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バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
EpisodeⅠ:音色の研究
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少年と少女の不思議な関係(Episode I 終)

「……一番最初、君が僕を第二音楽室の前に連れて行った時のことを、思い出して欲しい」


 押し黙ってしまった神代の前で、僕は話を続けていく。

 果たして聞こえているのかどうかは分からなかったが、今僕が、何を疑問に思っているのかだけは伝えたかった。

 その疑問に、どういう推理で辿り着いたのかも。


「あの時、君は僕を急いだ様子で──それこそ、手を取ってまで──第二音楽室に連れて行った。そしてそこで、例の音を聞いたわけだけど……」


 ここまでなら、まあいい。

 神代が、自分の不思議に思っていることを伝えるために、現場にまで連れて行った、というだけなのだから。

 しかし、その次の言葉は、今思い返せば妙だった。


「確かあの時、神代は例の音が聞こえる前に、『そろそろ』、と言ったよね?」


 そう告げると、微かに神代が体を揺らしたのが分かった。

 動揺しているのだろうか。


「あの時は、その後に聞いた『第一の謎』で印象が上書きされて、その言葉については深く考えなかったけど……よく考えれば、これは不思議な言葉だ。だって、あれは要するに、『そろそろあの音が聞こえる』ということだろう?」


 論理的に考えれば、彼女の発言の真意はそうなるのだ。

 つまり、あの時間帯──吹奏楽部の練習開始から約二時間後──になれば、例の音が必ず聞こえるという、規則性を理解した上での発言である。

 そうでなければ、あのタイミングで僕を連れ出すことは出来ない。


 つまり、この事実から、彼女はもっと前からこの謎に関する真相に気がついていたのではないか、という推論が成り立つのだ。

 僕自身がそうだったように、この「第一の謎」は、その規則性に気がつきさえすれば、後は芋蔓式に真相が分かるのだから。


 毎日同じ音が特定のタイミングで聞こえるのなら、それは録音音声なのではないか?

 となれば、それを毎日流すのは、練習しているように見せかけるためではないか?

 そうなると、立ち位置的に壁野も共犯なのではないか……。


 こんな感じで、一つの事実が分かると、他のことも大体察しがつく。

 逆に言えば、最初の点さえ想像できれば、二日連続で例の音を聞いた時点で、真相に辿り着くのも不可能ではない、と言うことだ。

 実際、僕はそうやって解いたのだから。


「……だから、君は既に、謎が解けているんじゃないかって、思ったんだけど」

「そんなこと言われても……第一、既に真相が分かっているなら、貴方にわざわざ解いてもらう必要なんてないでしょう?」


 不意に、神代がそんな反論をする。

 そして、軽く胸を張った。


「何か、私が真相を掴んでいたと、断言できる根拠はあるの、桜井君?」


 ──……そこを突かれると痛いな。


 率直に、そう思った。

 土台、今僕がしていることは、推理ですらない。

 神代の様子が、ちょっと真相を知ってそうだった、という、言いがかりのようなものだ。


 だから、明確な根拠などハナから存在しない。

 ただし────状況証拠レベルなら。

 言いたいことは、無いではなかった。


「一つ、無いわけじゃない。神代の話は、何というか、ちょっと変なところがあったから」

「……そんなところ、あったの?」

「ああ。正確に言うと、この言い方は逆になるんだけど」


 そう告げると、神代が本気で意味がわからなさそうな顔をする。

 まあ、当然の反応だろう。

 僕自身、変なことを言っている自覚はあった。


 ……ただ同時に、これは僕の感想でもある。

 彼女が僕にしてくれた、三日間の体験談は、変だった。

 何というか、()()()()()()()()()()()()


「普通さ、悩んでいる人の話って、もっと支離滅裂なものだろう?変なところに話がいったり、必要なことを話さなかったり……だけど、神代の話は、謎が解けなくて困っているという割に、凄く整理されてたから。それで、変だなって」


