ドッペルゲンガー
私は住宅街にいた。友人から見せたいものがある、と言われたからだ。しかし現在、この家々が連なる住宅街に来て、私は迷子になっているようだ。まさかそんな訳は無いと思うだろう。少なくとも数時間前の私はそう思っていた。似たような家や同じ造りの家、それらが複雑に組み重なっているのだ。全く正解の道が分からない。
諦めて友人に電話するが、何時まで経っても出てこない。何かあったのだろうか。今それを確認する術は無いが、取りあえず私の少し先に歩いている歩行者に道を尋ねる事にした。しかし突然、私の後ろから誰かが話しかけて来た。
「やあ、すいません。」
私は振り返り、その声の主を見た。そして、その顔を見た私は、声一つ、発する事が出来なかったのだ。
『ドッペルゲンガー』。私の小さい頃から噂されてきた一種の都市伝説だ。世界には自分含め二人、全く同じ容姿で、同姓同名の人物がいる。そして、その人に会ってしまうと死んでしまうと言う噂だ。勿論嘘だと信じてきた。同姓同名はまだあり得るとしても、容姿まで一緒な人間はそうそう居ない。そう思っていた。しかし、今私はその『人』に会っている。そう、声の主は私そのものだった。笑顔で佇む私がそこにいた。顔、身長、体つき、全てが私にそっくりだ。あり得ない。そう心の中で言い聞かせても、汗がふつふつと沸き出る。気分が悪い。頭が痛い。心拍数が上昇するのが分かる。こうして、死んでいくのか…?
…そう思ったが、まだ確定はしていない。名前、それがまだ分からない限り、ドッペルゲンガーの条件には当てはまらない。ここは何とか適当な嘘をついて誤魔化すべきだ。
「ああ…すいません、少し体調が悪くて…」
あながち間違っては無いが、そんな事はどうでも良い。私はこっそり、その場を去ろうとした。しかし、『私』はまだ話しかけてきた。
「…そうですか…では仕方ないですね……では私の名前ぐらい覚えていってください。これ、名刺です。」
まずい。これが本当に同一ならば、私はこのまま倒れる自信がある。どうすれば良いか、真剣に考え私は一つの結論にたどり着いた。
受け取らずに逃げる。それが最善の方法だ。私は頭と腹を押さえ、その場から逃げた。私は急いで走った。痛みも気にせず右に、左に走り回った。
走り終わり、回りを見ても誰も居なかった。どうやら追いかける事は無いらしい。私は安堵の溜め息をついた。結局、振り出しに戻ってしまった訳だが、仕方なく私はまた歩きだし、また歩行者に話しかける。しかし、その姿は見覚えのある姿だ。
「あれっ、いた。」
友人が間抜けな声をあげる。良かった。ようやくこの迷路から抜け出せる。私は友人と一緒に家に向かう事にした。
友人に今さっき起こった事を話すと、大笑いしてこう言った。
「ああー。お前それに会っちゃった?実はそれがお前に見せたかった物なんだわ。」
詳しく話を聞くと、まず友人は私を驚かすために私そっくりなロボットを作ったという(友人は発明家で、様々な発明品を作り『博士』なんて呼ばれたりもする)。そして、そのロボットの歩行実験を行った際、手違いで外に出てしまったらしく、それを回収し終わったため、ついでに私も探しに行ったという訳だ。私は呆れてしまった。私のあの苦労は何だったのか、無駄な事をしてしまったと後悔している。それを見た友人は笑っていた。
そして友人の家に着いた。話はまだあのロボットの話だ。
「いやー、本っ当にすまなかった。」
「本当に焦ったんだからな…いきなり話しかけてきてびっくりしたよ…。」
それを聞いた友人は急に神妙な顔つきになりこう言った。
「は…?話しかける…?…おれ、そんな機能つけてねえけど。」
「え…?じゃあ、あれは…」
私はその後、二度とその住宅街に来ることはなかった。