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バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
EpisodeⅡ:なぜ、神代に頼まなかったのか?
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本音と独り言の関係

「ここか……神代が言ってたのは」


 自転車を止めてから、僕は思わずそう呟く。

 本来の帰り道とは反対方向へ、十分ほど自転車を走らせた場所にある店────「すずもり文具店」。

 初めてくるところだったが、なんとか辿り着けたようだった。


 ──パッと見た感じ、まあまあ古いな。ただ、話通り結構大きい。


 ヘルメットの紐を緩めつつ、僕は無意識にそんな観察をする。

 規模としては、小さめのスーパーくらいはあるだろうか。


 少なくとも、そこらのコンビニよりは遥かに大きい。

 神代がそこそこ大きい、と評していたのも分かる話だった。

 僕の通学路からは外れているので、来たことはなかったが、恐らくこのあたりの子どもにとっては、重用されている店なのだろう。


 ──そして、まだ涼森舞は、帰ってきていないか……。


 チラリ、と横目で店の隣にある一軒家──涼森と書かれた表札があるし、母屋なのだろう──の駐輪場を確認する。

 見たところ、学校からの距離的に、通学に使われているであろう自転車は、まだ置かれていなかった。


 まあ、当然だろう。

 今の時刻は、午後五時前。

 部活をしている生徒の下校完了時刻が午後六時十五分なので、随分と余裕がある時間帯だ。


 要するに、講演が終わって放課後になった後、普通に漫研で活動しているであろう涼森舞は、まだ学内にいる訳で。

 ここに、現れるはずもない。


「だからこそ、チャンス、か」


 ボソリ、と小声で呟く。

 その後、僕は静かな動きで、すずもり文具店の駐輪場に自分の自転車を停めた。

 さも、自分がただの客であるかのように。




「いらっしゃいませー」


 店の中に入った瞬間、あまり大きくない音量で、ありふれた言葉が飛んでくる。

 やや嗄れた、中年女性の声だ。


 ──涼森舞の、お母さんの声かな?


 適当に当たりをつけ、声が聞こえてきた方向を振り向けば、そこにはレジがあった。

 当然、エプロンをつけた店員もまた、レジスターの隣に位置していることが確認できる。


 胸元に視線をやれば、そこにあるのは「涼森」と印字された名札。

 予想通り、と言って良いだろう。


 ──じゃあ、聞きたいことに関しては、あの人に確かめれば良いか。ただその前に、何か買い物を……


 そう決めて、僕は顔の方向を元に戻した。

 いくらなんでも、文房具店に入ってすぐ、レジの方を凝視していては怪しまれる。

 不審に思われない程度には、買い物をしておく必要があった。


 尤も、僕がここに来た目的からすると、レジで涼森舞の家族と話せる機会さえあれば、その状況に至るまでの理由はどうでもいい。

 そう考えた僕は、適当なシャープペンシルを一つ掴み、すぐにレジの方へと歩いて行った。


「これ、一つお願いします。袋は要りません」

「ハイハイ、ありがとうございます」


 無造作にそれをレジ前に置くと、手慣れた様子で、涼森舞の母親がレジスターを操作する。

 ……ただ、手慣れてはいるものの、その作業は迅速に、とはいかなかった。


 端的に言えば、遅いのだ。

 えーと、などと呟きながら、彼女はレジスターのボタンを弄り、妙な操作をしている。

 どうやら、神代が言っていた通り、家族揃って機械音痴というのは、確かなようだ。


 ──というか、普段は流石に他の店員がやっているけど、今日は他の人が休みで、代わりにこの人が店番に入った、ということかな?そうじゃないと、流石に普段の営業が困るだろうし。