 そうだ。

 ここが、僕の中で引っかかっていた。


 悩んでいる人の話し方が滅茶苦茶になるのは、僕自身経験がある。

 というか、一昨日、深宮に対して行った僕の愚痴語りが、まさにそれだ。

 勿論個人差はあるのだろうが、本当に悩んでいると、そもそもどう相談すればいいのかすら分からず、あんな感じのグダグダな話になるのである。


 しかし、それに比べると神代の話は、あまりにも洗練されていた。

 まるで、推理に求められることを全て内包しているかのような、秩序だった話だったのだ。


 具体例を挙げれば、彼女は話の中で、二回目に音を聞いた時刻を「おやつの時間」と呼び、丁寧に教えてくれている。

 普通なら、自分がその音を聞いた時刻など、話の中ではつい省いてしまいそうなものだ。

 しかし、彼女はその日の授業が終わる時間を再解説してまで、そのことに触れていた。


 もし、ああやって必要な情報を開示してくれていなかったなら、僕は推理にもっと困っていただろう。

 彼女が話を練り上げてくれたからこそ、スムーズに推理が出来たのだ。


 要するに、神代の話の中には、推理の伏線は全て含まれ、逆にノイズになるようなところが殆ど無い。

 これは何というか、ただ単に彼女の話が上手いとか、懇切丁寧に話をしてくれる性格だとか、そういう次元にない気がした。


 さながら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かのような印象すら受ける。

 そんなことを、僕は彼女に説明した。


「……私が真相を知っていれば、その話し方も不思議ではなくなる、というの?」


 あまり感情を感じさせない顔で、神代が問い返す。

 その表情に少し呑まれかけたが、それでも僕は即答した。


「もし、君が既に真相を知っていたとするなら、それは君自身が自力で推理をした、ということだ。だったら、話が整理されていたことも分かる」

「そう?」

「ああ、そうだよ」


 言ってみれば、推理小説の解決編を見て、その後に問題編を後付けしているようなものだ。

 話が整理されていて当然だし、必要な情報も揃うことだろう。


 自然と、僕を謎に関わらせるタイミング──いつ、例の音を聞かせるか──も分かることになる。

 今回はたまたま、僕が告白した直後になったが、そうでなかった時には、また理由をつけて僕を呼び出したのではないだろうか。

 彼女は返事をする側なのだから、「一日考えさせて」とでも言えば、呼び出す理由には事欠かない。


 ────要するに、彼女が全ての真相を知っていたとすれば、彼女の言動が色々と腑に落ちるのだ。

 ここまで来ると、本当に彼女が真相を知らず、困っていたという可能性の方が、低く思える。


「……神代」


 ここまで説明して、僕は改めて神代に向き直った。

 そして、こう問いかける。


「どうして……既に分かっている、解決した困り事を、僕に解かせるなんてことをしたんだ?それも、謎が気になるなんて嘘までついて……いや、というかそれ以前に」


 頭の中で、今までの神代の不思議な行動がぐるぐると回る。

 付き合いたいのなら解いてほしいという、四つの謎。

 こうして、生徒会の合間を縫って時間を取るなど、相手を謎に関わらせる時の積極さ。


 そして、既に分かっているはずのことに、口を閉ざして。

 こうして謎解きを聞くために、時間を割くようなことまでする。


 ……謎だ。

 正直、今回解いた「第一の謎」などより、神代が何を考えているかの方が、遥かに謎だ。

 純粋な気持ちで告白をせず、相手を付き合わせたという引け目から、あまり突っ込んだ物言いはしてこなかったが、それでも、気になった。


 だから、問いかける。

 尤も、僕の方もやや緊張していたのか、芝居がかった、変な言い方になってしまったが。




「神代……君は一体、何者なんだ?」




 我ながら、変な言い方をしたと思う。

 そのせいだろうか。

 神代はそこで、軽く含み笑いをして────さらりと、髪をかきあげる。


 そして、こう言った。


「……それは多分、五つ目の謎になるでしょうね。私と桜井君にとっての、最後の謎になる」


 ──五つ目?最後?


 僕の発言に勝るとも劣らない妙な言い方に、思わず眉を顰める。

 彼女が言うところの、「四つの謎」の次、という意味であることに気がつくのに、少し時間がかかった。


 しかしその隙に、彼女はガタン、と音を立てて、椅子から立ちあがる。

 必然的に、彼女は僕を見下ろすようにしてその場に立った。


「桜井君は……本当に凄いと思う。それは確かね。……『第二の謎』に関しては、また連絡するから」


 そう言って、彼女は一つ微笑んだ後────コッコッコッ、と音を立てて、去って行く。

 止める暇もない。

 謎の依頼をしてきた少女は、最後まで謎のまま、僕の前から姿を消した。






 ──何だ……何だったんだ、本当に。


 全く説明がないまま放り出された僕は、呆然と教室に一人佇み、思考を巡らせる。

 訳がわからない。

 彼女は、何がしたかったのか。


 ──敢えて真相が分かっていることを問いかけて、どのぐらい合っているか、推理の採点がしたかったとか?いやでも、そうだったら逃げることなくそう言っていただろうし……何なんだ?


 うーん、と唸りながら僕は腕を組み、一人考え込む。

 なまじ自分から関わって行った分、消化不良感が半端なかった。

 何というかもう、気にしないではいられなかったのだ。


 これが僕の告白の結果であることも。

 最後の謎まで解けば付き合えるとかいう、よくわからない条件があることも忘れたまま。

 僕は一人、神代真琴という少女について考え続けていた────。






 ────そして実は、この時間こそ。

 バウムクーヘンまで余波で嫌う程の、失恋を経験して以降の僕にしては珍しい、()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったのだから。

 人生とは、なかなかどうして、分からない。


 尤も、この時の僕は、まだそれに気が付いていなかった。

 何なら、これ以降も彼女が持ち込む謎の数だけ、彼女とのよく分からない関係が続くことも、察していない。


 ただ一人、僕は神代について、訳がわからないまま、頭を巡らせ続けるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 続きが気になる展開。 四つの謎を解いた先にどんな真実が待ち受けているのか……。 そして、ミステリー好きがニヤリとする章タイトル。 実に良いです。
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