試練の終わり(きっと他愛ない)
雪は降り積もりて世界を染める
白の世界は光を反射し、様々なものを隠す
それはやげて絶望ともなり得る
目の前の巨大な白い狼はムクッと起き上がる
「ハクロ・・・・・・ その男は?」
不審な目で見つめる巨大な白狼に対して腕により胸を押し付け
「試練を受ける浄化の者です! 母上っ!」
驚いた顔でハクロを見る面々を無視した白狼の母は
「ほう・・・・・・ やっと来たのか」
ニヤリと大きな口を歪ませた
白狼からの試練という言葉に一人だけは心当たりがあった
伝承に残る「白狼の牙」
それは白き狼の神獣「ハクロ」に認められた
心から救う想いを持つ者
「救浄の所有者―クライシマガ―」の
証明であり、同時に相違があれば命を代価に
土地の清浄を行う
一種の儀式とも取られる文献しかない
「ふざけるなっ! ユウキナは我らの希望・・・・・・ 易々と受け入れられはしないっ!」
「おっおい!」
ハガネは状況がわからず、思わず制止しようとした
しかしアマテラも続き
「ユウキナにそんな訳もわからない試練なんて受けさせないっ!」
カキの剣幕に何かを感じ取ったのか加勢する
ハクロの母はそんな人間程度の虚勢など眼中にないのか
一言で沈黙を呼ぶ
「ならば貴様らがワシを退けれるのか? もうここから出ることが叶わぬとわからぬのか?」
後ろに戦慄は居座っていたことに誰も気がつかなかった
来たはずの道はそこに元からなかったように跡形もない
つまり、ここから出るにはハクロの母の後ろにある進路のみである
この状況で簡単に出られないのは先ほどの言葉で理解はできた
脅迫とも取れるはずの場面を一人は簡単に破く
「ごめんね、ハクロ・・・・・・ この先に行かないとダメなんだ」
「では! 受けるのだなユウキナっ!」
こくりと頷いたユウキナの目に陰りなき光が灯される
「クハハッ! あの男以来の目じゃの!」
「そうですともっ! 母上っ!」
何故か尻尾を振りながら喜ぶハクロに違和感を覚えたのはサクラだ
「これなら大丈夫よ? ユウキナを信じ見守るのも私たちの役目でしょ?」
サクラの謎の自信は意外に的中する
それはヒガンにとって常識だった
慣れによる思考は自動的に言葉を吐き出す
「ハガネ、カキ、アマテラ・・・・・・ ここはサクラが正しい」
えっ? と意外な顔で三人はヒガンを見た
だが真剣な眼差しに説得を受ける
「仕方ないか・・・・・・」
「仕方ねえな~」
「・・・・・・」
不意にユウキナを見たアマテラは気がつく
凜とした目が横目に見ている、それは優しく暖かかったことに
ああ、そうか・・・・・・ ユウキナはこんなところで終わらない
この目は世界を照らす一つの剣であると同時に
いつも微かに感じていた強さだと
本当は知っていた
悲しい顔を見る度に心から心配し、誹謗中傷にすら理由を探す
本当の寄り添い手である資質
「ユウキナっ! 試練に勝って道を開いて『その目』で光を見せてっ!」
「ああっ! アマテラの剣になってみせるさっ!」
走り去る光からの
言葉に記憶が宿る
強くも弱い虚勢と影でしか見せない顔
その記憶はそっとアマテラに告げる
【徐々に戻るあの剣の想いは過去への清算で遂げられなかった未来への渇望】だと
感情は涙の枷に勢いよくぶつかる
少しだけ零れた想いは勇ましい背中を後押しするように
声にならない言葉になる
(待ってるからっ! 記憶の彼方でいる『本当の貴方-ユウキナ-』をっ!)
