規則性と部活の関係
──いやでも、流石にそこを簡単に疑うのは良くないか。というか、神代の前で言うわけにも行かないし……。
いくらなんでも、涼森舞の友達である彼女の前で、「その子ってヤバイことしてるんじゃないかな」とは言えない。
それ以前に、出所不明なお金の理由を、即座に犯罪に結びつけるのは、流石に短絡的だろう、という気もする。
先程の講演の影響か、神代も僕も、悪い方に引きずられている自覚があった。
だから、僕は敢えて話を逸らし、少し別のことを聞く。
その方が、話が偏らないだろうと踏んだのだ。
「因みにさ、その涼森さんのことで、他に何か気がついたことある?いつもこんな事をやっていたとか……どんな小さなことでも良いんだけど」
「……いつもの事って、彼女の習慣とか、そういうこと?」
「そう。ほら、前回の謎は、発生する音の規則性に気がついたのが、解決の鍵だっただろう?だから今回も、そういう規則性染みたものがないかな、と思って」
ここで僕が、「規則性」という言葉を出したのは、単なる偶然だった。
話の中にある通り、前回の例を引き写したに過ぎない。
だから僕は、この言葉を言いながらも、そんなものはない、と返されるかもな、と思っていた。
だが、意外にも。
そこで神代は突然、何かを思い出したような顔をした。
そして、真剣な顔で考え込む。
「……そう言えば、それ以前から、舞が遊びの誘いをよく断るような時期があったわ。言われてみれば、というくらいの事だけど」
「えっ、あったのか?……何時?」
予想外の回答に慌てて問い返すと、神代はまた、うーんと唸った。
どうやら、より正確な話を僕に出来るよう、苦心しているらしい。
「確か、中学校に入った頃の話だと思うのだけど……私が遊びに誘ったり、何か他のことで連絡したりしても、予定がある、と返されることが増えた時期があったのよ。例え部活が無い日であっても、キッパリと」
「要は、遊ぶのを断られていた……今年の夏休みのように?」
「ええ、その通り。丁度、月に一回くらいの頻度で、今年のそれよりは少なかったから、余り気にしてはいなかったのだけど……」
あ、だけどね、と神代が言葉を続ける。
「その時は、理由も説明せず、という感じじゃなかったわ。ちゃんと、私にも理由を説明してくれたもの」
「どんな理由?」
「本屋に行くため、と言っていたわ。何でも、どうしても買いたい雑誌があるからとか何とか……」
それを聞いて、一瞬なるほど、と納得する。
雑誌を買いたいからこそ、月に一回の頻度で断っていた──多分、月刊誌なのだろう──のか、と思ったのだ。
だが、すぐに、その話のおかしさに気がついた。
「……いや、待って。本屋に行くくらいなら、別に遊ぶのを断る理由にはならないんじゃ無いか?まず雑誌を買ってから、そのあと遊べばいいんだし」
「言われてみれば、そうね。……今思うと、変な理由だった。私たちが出かける時に、途中で本屋に寄ることは多かったし……だけど、半年くらいすると、本屋に行くという理由で舞が誘いを断ることは、何故か無くなったから……」
そのために、変な理由だとは思いつつも、深くは突っ込まなかった、という経緯らしい。
すぐに収まったなら、一々相手の腹を探ることはないだろう、という判断だったのか。
要は、神代の方が空気を読んだのだ。
──しかしそうなると、これはある種の予兆みたいに思えるな……。
ふむ、と僕は一人、目の前の神代を殆ど無視するようにして考え込む。
元々、夏休み中に急に付き合いが悪くなった、というのが話の発端だったが、ここへ来てさらに前の事例が出てきた。
普通に考えれば、無関係なことではないだろう。
この辺りを、もう少し整理しておきたかった。
──要するに、まず中学一年の頃から半年近く、「雑誌を買う」という名目で遊びを断るようになった。それはやがて収まったが、今度は中学二年の夏休みに、ほとんど遊ばなくなった……。
そして夏休みが明けると、妙にお金を持っている状態に変化しているわけである。
何かある、という気はする。
そして、ここで。
不意に、僕の頭に蘇る話があった。
──そう言えばさっき、「元々少女漫画がすごく好きな子だから」みたいな話があったな……。
神代の話の中で、ついでのように語られていた部分である。
確か、涼森舞は少女漫画が好きだからこそ、その漫画を大人買いした、とかいう話だった。
──少女漫画好き……となると、その遊びの誘いを断ってまで買ってた雑誌というのも、漫画雑誌かな。少女漫画は、週刊誌がほぼ無くて、月刊誌が多いって聞くし。
何となくの思いつきだが、そんな思考が頭を走った。
短絡的な推理ではあるが、ありえない話でもないだろう。
雑誌を買いに行っていたというのが、本当であれば、だが。
──……この推理が正しければ、友達も決して付き添わせず、一人で少女漫画誌を買いに行ってた、ということになるよな?じゃあ、その理由は……というか、そんな行動が有り得そうな状況は……。
自然、そんな思考に移って────同時に。
ポポン、と泡が弾けるように、様々な話が頭の中を行き交った。
全て、神代の話の中に出てきた事である。
その細々とした情報たちが、一斉に繋がり始めたのだ。
……涼森舞の家は、文房具店。
そして彼女は、かなりの機械音痴。
好きな物としては、少女漫画が挙げられて。
買っていた雑誌は、恐らく少女漫画誌。
月に一回、彼女は一人でそれを買いに行く。
そして、夏休みのような長期休みではまた付き合いが悪くなり。
その後は、お金を手にしている……。
「……もしかして」
意図せず、声を出してしまっていた。
頭の中に浮かんだ話が、次々と点から線に姿を変える。
吹奏楽部の一件と、同じだった。
一見してよく分からなかった話が、推理を介して、ありふれた、どこでも起きていそうな理屈へと変貌する。
今、僕はまさにその瞬間を味わっていた。
「……何か、分かったの?」
恐々と、僕の考え事を邪魔しないようにか、静かにしていた神代が問いかける。
その表情は、恐れ半分、期待半分と言ったところか。
恐らくだが、僕の口から、「推理してみたけど、やっぱりその子はヤバイことをしてるんじゃ……」などと言われるかもしれない、と思ったのだろう。
真相を聞くのを、恐れているのだ。
だが、それは杞憂だ。
これは最初から、そういう話ではない。
なまじ例の講演を聞いたせいで、神代が物事を悪い方向に解釈していただけだ。
だからこそ、その杞憂を打ち砕くために。
ここでもう一つ、聞いておかなくてはならない。
そう思い、僕は最後の質問をする。
「神代、一つ、良い?」
「……何かしら」
「いや、その涼森さんについて、まだ聞いていないことがあったから。神代にとっては、当たり前すぎることだから、話としては省いたんだろうけど」
そう前置いてから、僕は一息に問いかけた。
「涼森さんは、部活に入っていると言っていたけど……具体的には、それ、何部?」
問われた神代は、一瞬、何を聞かれているのか分からない、という顔をした。
話の関連が、理解出来なかったのだろう。
しかし、根本的なところで律儀らしく、彼女はすぐに答えてくれた。
「舞が入っているのは、漫画研究会よ。尤も、趣味のサークルみたいな所で、活動はあまりしていないのだけど……それがどうかしたの?」
──漫研、か。やっぱり。
……これで、状況証拠は見つけた。
つまり、今のところ、一番矛盾が少ない仮説を思いついたと言っても良いだろう。
そう確信した瞬間には、僕は思わず拳を握っていた。




