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バウムクーヘンと彼女と謎解きと  作者: 塚山 凍
EpisodeⅠ:音色の研究
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吹奏楽と見張りの関係

「サボり……」


 少しだけ呆然としたように、神代はその単語を反芻する。

 絶句するほどの衝撃では無いが、それでも多少は驚いたらしい。


「……個人的には、この推理はそう間違っていないと思う。少なくとも、彼女たちが最近、練習に熱心でないことは確定と言って良い」

「証拠は、何かあるの?」


 小首を傾げ、神代はそんなことを言う。


 ──あるけど……その前に、説明が要るな。


 そう感じた僕は、とりあえず、昨日自分が経験したことを一気に語った。

 ここを言っておかないと、説明が躓くと思ったのだ。


 壁野に頼んで、小窓から見せてもらった景色。

 第二音楽室に置かれていた、良い機械。

 中の様子と、外から見た時の状況。


 語ったのは、だいたいこの辺りの事である。

 そして、全てを言い終えてから、僕は時系列的に一番最初のところから説明を始めた。


「……いつから、こういうことが始まったのかは分からない。だけど、どこかのタイミングで、第二音楽室に居た吹奏楽部の誰かが言い出したんだろう」

「……練習が面倒くさいから、サボろうって?」

「ああ。何せ、顧問教師は第一音楽室の方に籠っていて、かつ第二音楽室には碌に窓も無いんだから……別に、練習をサボってもバレない。だから、ということだと思う」


 昨日散々確認したことだが、あの第二音楽室に置いて廊下側と繋がるルートは、入口の扉と天井近くの小窓しかない。

 逆に言えば、この二つを何らかの方法で塞いでしまえば、中で何をしていようが、部屋の外からは確認できないのである。


 もっと言えば、グラウンドの方に繋がる窓からも、カーテンさえかけてしまえば見られる心配はなくなる。

 と言うか、深宮の話からすると、あの部屋はそもそもにしてカーテンがかかっているのがデフォルトのようだった。

 つまり、窓を閉め切ってしまっても、不審がられはしないということである。


「それで、まあ、実行しようって話になったんだろう。第一音楽室の様子を見ると、あそこの先生はまあまあ厳しい人らしいし──結構叱られている声があったから──第二音楽室の部員だけでも、休みたい、と前から思っていたんじゃないかな」

「確かに、貴方の話だと、自主練しか言われていないようだし……サボっても何とかなったようだけど」


 フンフン、と頷きながら神代が話をまとめていく。


「それで、偽装のために自分たちの演奏音を流そう、ということになったの?」

「そうだと思う。あの辺りの防音状況から考えると、多分前々から、廊下には演奏の音が漏れていたはずだから……あまりにも音が聞こえなかったら、練習していないことがバレてしまうだろう?」


 故に、何かしらの音は流しておく必要があったわけである。

 無論、第二音楽室の近くに居る生徒や教師とて、壁越しに聞こえてくる音声にそこまで耳を尖らせているわけでは無いだろうが────流石に無音は不味い、ということだ。


「そして折よく、第二音楽室には良い機械があった」

「貴方が見たという、スピーカーね?」

「ああ。本来は自分たちの演奏を録音して確認するとか、そう言うための物なんだろうけど。あれで練習風景そのものを録音すれば、練習の偽装音声として活用できる」


 そこまで行ったところで、神代がはい、と言って手を挙げた。

 丁度、授業中の生徒みたいな仕草である。

 どうやら、疑問があるらしい。


「その音声なのだけど……何故、わざわざ自分たちの物を録音する必要があったの?今時、吹奏楽のフリー音源なんて、ネットでいくらでも転がっていると思うけど。そっちを使えば、ミスした音声が目立つなんてこと、そもそも無かっただろうし」

「あー、確かに、そっちでも良かったかもしれないな」


 神代の指摘は正しい、と聞いてすぐに思った。

 実際、あの機械なら、ネットから拾ってきた音源を流すくらいは多分出来ただろうし、そちらを偽装のために流していれば、神代に違和感を抱かれることもなかっただろう。

 状況さえよければ、吹奏楽部だってそっちを実行した可能性はある。


 ……しかし、その場合、別の問題が出てくることも、また事実だった。


「ただ、僕の推測なんだけどさ……多分、そう言う音源だと、()()()()()()()()()()

「上手すぎた?」

「そう。だってほら、嫌な言い方をするけど、ウチの吹奏楽部は所詮、普通の中学校の、一部活な訳で……その部屋から聞こえてくる音が、突然プロ並みになったら、別の意味で不味いよ」


