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バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
EpisodeⅡ:なぜ、神代に頼まなかったのか?
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心配と友人の関係

 ──神代?


 変なところで視線が合い、僕は思わず面食らう。

 こういう場所でなかったら、声を出してしまっていたかもしれない。


 というのも、学年全員が集まったこの講演の中で、神代は首を回して、堂々と後方を見ているのである。

 だからこそ、彼女よりも後ろに居る僕と視線が合うのだ。


 ──何で後ろを見てるんだ、彼女?


 何となく彼女から視線を離せず、見つめあったままそう思っていると、不意に彼女が右手を動かした。

 具体的には、明らかに僕に目掛けて、ヒョイヒョイ、と手招きするような仕草をしたのである。

 さらにその後、人差し指で体育館の外を指差した。


 ──……外に出てくれってことか?


 反射的に解読してしまい、僕はさらに混乱する。

 講演の最中に、彼女は何を要求しているのか。


 何だ、また訳の分からないことを神代が始めたぞ────と思っていると。

 突然、神代はその場で立ち上がり、低い姿勢のまま歩き出した。

 体育館の外へと向かって。


「……すみません、用を足してきます」


 ボソボソと、体育館の壁に佇む教師に対して、彼女が弁明するように言葉を連ねているのが、上手い具合に聞こえた。

 芸の細かいことに、右手はお腹を押さえ、表情は微かに苦しそうなものに変わっている。


「あ、ああ。もうすぐ講演も終わりだが……まあ、我慢出来ないなら行ってこい」

「ありがとうございます……」


 やや驚いた感じで教師が返答すると、弱々しく神代が頷く。

 そして、彼女はその演技を崩さないまま、本当に体育館を出て行った。

 去り際に、僕の方をチラリと見て。


 ──えっ、何だ……僕はあれに続かなきゃいけないのか?


 彼女の意図を察して、僕は思わずええーっ、という気分になる。

 要するに、理由は分からないが、神代は僕に「仮病でもなんでも使って、この体育館を出ろ」と言ってきているのである。

 さらにシンプルに言えば、講演会をサボれ、ということだ。


 ……正直言えば、気乗りしない提案だった。

 基本的に、学内の僕は、生徒としては真面目な方である。

 授業をサボるようなことは、一度もしたことがない。


 もっと言えば、彼女の大胆な行動のせいで、まあまあ注目を浴びてしまっている、ということもあった。

 何しろ、彼女は思いっきり顔を後ろに回していたため、見つめられた側である僕のクラスの生徒が、少しざわついてしまっている。

 勿論、彼女の近くに座っていた生徒も、何事だ、という感じで去って行った彼女の方を見ていた。


 ここで彼女に倣って僕が外に行くと、何というか、悪目立ちしそうである。

 後で誰かに「何してたんだ」と言われそうだ。

 それ以前に、こういう講演会の最中に抜け出すというのは、それだけでまあまあやり難い。


 ──けど、行かないと神代が外で待ちぼうけになるしなあ……。わざわざ抜け出したってことは、何か、今でしか頼めない話があるって事だろうし。


 うーん、と僕は脳内で唸った。

 訳が分からないことをしてくる相手だが、流石に無視はちょっと、という気もしたのだ。


 以前、彼女はこう言っていた。

 近いうちに、彼女は僕に「第二の謎」とやらを問いかけてくる、と。


 今の呼び出しがそれなのか、或いは、今回の物は別件で、またいつか言ってくるのかもしれないが。

 何にせよ、僕が告白を取り消していない以上、これからも神代は僕と関わる相手、という事だ。


 その彼女を、ここで無碍に扱ってしまうと、後で悪い空気になりそうな気がする。

 それこそ、気まずくなるのだ。

 そして、神代と気まずい空気を共有するのは、友達と喧嘩するのとは、また違った嫌さが発生し得る。


 ──となると……ええい、ままよ。


 漫画みたいな言い回しをしながら、結局、僕は立ち上がった。

 同時に、凝り固まっていた膝やら腰やらが、バキバキと軽い音を立てる。

 これに関しては助かったな、と思いながら、僕は足を止めなかった────。






「あっ、桜井くん……来てくれたの?」


 教師に断ってから外に出た後、取り敢えず、体育館のすぐ側にあるトイレに向かっていると──僕もお腹が痛い、ということにしたのだ──その手前で、待ち構えていたように神代と遭遇した。

