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バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
EpisodeⅠ:音色の研究
2/94

失恋と解決策の関係

 そんな恐ろしく情けない失恋をした、次の日。

 平日ということで普通に登校をした僕は、大して人もいない教室の中で、友人相手に会話を繰り広げていた。




「……それで?どうしたんだ?」

「どうしたって……なんかもう疲れちゃって、そのまま寝たけど」

「うわー……」


 怖いわーと言って、目の前で男子生徒が────僕の友人である、深宮健斗(ふかみやけんと)が軽く笑う。

 その笑みが軽く引きつっていたのは、純粋にドン引きしていたのだろうか。

 普段は調子の良い性格の彼だが、今日に限ってはテンションが低い。


 ──やっぱり、僕の様子って傍から見るとキモイんだな……。


 その様子を見て、再びがっくりと落ち込む。

 暗い顔をしたまま登校し、陰鬱な様子で放課後まで過ごした僕に、深宮が「どうした、元気ないな?」と話しかけてきたのが三十分前。

 彼の善意を良いことに、昨日の報告と言うか愚痴を話しまくったのだが────。


 その末の反応がこれである。

 どうやら僕の話には、小学校時代からの友人をドン引きさせるには十分な重さがあったらしい。


「いやー、しかし……本当に、滅茶苦茶好きだったんだな、その人の事」

「……深宮には、前に言ったことあっただろ?」

「まあ、聞くには聞いたが……ここまで本気だとは思っていなかったよ、正直」


 そう言って、深宮はまたタハハと笑う。

 長い付き合いだけあって、僕が百合姉さんにどういう思いを抱いていたか、彼は前々から把握していたはずだが────それでも、ここまで落ち込む理由としては想定していなかったらしい。

 物心ついたころからの初恋相手を、未だに好きでい続けているとは考えられなかったのだろう。


「えー、じゃあ、この三か月くらい、お前が遊びの誘いとかを全部断っていたのも、それが原因なのか?」

「……断ってたっけ?」

「断ってたよ!何かこう、何時話しかけても上の空と言うか……」


 そうだっただろうか。

 今一つ、記憶がない。

 深宮が言うのならそういう感じだったのだろうな、とは思うのだが。


「まー、しかし……嫌な言い方をするけど……しょうがないんじゃないか?十歳も離れているんだし。相手にされないのはまあ、常識的に考えれば普通と言うか」

「それは分かっているんだけど……」


 深宮に言われるまでも無い。

 この点に関しては、既に十分、理解してはいるのだ。

 少なくとも、理屈上は。


 しかし、それはそれとして、僕の心にしっかりとしたダメージが残っていることも、また事実である。

 一晩寝れば多少はマシになるか、とも思っていたが、全く癒えていない。

 今朝になってもなお、テーブル上に残っていたバウムクーヘンを見て、一瞬呼吸が止まったあたり、重症である。


 ──と言うか、一番の問題は……。


 ふと、思考が次の段階に進む。

 深宮に話したことで考えが整理されたのか、ある程度は現状を分析出来るようになったのか、頭の中に、現状に対する仮説が不意に浮かんだのだ。

 その仮説を、僕は深宮に思いつくまま話してみる。


「何というかさ……深宮」

「どうした?」

「今の僕はさ……失恋したこととか、結婚式当日になっても全然心の整理を付けられなかったこととか、そう言うことも全部、当然辛いんだけどさ」

「うん」

「それ以前に、僕、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……それが辛いし、キツイんだよ」

「……あー、なるほど」


 流石に長い付き合いだけあって、深宮はそれだけで分かってくれたようだった。


「そうか。お前、初恋の人がその人で、ずっと好きなままだったから……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?だから、今まで失恋したことがない分、そこからの這い上がり方が分からない、と」


