6.緑埜航平「黒髪の美少女」
艶やかな黒髪は華やかにセットされてて……、髪の黒色に相対して色白の肌は透き通るようや。
目鼻立ちは整ってるのに、丸顔やから幼さを感じさせる。
完璧な外見やと思たら、口からは八重歯が覗いてて……、その不完全さがさらに魅力を感じさせる。
今ほど、自分の容姿を恨んだことはあらへん。
僕が、水も滴るようなええ男やったらなあ……。
彼女の美しさに対してか、自分の情けなさに対してか、ため息がでた。
世界が違いすぎる。
彼女は、僕と青砥さんの間の席に腰を下ろした。
ええ匂いや。
「はじめまして。わたくし、サラと申します」
わ、わ、わたくしっ!!
一人称が「わたくし」の人なんか、インドネシアの元大統領第三夫人以外に見たことない!
「こちらが青砥さんで、そっちが緑埜くん。アタシはミドくんって呼んでる」
胡桃沢が僕らを紹介した。
自分で言いたかったのに……
青砥さんは、大人の男然として(実際、大人の男やねんけど)「初めまして、よろしく」って、挨拶した。
彼女の「サラ」っていう名前は、たぶん源氏名やんやろな。
本名、知りたいなぁ。訊いたら教えてくれるかなぁ。
ってか……、あかんっ!!
話しかけるどころか、顔もまともに見られへん!
この顔を右に向けたら、顔見れるのにっ!!
首がセメントでコーティングされてるみたいに動かへん!
そうや! 青砥さんに話しかけるフリして、サラさんの顔見たらええんや!
僕は、首のセメントをミシミシ破壊しながら、なんとか顔を右に向けた。
「うおぉっ!!」
びっくりしたぁ! サラさん、こっち見てた!!
必死の思いで笑顔を返したけど。自分でも頬が引きつってんのがわかる。
役者さんってすごいな。尊敬するわ。
青砥さんの方に目を向けると、これまたびっくりした。
青砥さんが、サラさんの開いた胸元をガン見しとる!
「あ、青砥さん! どこ見てんすか!」
「ん? ああ」
そう言うて、青砥さんが胡桃沢の方を見ると、胡桃沢は青砥さんに企むような笑みを向けた。
二人の間で、何が起きてるんや。
「緑埜さん、ビールお注ぎいたしましょうか?」
声も可愛い!! 高いのに落ち着ける声や!
「ん? あ、あぁ」
僕は、自然な感じを装って、グラスを出した。
サラさんがビール瓶を僕のグラスに近づけたら……カチ、カチン!
グラスと瓶がぶつかって音が鳴った。
あかん、緊張して震える!
「二人とも、緊張しすぎだって!」
胡桃沢に言われて見たら、サラさんのビール瓶を握る手も震えてる。
なんでサラさんまで緊張してんのや?
「まあ、初めての接客なんだから仕方ないだろ」
なるほど、そういうことか。
そこで、胡桃沢が提案をした。相変わらず、予想の斜め上を行く発想や。
「そうだ! 二人とも、同じ方向に震えたらいいんじゃない?」
「はぁ?? どういうことや」
「だから! ミドくんが右に震えるとき、サラちゃんも右に震えて、左に震えるときは、合わせて左に震えたら、瓶とグラスがぶつからないんじゃない?」
胡桃沢は、新発見の法則を発表するみたいに自信満々で言うたけど……あほちゃうか。
震えを自分で調整できる時点で、それは緊張してへんやろ。
胡桃沢の意見は無視して、再チャレンジしたら、今度はぶつからんとビールを注いでもらえた。
それは絶対胡桃沢の指示のお陰やないのに、胡桃沢はドヤ顔をした。
グラスに口をつけたら、ビールの半分くらいは口に入らんと零れた。
緊張で、まだ手が震えてるからな。
あーあ、ズボンがビショビショや。
僕には、水以外が滴る。