余計な推察と実態の関係
「……そういうことね。だから遊べなくなって、お金を……あれ、でも、そうなると」
密かに息を呑む僕の前で、神代は何かに気が付いたように首を傾げる。
そして、こう言った。
「その場合、舞は何故、賞金を使う段階で、私にそのことを伝えてくれなかったの?今まで漫画を描いていたことを隠していた以上、言いにくいのは分かるのだけど……それでも、言葉を濁したまま大金を使ったら、怪しまれることくらい分かっていたはずなのに」
普通なら、賞金を使う前に真相を言うはず────何故、そうしなかったのか?
神代はその矛盾を気にするように、僕を見つめた。
──気が付いたか……やっぱり、基本的には頭良いな、神代。
視線すらも綺麗に感じる彼女の顔を目の前にしながら、僕は密かにそんなことを思う。
そのくらい、的確な指摘だった。
今、彼女が気にしている部分は、この「第二の謎」の根幹とも言える部分だった。
大袈裟でなく、ここをどう推理するかで話全体が変化してしまう大前提。
そこを見逃さずに気にする神代は、探偵の素質があると不意に思った。
だが、幸いなことに。
ここの部分について、彼女に話すための言葉は、もう用意してある。
だから、僕は用意しておいた推理を、すぐに口にした。
「そこはまあ……身バレとか、そういうのを恐れたんじゃないかな?」
「身バレ?」
「ああ。友達に受賞したことを話したら、噂くらいにはなるだろうし……これから漫画家デビューを目指すっていう時に、変なところで困らせられたくなかったんじゃない?何なら、編集者とかから、近しい人にも報告してはいけない、と忠告されたのかもしれない」
ほら、友達からサインをせがまれたりすると、面倒だろう、と。
少し茶化すようにして、僕は推理を語る。
出来るだけ、「涼森舞が漫画に関することを神代に話していない」ということよりも、「これから彼女は夢のために頑張っていく」という部分を強調したかったのだ。
その方が、きっと。
全員のためになる……気がする。
「身バレ……身バレ、ね。まあ、確かにこの時代、友達同士の噂話でもすぐに広まっちゃうし、警戒した方が良いのは確かだけど……」
軽く頷きながら、神代は身バレ、身バレ、と軽く口の中で呟く。
そして最後に、こんなことをポツリと言った。
「……だけど、本当に身バレを恐れるなら、そもそも私の前で大人買いなんかしなければよかったのに……」
──……鋭いな。
ヒヤリ、と背中が冷える。
不味い事態だ。
これ以上考え込まれては────。
そう、焦ったところで。
突然、僕たちの背後が騒がしくなった。
「あれ……講演、終わったの?」
驚いた様子で、神代が体を倒し、僕の背後を見渡す。
それに釣られて後ろを見ると、なるほど、同級生たちが一斉に体育館から出て行こうとしていた。
どうやら、例の講演から帰ってきているらしい。
「いつの間にか、終わってたんだな……結局、講演の最後は丸々サボっちゃったな」
何となく、現状確認も込めてそんなことを言ってみる。
するとすぐに、神代が申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんなさい。長く付き合わせてしまって……もしかしたら、流石に先生も不審に思っているかも」
「ああ、いや、それは別に……最悪、滅茶苦茶お腹が痛くてトイレから出られなかったとか、そういうことにするから」
果たして、この言い訳がどこまで通用するかは疑問だが、まあ、普段からの素行が悪いわけでもないし、大したことにはならないだろう。
もっと言えば、今日は金曜日で、明日からは休みだ。
先生も、週明けには上手い具合に忘れてくれるのではないか、という期待もある。
そんなことを、僕は神代に説明した。
そしてそれを境に、どことなく、僕と神代を包む空気の感じが変化する。
平たく言えば、今までの謎解き中の雰囲気から、互いの身の振り方を案じるそれに変わっていったのだ。
それに乗じて、僕は推理の続きではなく、神代の状況の方を尋ね、話題を逸らした。
「……それよりも、寧ろ神代の方が大丈夫か?生徒会メンバーがサボりっていうのも、こう……」
「そうね……よく考えたら、講演とは言え、授業途中で出て行っちゃったのは人生初ね」
そうなんだ、と僕は軽く驚く。
僕を誘うようにして外に出た時の様子からは、どことなく手慣れたものすら感じ取っていたのだが、どうやら常習犯というわけでもないらしい。
この事が何とも意外で、僕は軽く呆ける。
すると、それを敏感に察知したのか、神代は少しだけムッとしたような顔を浮かべた。
「何?意外?」
「いや、そうじゃないけど……何かこう、体育館の外に出て行く時、一切の迷いが無い感じだったから」
ゴニョゴニョとそんな事を言うと、神代がああ、と頷いてくれる。
「あの時は、犯罪に関する話を聞く中で、本気で不安になっていたから……ちょっと、周りを振り返られなかったのよ。突発的に貴方を呼んで、外に出てしまうくらいに。だから、迷いが無いように見えたのかもしれない」
「凄く、心配していたんだな?」
「ええ。やっぱり、友達のことだもの。そんなことする子じゃない、と分かっていても、どうしても気になってしまって。……話の内容的に、本人にも聞きにくかったから、貴方に頼るしかなかった」
そこまで言ったから、神代はふと何かを思い浮かべた顔をして、不意にこちらを見つめた。
「桜井君、本当にありがとう。最初に、舞が犯罪みたいな事をしていないと断言してくれただけでも、凄く楽になった……本当に、謎解きをしてくれてありがとう」
「いや、そんな……この推理が正しいかどうかも、正確には分かっていないんだし」
突然の正面からの感謝に戸惑い、僕は適当に掌を振る。
そして同時に、ここらが潮時かな、と考えた。
雰囲気的に、もう謎解きを行う空気ではない。
他の生徒も、講演が終わってそれぞれ家に帰って行っているのだし、ここで解散しても大丈夫だろう。
神代も、この場でこれ以上引き止めはしないはずだ。
そう計算してから、僕は軽い口調で解散を告げる。
「えーと、じゃあ、謎解きはこれで終わりでいいかな?後は神代が上手くやるという感じで……」
「ええ、そうするわ。また、舞が忙しくなるのだったら、配慮はしないとね。……もう一度言うけど、本当にありがとう」
そう言って、彼女は頭を下げようとする。
しかし、その瞬間。
彼女の行動を遮るようにして、僕はある問いを発した。
「……あっそうだ。最後に一つ、聞いてもいい?」
「え、何?」
当惑した表情の神代の前で、僕はすっと息を吸う。
そして、こう言った。
「因みに、なんだけどさ────」
……勿体ぶるような話でもないので、すぐに公開するが。
僕が最後に聞いたことというのは、「件の、涼森舞の家である文房具店は、どこにあるのか」と言うものだった。
小学生からの付き合いである神代にとっては、分かりきった事なのだろう。
だが、僕としては当然ながら、この中学校の校区内、と言うことしか分からない。
だから、聞いておいたのだ。
問われた神代が、不思議そうな顔をしていたのが、よく記憶に残っている。
まあ、当たり前だろう。
今しがたの「第二の謎」を解き終わった以上、僕は本来、そことは何の関係もない訳で。
一々相手の住所を聞くと言うのは、ちょっとおかしい。
しかし、神代の方には未だ、付き合わせて悪かった、と言う思いがあったのだろうか。
不思議がりながらも、彼女はその位置を教えてくれた。
故に────その日の放課後。
神代とも別れ、教室で友達に「お前トイレ長かったなー」と心配された後。
僕は、その文房具店へと向かった。
神代にすら隠した、最後の推理の真偽を確かめるために。