聞こえないはずの力に
にやっと呟かれる返信となる
「幸せだな・・・・・・」
剣は強すぎる故に新たな力を呼び起こした
喋る白い刀「白狼の牙」と白い長髪の魅力的な女性という形で
「ユウキナは強いのう~」
「まったくだな、歯が立たぬとは・・・・・・」
遠くから見ると口を動かさず照れている妹に姉がじゃれているように見える
試練は数分で終わった
まさしく熟練の剣客同士による斬り合い
全ての猛攻を防いでいる合間に見えた
一瞬の刹那に決まった峰打ちは
鮮やかを通り越し、見えなかった
それは少し前までいじめっ子から逃げていた少年とは思えない
歴戦を歩く武勇の佇まい
周りを浮遊しながら舞う光を纏う剣は
まるで精鋭小隊の様な動きで目的を達成する
ある剣は防衛の徹底
また違う剣は牽制や補佐攻撃
手の動きに連動した剣は周囲の全てを巻き込む程の威力なのに
操作に応じた繊細さがある
故にハクロの母である通称「オオカミ」には傷はなく
単に無力化に相当した
その優しさにオオカミはハクロが羨ましく思えた
私も人の姿ならもう少し触れれたのにと
しかし、オオカミは普通の獣ではない
己を律して想いを噛み殺し
力になることを選ぶ
決して側に居るだけで幸せとかではなく
ハクロのお目付だと
そんな葛藤を知らずにハクロはグイグイとユウキナにじゃれつく
確実に胸を当てに行っている
相変わらずユウキナには効かないが
アマテラは少し劣る自信の胸を見て、ため息を吐く
「ユウキナって大きいのと中ぐらいのどっちが触りたい?」
自分でも何を言ってるのかわからない
「えっと・・・・・・ それってどっちが美味しいの?」
完全なイメージの相違がある
顔を赤くしながら
「少し小さい方が味は詰まってるかも? だけど・・・・・・」
「なっ! 大きい方もちゃんとうまみがあるがの?」
ユウキナは確実にお腹が空いているのか
「じゃあ、大きくて美味しい方かな? 質と量が揃う?っていうのが良いって聞いたし」
純粋すぎる答えに失笑する大人組
だがそのうちの一人は気がついている
ユウキナの目線がアマテラの反応を楽しんでいることに
先ほど見事、自信満々に的中を起こしたサクラは
「なかなか上級者ね・・・・・・」
と感心していた
自称「恋愛マイスター免許一級」のサクラには
試して嫉妬を誘う
小悪魔的な男性の本気と捉えた
真面目なことを知るユウキナは徹底的に考えさせ
頭の中を一杯にするという作戦
これでより積極的になるという腹づもりと・・・・・・
完全に考えすぎである
半分、まだ子供のユウキナは楽しんでいるのではなく
見たことない表情に驚いてどういう顔だったらいいのか?とわかってないため
いわば、引きつっている状態だ
優しさ補正の塊であるユウキナは楽しそうにすることこそ
その人の安心だと本能に刻まれている
完全に方向が違う末娘の考えだが・・・・・・
洞窟から少し歩いた村に着く
人は少ないどころか廃墟かと思うくらいだ
寂れた宿屋や穴だらけの店が並ぶ
人間以外の歓迎は凄まじかったか
ハクロに視線が集まっているため
恐らく、子分だろう
普通の犬かと思っていたら目の上に傷がある一匹が前へ出ると
「ハクロ様・・・・・・ ようやく時が来たのですね?」
周りの犬は人のようにざわざわと謁見を拝謁する貴族のようだ
「聞けっ! この者の名はユウキナ! 試練を数分で攻略した少年だ!」
犬たちは試練を攻略と言う言葉より少年という発言の方に驚いた
「ハクロ様? ご冗談を・・・・・・」
不意に匂いが鼻についたのか
クンクンと嗅ぐ傷の犬
「こっこれはっ! 失礼をっ!」
お座りのあとに頭を下げて詫びる
「慣れてるから大丈夫だよ?」
「いえ、見た目に頼るとは犬としての恥でございます」
少しオドオドしだした傷の犬にハクロは
「聞いて驚くなよ? オオカミ様を峰打ちの後『白狼の牙』したのだ!」
「なんと! そこまでの武人であられてそこまで慈悲とは・・・・・・」
後ろを振り向く傷の犬は犬たちに指示を下し
建物に掛けた幻覚の無効化を旅の面々に施す
すると視界に広がるのは舗装された道にどこかの国家並みの家々
そして犬たちは一様に人の姿へと変貌する
傷の犬は灰色の短髪女性だった
顔に走る亀裂が逆に傭兵の様で勇ましく
女性が惹かれるくらいのキリッとした姿
