疑念と過保護の関係
〈神代真琴の証言〉
私、同じクラスに、涼森舞っていう女友達がいるの。
小学校の頃からの友達で、私の自惚れで無ければ、結構仲が良い友達であるはず。
今回の謎は、その友達に関する話。
────でも話を聞く前に、一つ約束をして欲しいことがあるの。
謎解きをお願いしている立場で、さらに約束を求めるなんて、中々図々しい話だけど。
だけど、お願い。
この約束をしてから、話を聞いてほしい。
ここで聞いた話を、絶対に誰にも言わないって、約束して。
そのくらい、今回の話はデリケートだから。
前回の吹奏楽部の一件も、結果から言えば、あまり他言出来ないような話だったけど、今回はその比じゃない。
だから……絶対に、言わないで欲しい。
他の人に聞かれないためにも、こうやって他の生徒が体育館に集まった瞬間を狙って、貴方を呼び出したくらいなんだから。
……良いのね、大丈夫?
分かった、ありがとう。
じゃあ、私が友達に抱いている疑念と謎について、詳しく話すわ。
少し長くなるけど、聞いてほしい。
端的に言うと、今回の謎は、理由探しになると思う。
というのも、私の友達である、涼森舞が────ここのところ、妙にお金をたくさん使うようになったの。
要するに、お小遣いが変に増えているのよね。
桜井君には、この理由を解き明かしてほしい。
勿論、ただ単に、私の気にし過ぎなのかもしれないけど……。
私がこの疑念を抱いたのが、いつからか?
そうね、確かに、そこから始めましょうか。
私も、話しながら頭をまとめたいし。
確か、最初に私が不思議に思ったのは、夏休み前くらいだったと思う。
その時期から、舞にはある変化が起こっていた。
まあ、変化と言うと、大袈裟な表現になってしまうけど。
簡単に言うと、突然、舞があまり一緒に遊んでくれなくなったの。
付き合いが悪くなった、というか。
それが、最初に「あれ?」と思ったことだった。
ちょっと、呆れた顔をしないでよ。
私たち、そのくらいよく遊んでいたのだから。
普段学校がある日こそ、放課後は一緒に居られなかったけど──彼女は部活が、私は生徒会があったから──長期休みには、それこそ週二、三回くらいは会っていたわ。
三日も会っていないと、寂しくなるくらい。
それ程、よく遊んでいた友達だった。
だけど、今年の夏休みに限って。
突然、舞が「一緒に遊べない」と言い出したの。
以前は向こうから遊びに誘ってきたくらいなのに、めっきりそう言うことが無くなってしまって。
こちらから誘っても、「その日は予定が……」とゴニョゴニョ言うことが増えた。
しかも、その予定というのも、詳細が不確かな事が多くてね。
例えば、「その日はお父さんの実家に行く用事があるから、行けない」と彼女が言ったことがあるのだけど。
その時私が、「そうなんだ。因みに、舞のお父さんってどこの出身なの?」と聞くと、それだけで黙っちゃって。
桜井君、何かを察した顔をしているけど……そうね。
この際ハッキリ言ってしまえば、舞は嘘をついていたんだと思う。
何か、どうしても私と遊ぶことが出来なくて、適当な理由をつけていたのでしょうね。
そんなことをする必要があったのかは、まるで分からなかったけれど。
まあ、何にせよ、これが最初のきっかけ。
要するに、今までは頻繁に遊んでいた友達が、何故か付き合いが悪くなって、嘘の理由で遊ぶことを断るようになった、と言う話。
ただ、私は、この時点ではそこまで不思議には思っていなかったの。
だってこの時点では、そう言うことをする理由は、色々考えられるもの。
例えば、成績が落ちて夏休み中は塾に行かされているけど、恥ずかしくて言えないとか。
誰か、好きな人でも出来て、そっちに夢中で私を相手していられないとか。
二番目の例なんて、如何にも中学二年生の夏にありそうな話だとは思わない?