 そう、その通り。

 深宮の理解は正しい。

 僕が、今のような状態に、これまでの人生でなったことがない────これこそ、問題の本質だった。


 普通の人なら、失恋とか初恋の終わりとかは、もっと幼い頃に済ませておく体験なのだろう。

 そして、成長するにつれて忘れていける物なのかもしれない。

 しかし僕は、なまじ初恋の相手をずっと好きでいた分──そして、百合姉さんからはっきり振られたこともない分──十四年間、この痛みを経験して来なかった。


 だからこそ、キツイ。

 一回も折られたことがないままそこそこ成長してしまった分、その最初の一回のダメージを、より鮮烈に感じ取っているのだ。

 無論、立ち直り方も全然分からない。


「……なあ、深宮」

「何だ?」

「お前もそうだけど……普通の人ってさ、どうやってこういう痛みを乗り越えるんだ?こう……失恋の苦しみから」


 割と、恥ずかしいことを聞いている自覚はあった。

 しかし、ちゃんと聞いておかないと一生分からなそうなことでもあったので、敢えて口に出す。

 そのくらい、僕は困り果てていた。


 無論、深宮としてもあっさり返答できるような物では無かったのだろう。

 問いかけた瞬間、彼が困り顔をしたのが分かった。


「えー?そんなの、人によるんじゃないか?普通に忘れていく人もいるし、何か別のことに打ち込むような人もいるだろうし」

「そうだけどさ……僕、そう簡単に忘れることが出来そうにないし、打ち込めるような趣味も無いし」


 要は、そう言った普通の解消法を試すような土壌が、僕の中には存在しないのだ。

 せめて部活にでも所属していれば、そちらに全力を費やして頭から心痛のことを消す、ということも出来たかもしれないが、生憎と僕は帰宅部だった。

 中学校の規則が緩く、部活への所属が強制ではないことを良いことに所属しなかったのだが、そのツケを今払っている感じがある。


「それで、部活に行くこともない分、家に早く帰るから……悶々とする時間が長いというか」

「……別に、部活に入ること自体は、今からでも出来るんじゃないか?何なら、ウチに入るか?」


 多少心配したように、深宮がこちらを覗き込む。

 こんなことを言う彼の部活は、確かサッカー部だったはずだ。

 あまり強くない部活なのだが、それなりに楽しそうに練習している姿を、たまに見かける。


 そこに誘ってくるということは、リップサービスとかではなく、本気で心配してくれているのだろう。

 彼の気持ちは嬉しかったが────少々、頷けない事情もあった。


「ありがたい申し出だけど……流石に部活の人が迷惑だろう?活動の途中から、二年生を受け入れるのは面倒なはずだ。それに、仮に失恋から立ち直っても、一度部活に所属すると辞めにくくなりそうだし……」