 音楽に詳しくない僕としては、今の吹奏楽部の実力がどの程度なのかは、知る由もない。

 ただ、全国大会で優勝しているような、滅茶苦茶上手い部活、というわけでは無いだろう、と推測できた。

 もしそこまで強かったら、流石に僕も話を聞いたことがあるだろう。


 だから恐らく、彼女たちはごく普通に、中学生ならこのくらい、というレベルの上手さであるはずだ。

 故に、音源には頼り辛かったのである。

 ああいう音源と言うのは、普通はちゃんと、整えられている物なのだから。


「それで、こう思ったんだろう。自分たちと同じくらいの上手さのフリー音源を探すくらいなら……」

「いっそ、自分たちの練習風景をそっくりそのまま録音して、再生する方が話が早い、ということね?」

「そうだ。吹奏楽部の練習メニューがある程度決まっているのなら、毎日同じ演奏音を延々流しても、不思議には思われないだろうし」


 そして、彼女たちはこの思い付きを実行した。

 まず、最初の一日は普通に練習をする。

 これから再生することになる、サンプルの練習音を録っておく必要があるからだ。


 無論、録音を進める中で、多少の失敗はあっただろう。

 例えば、録音途中に雨が降ってきて、その雨音が音声に混ざってしまうなんてことがあったら、録音はやり直しである。

 それを流してしまうと、晴天の日であっても第二音楽室からは雨音が聞こえるような事態になるからだ。


 つまり、出来る限り環境音は省き、演奏の音だけを録音するのが望ましい。

 部員同士の会話なども、厳禁である。


 仮に誰かの話し声が混ざってしまうと、その部員が風邪などで休んだ際、録音音声を使えなくなる──休んでいるはずの部員の声が響いてくる、というホラーな事態が起きる──からだ。

 小さな声ならともかく、個人を特定できるような音量の物は弾く必要がある。

 推測だが、その録音音声を作る日の練習は、それはそれは真面目にやったのだろう。


 ただ────逆に言えば。

 環境音が混ざることは極力避けなくてはならないが、演奏音に関しては、多少のミスは許される、ということになる。


 いや、寧ろ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 先程、フリー音源を「上手すぎて逆に疑われる」として候補から外したのと、全く同じ理由だ。

 ちゃんと練習しているように装うのだから、何かしら失敗した音が入り込むくらいの方が、リアルなのである。


 尤も、そうは言っても、流石に意図的にミスした音を混入させはしなかっただろう。

 前も言ったが、意図的にミスをするというのはちょっと難しいものがあるし、それこそ違和感を抱かれやすい。

 恐らくだが、「基本は真面目に練習するが、その中で自然に発生したミスに関してはやり直しをせず、録音を続ける」というスタンスだったのではないだろうか。


 そして────。


「……そして、その録音を続ける中で、ある出来事が起きた。丁度、録音を始めてから二時間と少し経過した時のことだ」

「部員の一人が、あのミスをしたのね。ちょっと、悪目立ちするような音を立ててしまった」


 そう言うことになる。

 多分、意図的でもなんでもない、ごく普通のミスだったのだ。

 不運と言うか、偶然と言うか。


「当然、そのミス音も録音されてしまった。だけど、部員たちは録り直しはしなかった」

「ちょっと悪目立ちするミスだけど、それがあるくらいの方が、寧ろリアル、ということね」

「ああ。無論、君が体験したように、常に一定のタイミングでミス音が聞こえることになってしまうけど……普通、第二音楽室前でずっと居座っているような人は居ないしね。大丈夫、と踏んだんだろう」


 そう言う経緯で、あの録音音声は完成したのである。

 再生開始から二時間くらいで、必ずミス音が聞こえる録音音声が。

 そこまで説明したところで、不意に神代が、また手を挙げた。


「……あれ?ちょっと待って、桜井君」

「何?」

「貴方の推理では、その録音音声を流し始めてからは、部員たちはずっと練習をサボっていたのよね?」


 そうだよ、と僕は頷く。

 すると、間髪入れずにこう疑問が続いた。


「だとしたら、貴方の話の中で、変なところが出てこない?……何故、()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 ──おっ、来たか。


 何となく、その疑問を聞いて僕は嬉しい気持ちになる。

 あの覗き擬きも、案外無駄では無かったな、と感じたのだ。

 だから、すぐに僕は答えた。


「それは簡単だよ。僕が来たことを……と言うか、第二音楽室に来訪者が来ることを伝えた人が居たからさ。と言うかそもそも、その人が居ないと、このサボり計画は完成しない」

「完成……?」

「完成と言うか、念のため、かな」


 そう、念のため。

 突発的な事態が発生した時のために────どうしてもこのサボり計画には、()()()()が必要となるのだ。


 例えば、万一、教師が第二音楽室の様子を見に来た時。

 或いは、全く関係ない生徒が尋ねてきた時。

 これらを察知できないと、録音音声を再生している様子を見られてしまう。


 だから、警告を発する存在が必要だ。

 彼らの襲来に先んじて、機械を止めるように促す存在が。


 しかし、その見張りは()()()()()()()()()()()()()()

 これは当然のことで、見張り役と言うのは第二音楽室の外に居る必要があるからだ。

 そうでなければ、外部からの訪問者を発見できない。


「だから、吹奏楽部は見つけたんだろう。常に第二音楽室の近くにいて、警告を発信できる存在を」

「もしかして、それが……」

「そう、()()()()。あいつは、吹奏楽部に頼まれて、見張り役をやっていたんだ。だから、僕たちのことも伝えていたんだと思う」


 どうにも変な感じがして、僕は軽く笑う。

 同時に、本当にあいつは変な奴だなあ、と改めて思った。

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