確かにキミがいてくれた、友へ。
「ねぇ、ちょっと、大ちゃん亡くなったって。今、山口さんに聞いたんだけど。アンタ、知っていた?何か喧嘩に巻き込まれたって。何か身内もいないから無縁仏だとか・・・」
携帯電話が鳴り、通話ボタンを押した途端に母親がまくしたてた。
一瞬、頭の中が真っ白になるも、他人の噂話が唯一の趣味とも言える母親と、友達の事を話す気にはならなかった。
「いや、知らない。悪いけど、今、明を迎えに行く途中だから」
そう伝えると「あ、そう。ゴメン、明ちゃんに宜しくね」と早々に電話を切ってくれる。
仕事帰りの車が多くすれ違い、タクシーから見えるその景色が何事もなかったように過ぎていく。
大が死んだ。
同級生だから36歳、唯一連絡を取り合っている同級生の友人に何か事情を知っているか、ラインで尋ねる。
大が高校を中退してから一切連絡をとっておらず、約20年ぶりにその名も聞いた。
喧嘩に巻き込まれたか、小学校からガキ大将だったあいつらしいな。
小学校4年生で転校してきた僕は、勉強が出来る方だった。
そんな僕が、当時流行っていたゲームキャラクターの下敷きを使っているのを大が見て心底驚いていた。
「お前、ゲームすんのか?がり勉じゃないのか?」
がり勉ではないし、がり勉でもゲームはするだろうと思いつつ、ガキ大将だった大にそんな事言えるわけはなかった。ただ、攻略出来ないイベントに苦労していることを話すと大は笑いながら、攻略に必要な王様が隠し持っている楽器の場所を教えてくれた。勉強は無理だけど、このゲームなら全クリしたから何でも教えてやるよ。そう言いながら喧嘩自慢のガキ大将は笑った。
タクシーの運転手は気怠そうに日が短くなって寒くなってきたこと、
道が混んでいるため目的地にはまだかかりそうであることを話してきた。
僕は適当に相槌をうち、大との日々を思い出していた。
ゲームの攻略方法を教えてもらったその日に、大は僕の家に遊びにきた。
母親は、転校生であり元々大人しい僕が、初めて友達を連れ来た事を大層喜んだ。
お菓子やジュースを出して、僕の学校での様子や、大人しいから仲良くしてやってほしい事を大に矢継ぎ早に聞いたり話していた。
大は学校の様子とはうってかわって、口ごもりながら質問に答えたり、返事をしたりしていた。
僕がうんざりして、母親を部屋から追い出し部屋に2人きりなった途端に、
「お前のお母さん、すげー綺麗だな。えっ、なにこの菓子、食べていいの?お前んち、菓子でんの?すげーな!」
僕の家では、友人が来ればいつでも母親が菓子やらジュースを出してくれた。
母親の容姿や、そんな事に驚く大に思わず僕は腹を抱えて笑った。
そんな僕を見て、大も笑いながら、
「何だよ、綺麗じゃねーか。俺のかーちゃんなんて豚だぜ!菓子、何かでねーよ!自分で食っちまうんだよ!」
それを聞いて、また2人で腹を抱えて笑った。この地に引っ越してきて3ヵ月、初めて笑ったと思う。
その日から、大とはちょくちょく遊ぶようになった。
ただ遊ぶ時は決まって2人だった。
僕にも少なくも友人が出来て、大には多くの友人がいた。
お互いにそれぞれのグループがあり、お互いがお互いのグループにいると微妙な空気が流れてしまい、
2人で遊ぶ時は自然とそうなった。
大の家は離婚して父親がいなかった。
母親は夜遅くに帰ってきて、それまで大は1人で家で過ごしていた。
小学4年生まで母方の祖母が母親が帰宅するまで家にいてくれたみたいだが、
持病もあり体調が芳しくなかった。
故に大の方から、大丈夫だからと1人で留守番をするようになった。
いつかの下校時、そう話した大は、遊び放題だぜと笑った。
「お前はさ、小説家になれよ」
小学校の卒業文集になりたい職業を記載する欄があり、書くことがなく悩んでいると、
僕の部屋の本棚を指さし、買ってきた漫画を読みながら大はそう言った。
「こんなに本を読んでいるし、何か作文で賞とったじゃん」
読書は、父親の影響を受けた僕の唯一の趣味であり、作文も好きだったが、
それでも小説家になるなんて考えてもなかった。そんな簡単なものじゃないような事を伝えたが、
「まぁ、それでもお前の書いた話、読んでみたいよ。どんな話なのか気になるし。俺はさ、漁師になりたいんだ。魚、食べ放題じゃん」
大はそう言いながら、読み終えた漫画を鞄にしまい、ゲームをセットしていた。
結局、僕は文集の職業欄には学校の先生と書いた。
それから僕達は中学生なった。
大は、不良と呼ばれ学校中の生徒達から恐れられていた先輩達と付き合うようになった。
僕は新しい友人達と遊ぶようになり、部活のテニス部は週末も練習があり、そのうえ塾にも入った。
つまり、僕達は昔ほど付き合わなくなった。
それでもクラスは3年間一緒で、顔を合わせれば普通に話したし、まれに小学校の時の様にゲームもしたりして遊んだ。やっぱり僕達が一緒の時は変わらず2人きりだったけど。
3年生にもなると大は市内でも有名な悪となっていた。弱い者イジメはしなかったが、喧嘩や暴力で何回か警察に連れて行かれていた。僕は成績上位で見た目通り喧嘩や問題ごととは無縁であり、そんな僕と大が仲が良いのが、中学校七不思議の一つだと、冗談交じりに先生にも言われていた。