「受け入れは別に何とかなると思うが……確かに、辞めにくいのはそうだな」


 ぶっちゃけ、失恋から精神的に立ち直ったら、部活は要らなくなるんだしなー、と深宮は理解のあるところを見せる。

 そんな彼の様子を見て、何となく、別のことが思い浮かんだ。

 正確には、僕の失恋よりも緊急性のある用事について、である。


「そう言えば、深宮、部活は良いのか?もう、放課後になってからそれなりに経つけど」

「ん……あー!」


 顔を上げた彼は、教室の時計を見て叫び声をあげる。

 どうやら、僕の話を聞いているうちに、部活の開始時刻を忘れていたらしい。


「ヤッベ、ごめん、桜井、もう行くわ」

「ああ、分かった。頑張れよ」


 そう言って、慌ただしく荷物をまとめる彼の前で、僕も帰る準備をする。

 どうやら、放課後を利用して行っていた愚痴語りも、ここまでのようだ。


 ──親が心配するかもしれないし、早いとこ帰らないとな……百合姉さんの家の前を通らないといけないのがアレだけど。


 帰りの場面を想像して、僕ははあ、とため息をつく。

 勿論、結婚して新居に移った以上、百合姉さんはもう隣の家には住んでいないのだが、それでもちょっと心苦しいものがあった。

 家の配置の都合上、迂回路が無いというのもこの苦しさに拍車をかける。


「じゃあ、僕も帰る……」


 しかし、帰り道がどうであろうが、家に帰らない訳にもいかない。

 だからこそ、僕は依然として暗い口調のままそう言って、深宮に続くようにして教室を出ようとする。




 すると────不意に。

 先に出て行こうとしていた彼が、その場に立ち止まった。

 そして、こちらの顔を見つめるように振り返る。




「あー、最後にすまん。言い忘れていたことがあった。桜井、いいか?」

「いいけど……何?」


 問い返すと、深宮が何とも言い難い表情で僕のことを見つめた。

 より詳しく形容するならば、「これをコイツに言うのが、本当に良いことなのかは分からないが、このくらいはしないとコイツは駄目かも」と思案している顔である。

 どうも、僕は彼にそう思わせるくらい、この世の終わりのような表情を浮かべているらしい。


 そして、彼は、悩んだ末に────こんな言葉を、僕に投げかけた。


「さっき言った、失恋からの立ち直り方なんだけどな」

「うん」

「ベタな方法だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?下手な鉄砲数打ちゃ当たるの気持ちで、女子に告白しまくるとか」


 ……反射的に、顔をしかめた。

 ちょっと、有り得ない解決法が出てきたな、と思ったからだ。

 いくら何でも、という思考は浮かぶ。


 いや、勿論、理屈は分かるのだ。

 要するに、失恋を別の恋で上書きしよう、というありふれた魂胆だろう。

 確かに、新しく夢中になる相手が出来れば、百合姉さんを忘れることだって出来るかもしれない。


 ただ、その手段の有効性とは別に。

 僕にとってそれは、あまりにも、傍迷惑な方法に思えた。

 だから、つい反論してしまう。


「……そんなことをしても、別に成功なんてしないだろ?そもそも、他に好きな人なんていないし。ただ単に、女子に何度も振られるだけじゃないか?」

「いや、それはそれでいいんだよ。ほら、いるじゃないか、『まずは友達から』とか、『一回一緒に遊んでから』とか言って、そのままくっつくカップル」

「……それはそうだろうけど」


 話だけなら、聞いたことはある。

 まず告白して、そこから互いに仲良くなって、段々一緒に居ると楽しい、となって来る。

 そういう感じでくっついたカップルの話題は、同じ学年内でも聞いたことがあった。


「だからさ、正直無理そうな相手でも、とりあえず告白しに行くんだよ。勿論、振られるだろうが……それでも、相手に意識してもらえるだろう?」

「それで、何度もそう言うことを繰り返して、女子生徒との接点を増やして……何とか一緒に遊ぶくらいのところにまで持っていけば、その内本当に相手のことを好きになって、失恋の痛みなんて忘れられる、ということか?」


 そうそう、と深宮が軽く頷く。

 彼と対照的に、僕の脳裏は「本当か?」という疑問で埋められた。

 そんなことしたところで、単純にただの女好きとして悪名を轟かせるだけな気がするのだが。


「まあ、実行するかどうかはお前に任せるけど、それでも新しく彼女を作るのは、本当にいいと思うぞ。実際、俺も今の彼女とは、『よく知らないけどまずは友達から』で始まったクチだし」

「そう言えば、深宮は彼女居たな……実体験か?」

「そんな感じ……まあ、要するに、頑張れってことだ。じゃあな!」


 言うだけ言うと、深宮は今度こそこちらに背を向け、グラウンドに向かって走り出していった。

 必然的に、最後のアドバイスを反芻する僕だけが、そこに残される。


「告白……無理そうな相手にでもとりあえずアタックして、新しい恋をすれば、失恋なんて忘れられる、か」


 ふと、声に出してみた。

 口調の色合いとしては、恐らく、疑心が半分。

 そして──自分でもチョロイと思うのだが──期待もまた、半分含まれていた。

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