい、と言わんばかりの様子だった。


 ──本当に好奇心が凄いな……というか。


 ふと、聞いておかなければならない事があったのを思い出し、僕はそちらを口にする。


「この子、僕の名前を知ってた上、探偵とかなんとか言ってたけど……何か話した?」

「ああ、それは……」


 何か思い出すような顔をしながら、神代が口を開こうとする。

 しかしその前に、探偵、という言葉を聞いたレアが、キラリと目を輝かせてこちらを振り向いた。

 そして突然、こんな事を言う。


「それは、私が頼んだ事なんです、エイジ!私、探偵、好きなので!」

「え……そうなのか?」

「はい!ランポも、ヨコミゾも、頑張って読みました!それを原文で読みたくて、日本語を勉強したくらいです」


 力強くそう言って、レアは軽く拳を握る。

 彼女の動きはエネルギーに満ち溢れていて、背後にはオーラのようなものまで幻視できた。

 何というか────心の底から、彼女は推理小説と探偵が好きなんだな、と一発で分かる動きだったのは、確かである。


 ──フランスから来た、探偵好きの少女……。


 これはまた、神代に続いて変な女の子が来たな、などと。

 彼女のエネルギーに充てられて、何も言えずに呆けた僕は、そんな事を思うのがせいぜいだった。

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