 何となく、そんな推理をした。

 この推理が正しければ、ある意味では、今日のこの店の状況は、僕にとっては幸運だったとも言える、

 こう言う場面でなければ、涼森舞の家族に話しかける機会は減っただろうから。


 故に、涼森母がレジスターの操作に手間取る隙をついて。

 僕は、この機会を逃すまいと、すぐに彼女に話しかけた。


「あのー……涼森舞さんの、お母さんですか?」


 僕の言葉が届いた瞬間、涼森母はえっ、と言う感じな顔をする。

 突然話しかけられた事自体に、驚いたのだろうか。

 慌てて、僕は補足を入れた。


「あ、僕、涼森舞さんの友達で……その、ここが彼女の家だと聞いてたんで」


 実際のところ友達でも何でもなく、神代の話の中でしか聞いたことがないが、取り敢えずそう言っておく。

 嘘をつくことにはなってしまうが、相手の警戒を解くには打って付けの話だと思ったのだ。

 事実、そう言った瞬間、涼森母は僕の着ている制服を改めて確認して、相貌を崩した。


「あら、そうなの!……だったら貴方、舞と仲が良いの?」

「ああ、まあ、程々に……ただ」


 つい口を滑らした、と言う感じの口調を、僕は維持する。

 そのまま、さらりと言葉を続けた。


「涼森舞さんが、漫画の賞を取るための大作を描き始めてからは、中々忙しいらしくて、ちょっと会話も減りましたけど」


 ──さて、どうなる?


 固唾を呑んで、僕は涼森母の様子を伺う。

 最悪、僕の今までの推理が完全に間違っていたなら、「漫画、何それ?」という反応もあり得る。

 しかし、彼女の反応は────。


「あらー、そう!そうねえ、だったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()?その後も、やっぱり担当さんがついて、あの子も準備が忙しいものねえ」


 軽く、そう言った。

 そして、こう続ける。


「まあただ、デビューはゆっくり時間をかけて、とか仰っていたし……最近は遊べるんじゃない?実際、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……そうですか」

「そうよ。暑いとか、漫画を描くための練習だとか言って家に篭って……そのくせ、賞金はこのくらい貯金してくれだとか、誰それの電話は断ってほしいだとか、煩かったんだから」


 元々、お喋りな人なのだろう。

 涼森母は、僕の前で、必要な情報を全て語ってくれた。

 世間話をするように、軽く、何も気にしてもいないような口調で。






 だが、それを聞いた僕は────自分の推理が当たった事を知り、一気に気分が重くなった。


 正直に言えば。

 この推理は、外れて欲しかった。


 僕のためでも、涼森舞のためでもなく。

 神代真琴と言う、一人の女の子のために。






「結局のところ……神代と涼森舞の友人関係って、どう言うことになるんだろう……?」


 何とかレジスターを操作し終えた涼森母から商品を受け取り、今度こそ帰宅する途中。

 どうにも足に力が入らなかったため、自転車を漕がずに手押ししながら、僕はそんな事を呟いた。


 脳内に思い浮かぶのは、この数時間で取り込んだ情報たちだ。

 例えば、ついさっき、神代に語った推理。

 そして、それを言う前に気がついていた、矛盾。


 真相を覆い隠すために、僕がついた嘘と。

 恐らくは、涼森舞がついていた嘘。

 最後に、今しがた、涼森母から聞いた話。


 この辺りのことが、頭の中でグルグルと走り回る。

 何なら、虚飾の部分が多すぎて、推理をした僕自身も訳が分からなくなってきたくらいだった。


 ──ちょっと、考えをまとめておこうか。


 何とはなしにそう思って、僕は軽く周囲の様子を見た。

 幸いというか何と言うか、文房具店に赴く時間を調整した結果、帰宅部の下校時刻とも、部活組の下校時刻ともずれたらしく、通学路には殆ど人が居ない。

 これならまあ、独り言くらいは呟いても大丈夫だろう。


 そう判断して、僕は口を開く。

 ただぼんやりと考えるのが、どうにも辛くて。


 いや、正直に言おう。

 僕の本音としては────この真相を、声に出さないまま抱え続けると言うのが、辛かったのだろう。

 だから、僕はさながら推理小説内の探偵のようにして、推理を虚空に向かって述べていった。




「さて────」

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