それは中学3年生の秋頃の放課後に起きた。
クラスの不良の1人が、大人しいクラスメイトの教科書をゴミ箱めがけ投げて遊んでいた。
必死に教科書を拾い上げるそのクラスメイトとは親しいわけでもなく、正義感があったわけでもない。
ただ何故か自然と声が出ていた。
止めろよ、と。
気づいた時には胸倉を掴まれていて、大君がバックにいるからって調子に乗るなよ、そう言われ床にたたきつけられた。その不良は無造作にそこら辺の机を蹴り倒し教室から出ていった。教科書を投げられていたクラスメイトは拾い上げると何も言わずに帰り、クラスメイトはただ横目で僕を見ていた。
次の日、僕が登校するとクラスが途端に静まり、多くの視線を感じた。
明らかにクラスの空気がおかしく、友人達も挨拶どころか、目も合わさなかった。
朝の朝礼後、担任から1時間目は自習であり、僕は一緒に来るように言われ、廊下に出るとクラスがざわついた。何が何だか分からなかったが、何かが起こっているのは分かった。
行先は校長室であり、既に多くの先生達が集まっていた。
担任は僕をソファーに座らせ自分は真正面に座り、今日、昨日クラスメイトの教科書を投げて遊んでいた不良が休んだ理由を知っているか?と尋ねた。
僕は当然理由など知らず、そもそもその不良が休んでいることさえも知らなかった。
そのままの返事をしたところ、先生達がため息をついた。
本当に知らんのか?と、校長は明らかに僕に敵意を向け尋ねた。
本当に知らない、何かあったのか、僕はそう担任に尋ねた。
担任からの話はこうだった。
昨夜、その不良が帰宅すると、顔全体が腫れ上がり流血もしていた。
どっからどう見てもひたすら殴られた痕であり、何があったかどんな尋ねても、
ただ転んだとしか言わなかった。
両親はすぐに病院に連れて行き、医者からもどう見ても殴打の痕だと診断されるも、
ただ本人だけが認めなかった。一貫して、転んだ、と。
本人からの強い拒否により警察には連絡はしなかったが、当然のように両親から担任に連絡が入った。
すぐに駆け付けた担任も顔を見て驚いた、絶対に守るから正直に言ってほしい、誰かに殴られたんだろう?犯人の顔を見ていなくもいい、警察に連絡しよう。そう説得するも答えは、変わらなかった。
そして、昨日の放課後の出来事を知った担任に僕が呼ばれた。
お前が仲の良いあの悪に不良の事を話したんじゃないのか?あわよくば、痛めつけてくれと?
何か知っているんじゃないか?そもそもお前たちはなぜ仲が良い?
色んな眼が僕を見ていたが、実際何も知らないから、これ以上の答えはなかった。
そもそも疑われている大は、風邪で休むと母親から連絡があったらしい。
30分程の設問が終わり僕が教室に戻ると、クラスの空気は変わらず張りつめていた。
その日の帰宅途中、大が僕の家の近くにある石垣に座っていた。
その石垣は小学生だった僕達が、菓子を食べたり、漫画を読んだり、
飛び跳ねながら遊んでいた場所だった。
「よっ。何か悪かったな」
片手を上げ、苦笑しながら言われた。
風邪の具合を聞きながら大の両手を見る。特に変わった様子は見られなかったが、人を殴った経験がない僕にはどうにも判断出来なかった。大は僕の視線に気づいたのか、両手を弄りながら
「まぁ、お前は何も心配すんな。じゃあな」と、俯きながら早々に行ってしまった。
それから1週間後、大が登校し、そのまた1週間後、誰かに顔を殴られ顔を腫らした不良が登校した。
その際、クラスは一瞬静まり返ったが、不良と友達がふざけ合い空気は和らいだ。
大も、不良も、僕も、クラスメイトも、誰も彼も、何事もなく日常を過ごしていた。
それから僕達は高校生になった。
僕は進学校に進み、大は別の高校に進むも、半年で中退した。
高校1年生の夏休み、図書館に行く道中の工事現場で大と会った。
「お、元気か?今、バイトしてんだ。バイト代入ったら何か奢ってやるよ」
暑そうに話す大との、これが最後の会話だった。
それ以降、話すことも会うこともなかった。
それから僕は有名大学に進学して、一流企業に就職した。
14歳の息子は学校で暴れ備品を壊し、警察に連れて行かれた。
そんな息子を今、迎えに行っている。もう何度目かで警察官とも顔なじみになってしまった。
憎悪の対象であるかのように僕を見る息子、軽蔑の眼差しとため息で僕を扱う妻、上司からは課の営業成績の不振を押し付けられ、同期や後輩からは軽んじられる。それでも卑屈になることなく仕事に励み、妻子を愛した、精一杯やってきた。
大、今、お前と会えたら酒でも飲めたら語り合えたら。
あの頃みたいに僕は笑えるかな?
あの頃みたいに僕を認めてくれるかな?
あの頃みたいに僕といてくれるかな?
なぁ大、お前、何で死んだんだよ・・・。
携帯電話を見る、ラインの返事は何もない。
腰をおり渦巻り、ハンカチで目元口元を押さえる。
ちょっ、お客さん、大丈夫?酔った?
運転手がそう言いながら気怠そうにルームミラーを越しに僕を見た。