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バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
EpisodeⅢ:五円玉二十枚の謎
24/94

お菓子の穴と異国の関係

 多くの人にとって果てしなくどうでもいい事だろうが、今まで散々言ってきた通り、僕はバウムクーヘンが嫌いである。

 百合姉さんへの片想いが砕け散ってから、一月近く。


 現在では十一月になってしまったが、それでも尚、この想いはブレる事がない。

 季節の巡りと共に、肌寒い日が増えてきた今日になっても、僕はバウムクーヘンが嫌いなままである。

 何なら、時間を追うに従って、以前よりも強くなってきたくらいだ。


 つい最近など、財布の中に転がっていた五円玉を見ただけで、ついついバウムクーヘンを連想してしまい──どちらも、穴があって黄色っぽい。似ていると言えば似ているのだ──どういう訳か泣けてきてしまった。

 いよいよ重症というか、ここまで来ると慢性疾患である。


 ただ────同時に。

 この時期になると、僕にはある変化が訪れていた。

 平たく言えば、この頃から僕は、バウムクーヘンについて随分と詳しくなっていたのである。


 一見、矛盾しているように見える変化だろう。

 しかし勿論、この変化にも理由がある。

 簡単に言うなら、「怖いもの見たさ」と言うことになるのだろうか。


 なんというか、バウムクーヘンについて嫌がっていながらも、スマートフォンを弄っていたり、本を読んでいる内に、ついつい関連記事を読んでしまうのである。

 インターネット上の百科事典とか、そう言うのを。


 気にするな気にするな、と思いながらも、視線がふとバウムクーヘンという文字列に惹きつけられてしまう、と言うべきか。

 負の方向に気にしすぎた結果、それを目にする機会が自然と増え、何とはなしに調べてしまうのだ。


 だから、バウムクーヘンの発祥(その原型は紀元前にまで遡る)だとか、各国での広まり具合(本場ドイツでは、日本ほどポピュラーでは無いらしい)だとかについて、今の僕は妙に詳しい。

 それどころか、バウムクーヘンに限らず、他の西洋菓子の類についてまで惰性で読み込んでしまい、変な雑学ばかり身についた。


 それらの知識は、まあ、ほぼ知ったところで役に立つ事のない物たちだが────その中で少し、面白いな、と思った豆知識がある。

 それは、バウムクーヘンとも形が似ている、ドーナツについての豆知識だ。

 長くなるが、結構興味深い話なので、少し語ってみることにする。


 この雑学の根幹は単純な物で、要するに、子どもが一度くらいは抱きそうな、ある疑問に関する事である。

 その、ある疑問というのは────何故ドーナツには穴があるのか、という疑問である。


 ドーナツという物は、球形の物もあるが、一般的にはリング状のそれがメジャーである。

 ドーナツを描け、と日本人に聞いたなら、かなりの人が輪っかを描くことだろう。


 しかし、よく考えれば、この穴は結構不思議な存在なのだ。

 というのも、似たような形をしたバウムクーヘンと違い、()()()()()()()()()()()()()()、という特徴があるからだ。


 バウムクーヘンの場合は、まだあの形になる理由が分かる。

 あれは製作される時、まず芯棒が存在して、そこに年輪状に生地を塗っていくため、必然的に穴が生まれるのだ。

 しかし、ドーナツはそんな作り方はせず、普通に揚げて作る物であるため、形は本来自由自在なはずだ。


 だと言うのに何故、リング状のドーナツがここまで広まったのか?

 というか、世界で初めてあの形のドーナツを作った人は、何故わざわざ穴を開けたのか?


 ……結論から言うなら、その理由は、ごく単純である。

 僕が読んだ本によれば、「火を通りやすくするため」らしい。


 特に料理をしたことがない人でも、何となくの感覚で分かると思うが、穴の無い円柱状のドーナツや、球形のドーナツを揚げようとすると、中心部はどうしても熱が届きにくくなってしまう。

 最悪、周辺が完成しても中が生焼け、というのも十分にあり得る。


 だから、ドーナツには穴が開けられたらしい。

 表面積を増やし、あの穴の部分からも熱せられるようにする事で、出来損ないが生じないようにしている訳だ。


 そして、ここからが僕が面白いと思う点なのだが────人類がこの発見に辿り着くまで、すなわち、元は球形の物が多かったドーナツに、穴を空けるようになるまでには、かなりの時間がかかったらしい。

 というのも、ドーナツ自体はかなり昔から存在したのに、リングドーナツが広まった時代と言うのは、まあまあ最近(十九世紀頃)なのだ。

 言ってみれば、人類史においてはかなりの期間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 だからきっと、昔の人に今のドーナツを見せても、それがドーナツと判断される事は無いだろう。