 どうやら、僕の動きを見越して、ここで待っていたらしい。


 ただ、こうも早くに僕が出てきたことは、彼女としても予想外だったのだろうか。

 近くの壁に背中を預けていた彼女は、僕の姿を見ると弾かれたように背筋を伸ばし、上記の言葉を投げかけた。


「いやまあ、あからさまに呼んでたし……」


 こうも驚かれるのも、何となく変な気分であり、僕は無意識に頭を掻く。

 すると、神代は何故か僕の顔をじっと見て、さらに軽く頭を下げた。


「ごめんなさい、付き合わせてしまって。講演、聞きたかった?」

「いやまあ、そっちは別に良いんだけど……」


 前回の第一の謎同様、自分から巻き込みつつも、変なところで謝る彼女を前に、僕は手を振って謝罪をかき消す。

 どちらにせよ、外に出た時点で、サボりは完了してしまっているのだ。

 謝られたところで、という話である。


「それよりも……ええっと、今回はまた、何?」


 気持ちを切り替え、僕は本題の方を優先する。

 サボりは確定した以上、先程までのことを言い合うよりも、何故今、僕を呼び出したのか、聞いておいた方が有益だろう。

 そう感じた僕は、とりあえず、有り得そうな可能性を提示した。


「……もしかしてなんだけどさ、これ、『第二の謎』絡みだったりする?」


 そう告げると、彼女はパッと頭を跳ね上げた。

 そして、スムーズな動きで、コクリと頷く。


「ええ、その通り。どうしても、今話しておきたい謎なの」


 ──やっぱりかー……。


 意外性よりも、納得の方が先に来て、僕は神代の前で一人ウンウンと頷く。

 まあ、よく考えれば、僕と彼女の接点など、これ以外に無い。

 妥当な話と言えば、妥当な話だった。


「……じゃあ、また何か困り事というか、変な事件でも起きてるのか?」

「そういう事。普通は、人に話すようなことでは無いのかもしれないけど……私としては、凄く大事な事だから。……解いてもらえる?」


 そう言って、彼女は自身の頬を撫でる。

 いかにも、困っている、という感じの動作だった。


 勿論、前回の例を考えると、これが真意がどうかは分からない。

 演技の可能性は多分にある。


 しかし────。


 ──何か、表情だけだと、前回よりも本気で困っている感じがあるな。


 聞いた瞬間、そう思った。

 そのくらい、表情が本気のそれだったのである。

 急いでいる感じ、と言っても良い。


 ──こう言う顔されると、断りにくいな……。内容が何にせよ、引き受けた方がいいか?


 率直に、そう思った。

 自分でもチョロいと思うのだが、どうにも断りにくい雰囲気だったのだ。


 何かもう、最初の告白の目的からは物凄い勢いでかけ離れてきたが、これはもう、しょうがない。

 以前神代が言っていたように、こう言う謎を解いていかないと、「第五の謎」────神代が何故こう言うことをしているのか、という話が聞けない、という事情もある。


 故に、僕は割とすぐに、こう声をかけた。


「……分かった、聞くよ。そして解けるなら、僕なりに解いてみる。どんな話なんだ?」


 そう問いかけると、一度、神代は強く目を閉じた。

 そして、次に目を開いた時には、彼女は体育館の方に顔を向けていた。


「実を言うと、今の講演と関わる話なの。だから、このタイミングで呼んだのだけど」

「講演って……援助交際とか少年犯罪とかの、あの話か?」

「そうよ。だからちょっと、前回よりも重い話になる」


 そう前置きしてから、神代は、なるほど確かに重い話をした。


「私の友達が、最近変な様子を見せていて……それで、彼女が何か、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ……一気に、雰囲気がきな臭くなってきたのが、肌感覚で分かった。

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