ハクロに劣らぬ肉体
「ようやくその姿を拝めたな、妹よ」
「はい、おっお姉ちゃん・・・・・・」
先ほどとは違う確実に妹という声音になる
耳がピクピクと何かを期待している
「そういえば、背が高くなったか? ちょうど良い位置になったな~」
頭を不意に撫で始めた
その手に詰め寄る仕草で照れている
ようやく点になった目が回復したカキとハガネは
放心状態から戻り、目の前の風景に気がつく
「すげえな!」
「ここは何処だ? アマテラ?」
いきなりの質問に疑問が浮かぶ
「さっき説明してましたよ?」
「ん? 誰がだ?」
え?っという表情に
「まさか・・・・・・ 私か?」
「はっはい」
目が点になりながら伝承をペラペラ喋っていたのはカキだ
その様子を見ていたサクラは辞書が喋るとあんな感じなのね~とぼやいていた
ヒガンはカキのは情報量のパンクでハガネは仕組みの理解に必死だとわかっていた
「カキの歩く辞書化とハガネの自動操縦は久々に見たが、なかなか笑えるだろう?」
いつものクールさが無い気さくな風が吹いていたヒガンにカキとハガネに近い状態か?と心配になるが
「もう演技は疲れたからね」
「演技?」
「ああ、サクラはもう大丈夫なんだ」
アマテラの意味がわからないといった顔に説明をする
「サクラは性格は変わらなかったけど、性質が違ってね? 情報が筒抜けだったんだよ」
付け足して言った一言に衝撃を覚えた
「サクラは妹でね、聞いたものや見た物を送ってしまう術式が施されて
洋館の情報を発信していたんだけどお役目をごめんしたのさ」
「誰がそんなひどいことを?」
「父の【フガク】だよ」
その後、日課の言葉による術式破壊や山賊王と呼ばれた【フガク】について聞き終えた頃
ユウキナは質問会見をしていた
「ハクロ様との馴れ初めは?」
「どのような武装をお持ちで?」
「どのような美容法を?」
聞き慣れないどころか初耳の言語に戸惑うユウキナをよそに
ハクロが照れたり、誇ったりと勝手に答えていた
それにどよめいたり、歓喜の声が上がったりと
盛り上がっていた
ハクロのでっち上げも甚だしいどころではない
「ハクロちゃん?」
「なんじゃ? 今、忙しいんじゃ」
その言葉にアマテラが尻尾をさする
「ひゃぁっ!」
「嘘はいけないと思うな~」
甘いあえぎ声を響かせながら
「やっやめぇ・・・・・・ ひゃあっ!」
その様子に聞いていた犬たちは恐怖していた
「あっあれは・・・・・・ 伝説の「チョウキョウ」という拷問では・・・・・・」
「聞いたことがあっあるぞ・・・・・・ 何百年前にあった
まだ我らが理解なしの時代にあったという・・・・・・」
「使役の為にあった最悪の術式・・・・・・」
遠くから甘い声を聞きやってきたのは灰髪の女性
「貴様っ! ハクロ様に何をっ!」
血相を変えて訴えたがアマテラは聞いてない
「あっアマテラ? もうやめた方がいいかと・・・・・・」
一応、最初から止めていたユウキナは
アマテラの愛読書を思い出した
「そんなひどいことをする君はあの頃とは違うんだね」
ほぼ棒読みだが効果があったらしく
「そっそうよね・・・・・・ 私、ちょっとどうかしていたかも・・・・・・」
さっと離した尻尾がだらんとした状態で
朧気ながら妙案を思いつく
「あなたさま~ 怖くて一緒に眠りたいんじゃが~」
「なっ!」
その様子を見ていた大人組は
「あれはどういう状況だ?」
「おそらく、文献にあった
犬と人間の抗争だな・・・・・・ 確かメスの犬が飼い主の男性に懐くが奥さんには噛みつくから
奥さん側があらゆる手管で手中に収めるという」
「あれは修羅場じゃない?」
「違う場面に見えたのは気のせいかな?」
むしろついて行けてない
色々なことが終わり
ようやく眠りにつく旅の面々
眠る場所はキレイな宿で清潔なシーツと落ち着いた匂いのする部屋
食事は豪勢でハクロのお見送り会だったらしい
アマテラは避けられていたがユウキナのおかげで
誤解は解けた、別の問題として
ハクロの恋愛方法について真剣な会議があった
「ハクロ様は初めて故にどこかで悪い書物を・・・・・・」
「いや、我らの悪癖である拾い食いが原因だろう」
信頼と忠義が話をややこしくする
そんなこんなで
揃った駒達は様々な個性を見せつつ忍び寄る戦線へと引き込まれる