賞金とお小遣いの関係
「その様子だと……何か、分かったの?」
雰囲気で、僕の考えている事を察したのだろうか。
少し驚いた様子で、神代が僕に視線を向ける。
それを前にして、僕もまた、少し驚いた。
何というか、彼女の姿が、あまりにも余裕が無い物のように見えたのだ。
──この様子だと、今回は、本当に分からない事を謎として提示したんだな……。
へえ、と無意識に意外の念を抱く。
どうやら僕は、今この瞬間に至るまで──前回のこともあって──実は神代は、真相に気が付いているのでは、と無意識に疑っていたらしい。
しかしどうやら、それは邪推だったようだ。
──そうなると、変な杞憂を続ける前に、さっさと謎を解いてあげた方が良いな、これ。
自然と、そう思った。
幸い、遠くから微かに聞こえる講演の音の感じからすると、未だに終わってはいないようだった。
このサボりの時間は、もう少し続くだろう。
つまり、この「第二の謎」を解決する時間は十分にあるということだ。
そのくらい、簡素な話なのだから。
そう決意して、僕は改めて口を開いた。
「大体、真相は分かったと思う。物証はないけど、妥当な推理は出来た。……話して良い?」
「勿論。聞かせて?」
そう言ってから、彼女は両手を体の前で重ねて、完全に聞く体勢に入る。
それを見つめながら、僕は言葉を選びつつ、前回と同様の言葉から推理を始めた。
「さて────」
「最初に言っておくけど、彼女が犯罪に関わっている……つまり、援助交際のような手段を使ってお金を稼いでいる、というのは、まず無いと思う」
まず、僕はそこを断言した。
ここを理解してもらわないと、この後の推理がやりにくい。
「そう言われると安心してしまうのだけど……何故、言い切れるの?」
半信半疑、という感じで神代が言い返してくる。
どうやら、例の講演の話は、中々に強烈な印象を彼女に残したらしい。
すぐに、楽観的な結論に飛び付くことは出来なさそうだった。
「何故言い切れるか、と言うのは……単純な話だよ」
「単純?」
「ああ。だってほら、もしその子がそう言う手段でで大金を稼いだのなら、君の目の前でそのお金を使うはずないだろう?怪しまれるに決まってるし、現に怪しまれたんだから」
当たり前と言えば、当たり前の話。
涼森舞を心配しすぎるあまり、神代が思いっきり見逃してしまっていた大前提。
最初にそこを指摘すると────面白いくらいに、神代はポカンと口を開けた。
「え……あ……そうね、そう言えば……」
しばらく呆然としつつも、やがて理解が追いついたのか、今度はうんうんと頷き出す。
「……確かに、そうよね。普通、後ろ暗いお金だったら、誰にも見られないところでこっそり使うはず。もしくは、人前では不審がられない程度の額しか使わないか」
「そう言うこと。……勿論、彼女がそんな簡単なことも想像できない感じの人だったなら、話は変わってくるけど」
僕がそう言うと、即座に神代が首を振って否定する。
どうやら神代から見ても、流石にそこまで頭が悪い子ではないらしい。
意図的な物ではないが、神代の涼森舞に対する評価が見える気もした。
「まあ、そう言うわけで、涼森舞が持っているお金は、ちゃんとした手段で手に入れた物だろう、と推測できる。そうじゃないと、君がその光景を彼女の親に伝えるだけで、全て終わってしまうんだし」
「確かに……けど、そうなると」
改めて、という感じで神代が首を捻る。
「いよいよ、あの子が持っていたお金の出所が分からなくなるけど……ちゃんとした手段って、具体的には何なの?」
「えーと、それはまあ、普通に働いて、ということになると思うけど」
そう言うと、神代が分かりやすく不満そうな顔をする。
それがあまりにもあからさまだったので、僕は思わず苦笑を浮かべた。
どうにも今日の神代は、感情に富んでいる。
ただ、神代が不満を露わにするのは当然のことでもあった。
何せさっき、中学生が合法的に大金を稼ぐ手段など、そうそう無いと話したばかりだ。
彼女には、また話が振り出しに戻ったように思えたのだろう。
だが、それは誤りだ。
そう確信して、僕は話を続ける。
「無論、働いてと言っても、バイトしたとか、家の仕事を手伝ったとか、そう言うことじゃ無い。それは、その子の親の話からして明らかだ」
「そうよね。舞のお母さん、夏休み中の舞は家から殆ど出ていない、と言う話をしていたし……」
「そう。つまり、彼女がお金を稼いだ手段は、家で出来ることで、かつ、中学生がやっていてもおかしくは無いことだ」
つまりね、とようやく僕は核心に踏み入った。
「彼女は、夏休みを費やしてお金を稼いだ……正確には、賞金を獲得した、ということだ」
「……賞金?」
「ああ、そうだ。恐らく彼女は、自分で描いた漫画を投稿し、それがどこかの賞を受賞したんだろう。それで、賞金を貰ったんだと思う」
……一息に言い切ると、神代はまた、状況を把握するように沈黙した。
今度は、口を開けなかったが。
「……ええと、ごめんなさい。ちょっと、色々と情報が多くて混乱してて」
たっぷり五分ほど待たせてから、ようやく神代は口を開いた。
その華奢な手は、左のこめかみに軽く添えられている。
察するに、予想外の情報に対して、頭痛を覚えているようだ。
そのくらい、考えても見なかった可能性だったのだろう。
折角の美貌が霞むくらい、眉間に皺を寄せている。
「ええと、聞きたいことがまた色々あるのだけど……聞いても良い?話の腰を折っちゃうけど」
「いや、どうぞ?そもそも、君が分かってくれなきゃ意味無いんだから」
そう告げると、ならば、と言わんばかりに問いが飛んでくる。
「まず……舞って、漫画を描いていたの?私、聞いたこともないんだけど」
「いや、それに関しては、そこまで不思議なことじゃないんじゃないか?漫研なんだし」
いくら趣味のサークルに近い物だろうが、部活動である以上、部誌ぐらいは出すだろう。
そうでなければ、そもそも部活として認められない。
つまり、そこに所属している時点で、涼森舞も漫画なりイラストなりを描いている可能性は高いのだ。
「というか、逆に聞きたいんだけど、本当にそういう話、神代は聞いたことないのか?」
「……無いわね。漫画が好きなのは知っているけど、自分で描いている、みたいな話は特に無かったわ。漫研に入ったのも、そこに漫画の話が出来る友達が居るから、という理由だったもの。……漫研は、絵が下手な人や漫画が描けない人でも、入部自体は出来ると聞いたし」
言い訳のようにして、ずるずると言葉が続く。
それを聞いて、僕はなるほど、と頷いた。
この様子だと、神代の方からは、「涼森舞は漫画が好きで漫研にも入っているが、それはただ単に漫画の話がしたいだけであり、創作はしていない」という認識だったらしい。
だから、大金を使う様を見ても、まさか漫画関連か、とは思えなかったのだ。
そう確認してから、僕は話を進める。
「まあ、正確にはいつ始めたかは知らないけど、どこかのタイミングで漫画を描き始めたんだろうね。それも、趣味とかじゃなくて、プロを目指すくらいの真剣さで」
「プロの……つまり、描いた漫画を出版社に送っていた、ということ?デビューするために?」
「だと思う。だから、中学生になった頃から、一人で本屋に行き始めたんだ」
どうしても、一人で行って、確認したかったのだろう。
漫画雑誌の末尾の方にある、読者からの投稿を批評するコーナーを見るために。
自分の送った漫画が入選したかどうか見るために、彼女は一人で本屋に行かざるを得なかったのだ。