 当時の人にとってのドーナツと言うのは、穴が無くて、たまに生焼けになるお菓子、と言う認識なのだから。


 それが今では、穴が空いている物こそ普通なのだから、時代の進歩の結果とは言え、不思議な感じがする。

 そして、不思議な感じがするからこそ、面白く思うのだ。


 当たり前と言えば当たり前の事だが、僕が常識と感じている事であっても、時代や場所が変われば、それは非常識になり得る。

 古今東西、世界の全ての地域で通用する常識など、存在しないのだから。

 強いて言えば、この「絶対的な常識など無い」という事実こそ、ある意味絶対的な常識に近い概念と言えるだろうか────。






 ────などと言う事を、僕はある日、学校の掲示板の前でぼんやりと考えていた。

 勿論、声になど出してはいない。


 ただ単に、そこに貼ってあるポスターを目にして、何となく考えた事である。

 ……何せ、そのポスターというのは、次のようなタイトルをしていた。


「海進中学校・交換留学プログラム 〜フランスの風〜」


 海進中学校というのは、僕や神代が通う中学校の名前である。

 とりたてて特徴も無い、普通の公立中学校だ。


 そして、その学校名の隣にあるまあまあダサいキャッチコピーの下には、金髪碧眼の美少女の写真が貼られていた。

 どうやら、留学生の一人を使って、ポスターを作ったらしい。


 そして、そんな写真映えする少女の足元には、プログラムを実施する期間が明記されていた。

 見たところ、ちょうど昨日あたりから始まっているようだ。


 ──そう言えば、ちょっと前の全校集会で、校長が言ってたな……何か、この市の姉妹都市から留学生が来るって。その姉妹都市って言うのが、フランスにあるのか。


 ポスターを見て、ぼんやりと僕はその内容を思い出す。

 確か、このプログラムの一環として、夏休み前に海進中学校の三年生が、何人かフランスに行っていたはずだ。


 その後、十一月になって、今度はフランスの方から留学生が来る、という話らしい。

 ポスターを見ながら僕は、素直に、また変わった行事だな、と思った。


 ただ、これは本来、僕には全く関係の無い話だ。

 正直なところ──フランスには悪いが──語学留学にも異文化交流にも、そこまで強い興味はない。


 せいぜいが、「フランス→ヨーロッパ→バウムクーヘン」と異様な連想ゲームをしてしまい、上記のように長々とした雑学を振り返ったくらいか。

 普段なら、それすらもせずに、素通りする感じの企画である。


 だが────それでも、少し目を引く点があった。


「交換留学生は、留学中は生徒会メンバーのお宅でホームステイをします、か」


 ポスターの下に、コピー用紙を付与する形で挿入されている、注釈。

 それを見て、僕は自然と神代の事を連想した。


 前にも確認した事だが、神代は現在、生徒会の書記を務めている。

 そうだったからこそ、以前この掲示板に訪れ、「第一の謎」に遭遇したのだ。


 まあ要するに、この交換留学生というのは、現在神代の家に滞在している可能性が高い、という事である。

 生徒会メンバーというのは、確か五人くらいしか居ない。

 留学生が複数名来るらしい事を考えると、神代の家だけがホームステイから外れている可能性の方が低い。


 ──いやまあ、だから何だ、という話ではあるけど……。


 そこで、自分が物凄くどうでもいい事を考えている事に気が付き、僕は自嘲しつつ顔をポスターから外した。

 どうも最近、ふとした事から神代について考える機会が、妙に増えた気がする。

 まあ、()()()()()()()を考えると、仕方のない面もあるのだが。


 ──だけど、コレは完全に関係のない話だしな……前回の事があったからって、別にホームステイが失敗する訳でもないだろうし。気にする事はないか。


 別に僕がこの話に興味がある訳でもないし、留学生の存在が僕の生活に関わってくる事も無いだろう。

 強いて言うなら、神代はしばらくこの留学生の相手にかかりきりだろうから、「第三の謎」の襲来は遅くなりそうだ、と分かるくらいか。


「まあ、どうでもいい話題である事には変わりないし、帰るか」


 考えた末、僕はようやくポスターから視線を外し、軽く伸びをする。

 生徒会の名前があったため、ついまじまじと見つめてしまっていたが、もう時刻は放課後である。

 いい加減、帰宅部らしく家に帰るとしよう。






 ────などと、考えた瞬間。


「んー……?彼って、もしかして、エイジ、ですか?」


 日本語を発音し慣れていなさそうな声が、唐突に、背後から降ってきた。

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