だから、この時点では私も、少し変に思っただけで、疑念というほどの思いは無かった。
実際、夏休みに遊ぶこと自体はほぼ無かったけど、それ以外は普通に過ごしたくらいだもの。
だけど、その夏休みが明けた後。
もう少し、変なことが起きた。
そしてこちらが、謎の本題になるわ。
……夏休みが明けて、また学校が始まった頃。
かなり久しぶりに、二人で遊んだことがあったの。
ええ、その時は、舞の方から誘ってきたわ。
久々に、一緒に買い物でも行かないかって。
私としては、断る理由もないし、久しぶりに誘ってもらえたことが嬉しかったから、喜んで買い物に向かったのだけどね。
その買い物が、少し、変だった。
話の最初にも言ったことなのだけど……何というか、舞のお小遣いが、妙に増えているのよ。
色んな品物を、躊躇無く買っているというか。
少なくとも、普通の中学生としては使い過ぎな程、よく買っていた。
具体的には?……ええと、ちょっと待って、思い出すから。
確か……まず最初に、本屋で二十冊以上の本を買っていたわね。
元々、舞は凄く少女漫画が好きな子だから、一緒に本屋に出向くのはよくあることで、そこで本を買うことも、珍しくは無いのだけど。
それにしても、飛び抜けて多くの本を買っていたわ。
持ち運べないから、郵送サービスを利用していたくらいに。
ええ、そうね。
大人買いをしていた、という表現が的確かしら。
まだ中学生の私たちが、「大人」買いをするというのも、変な気分になるけど。
そして次に、服を見に行ったと思う。
そこでも舞は、上下揃って、結構な値段の物を買っていたわね。
普段なら、ただ見るだけで終わることが多いのに。
その日に限って、マネキンを見て、試着した次には、「これください」と言っていた。
さらにその後には、小物屋に寄ったのだけど、そちらでもいくつか買っていたんじゃないかしら。
総額で言えば、あの日だけでも、三万円近くは使っていたわ。
そう、三万円。
大人にとっては普通の金額なのかもしれないけど、私たちくらいの中学生にとっては、大きな金額でしょう?
よっぽどお金持ちの子どもとかじゃ無いと、一気にそのくらいの金額を貰うなんてこと無いでしょうし……。
だから私、その買い物の時には、本当にビックリしちゃって。
何度も何度も、「大丈夫?」と聞いていた記憶があるわ。
尤もこの時も、理由は適当に濁されてしまったけど。
そして……このお小遣いの多さは、この日だけには留まらなかった。
それからも二、三回、一緒に遊びに行ったことがあるのだけどね。
その時も、彼女は同じくらいの金額を使ったの。
不気味なくらい、多くの買い物を。
いよいよ、変でしょう?
それまで、お金を使うにしても、ごく常識的な金額しか使わない子だったのに、何故か突然、大金を持つようになっているのだもの。
私、何度も何度も、その理由を聞いて……。
だけど、教えてもらえなかった。
舞はちょっと笑って、話を誤魔化すだけだったから。
だから私、一人で考えることにした。
何故、彼女がそのくらいのお金を、突然持つようになったのか。
その理由が、どうしても気になってしまって。
だけど、どれほど考えても、その理由は分からなかった。
というより、そもそも、中学生がそのくらいのお金を手に入れる方法って、あまり無いのよね。
これが高校生くらいなら、夏休み中にバイトをして稼いだ、という可能性もある。
だけど、中学生を雇うようなお店、そう無いでしょう?
少なくともこの辺りでは、どこもバイトを始めるのは高校生以上だし。
強いて言うなら、舞の家は文房具店をしているから、そちらを手伝ってバイト代を貰うなり、お小遣いを上げてもらうなりしたのかもしれないけど……。
それにしたって、娘にそう大金を渡さないだろうし。
……ああ、ごめんなさい、言い忘れてた。
そうよ、舞の家は、学校前にある文房具店。
あの、結構大きなところね。
まあただ、大きいと言っても──失礼な言い方をするけど──凄く儲かっている、大金持ち、と言う感じでは無いわ。
実際、さっきも言ったように、今年の夏休みまでは、舞のお小遣いはごく常識的な額だったもの。
ごくごく、一般的なお店というか。
だから、舞のお小遣いの量が何もせずに突然増えたと言うのは、それだけで解せない。
そもそも、夏休み中に何度か、文房具を買うためにそのお店に行ったこともあるのだけど、舞が働いている様子は無かった。
……親戚からお小遣いを貰った?
そうね、夏休みなのだから、その可能性はあるわ。
だけどそれにしては、金額が大きいような……。
私に出所を隠す理由も、よく分からなくなるし。
なんにせよ私には、中学生のお小遣いが突然、何万円も増えている理由は分からなかった。
だから、というわけでも無いのだけど。
……もしかして、少し悪いことをしているのでは、という思考が頭に浮かんだわ。
勿論この時点では、ただの邪推だったのだけど。