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33.黒咲葉菜「緑埜さんの正体」

漆黒の淑女(ブラックプリンセス)よ、なんだ、あの失態は!」


 総帥のお言葉に抑揚(よくよう)はありませんが、声がプルプル震えていらっしゃる様子から、お怒りなのは明白です。

 わたくしには、謝罪することしかできません。


最早(もはや)、戦いですらない」

「も、申し訳ありません!」


 当然でございます。

 わたくしは戦闘の指揮を()ることすら、ままならなかったわけですから。


 その上、これは(のち)に狼魔獣のフェンリルから聞いた話ですが、『人狼(じんろう)ゲーム』ですら、ボウエイジャーたちに、コテンコテンパンパンにやられてしまったようです。


 しかし、不可解な点もございます。


 これまでの妖魔獣は、わたくしが指揮をせずとも、戦ってくださったり街をお破壊なさったりしてくださいました。

 にもかかわらず、ことフェンリルに関しては、わたくしの指揮なしでは何もしてくださらなかったのです。

 これは、どういったことなのでしょう。


 わたくしは、総帥に(たず)ねました。


「そ、それは、主人に忠実だから」

「主人に忠実? 詳しく、お聞かせ願えますか」


 わたくしが質問を続けると総帥は、さも当然であることかのようにお答えになりました。


「フェンリルは犬の仲間ではないか」


 総帥がおっしゃりたいことはわかります。

 オオカミは犬の仲間だから、主人の命令に忠実で、わたくしが命令を出すまでは何もしない、ということでしょう。


 しかし、それは……

 今回のようなことになったのは、わたくし()()所為(せい)、とは言えないのはないでしょうか。


「なんだ、その顔は。今回の貴様の失態を、誰かの所為にしようというのではあるまいな」

「滅相もございません!」

「よいか、ボウエイジャーを倒さぬ限り、貴様が【漆黒の亡霊(ブラックファントム)】を抜けることは(かな)わぬ」

「存じております」

「組織を抜けたくば、ボウエイジャーを倒すしかないのだ」

「……(おお)せの通りにございます」

「下がれ!」

「は!」


 総帥室を出ると、背中にあひるを乗せたマルクが寄って来て、わたくしの手をペロペロンと舐めました。


「心配させてすまなかったな」

「叱られたでスワン?」

「ああ」


 わたくしが総帥に叱られるところを見てはいけないと考えたのか、あひるは今回に限って、わたくしと一緒に総帥室には入らず、外で待っていました。


「灰原チャンは? まだ、戻って来ないのでスワン?」


 地下7階に向かう途中、あひるが(たず)ねてきました。

 左様です。灰原さんはここ三日以上、連絡が取れない状況なのです。

 心配です。彼女の身に何かあったのでしょうか。


 エレベーターで、地下7階に到着いたしました。


「こんなところに何の用でスワン?」


 エレベーターの扉が開いた瞬間、(けもの)の匂いが鼻に刺激を与えます。


「ウオオオォォーーッ!」


 大広間に足を踏み入れると、わたくしを歓迎するような、猛獣型妖魔獣たちの雄叫(おたけ)びが響きました。


「ガハハハハハ! 久しいな、漆黒の淑女(ブラックプリンセス)ガォ!」


 部屋の奥から、ダンデライオンの低く唸るような声が響きます。

 鼻息だけでも、飛ばされてしまいそうです。


 ダンデライオンは獅子の妖魔獣であり、猛獣妖魔団の団長です。

 彼の名も、本来はキングライオンと付ける予定だったところ、Dr.シュトゥットガルトの手違いで、ダンデライオンという可愛らしい花の名前になってしまいました。


 地下7階は主に、猛獣型妖魔獣の住処です。

 大広間は明るく、草木が生い茂り、水辺もあり、一見すると基地(アジト)なのか外なのか見紛うほどです。


 因みに、そのほかの階は、以下のように配置されています。


4~5階 : 黒咲図書館

1~3階 : 黒咲家・黒咲図書館

地下1階 : 総帥室・会議室(漆黒の総帥(ブラックダディ)

地下2階 : 妖魔獣改造研究室(Dr.シュトゥットガルト)

地下3階 : スタッフルーム(グレイ・ラインハルト)

地下4階 : 多目的ホール

地下5階 : 昆虫妖魔団

地下6階 : 物質妖魔団(ゼラチンマン)

地下7階 : 猛獣妖魔団(ダンデライオン・ヒポポン・フェンリル)

地下8階 : 飛禽(ひきん)妖魔団

地下9階 : 建造物妖魔団

地下10階: 水生妖魔団

地下11階: 恐竜妖魔団(プテラプロス)

地下12階: 亡霊妖魔団

地下13階: 特殊妖魔団


 地下14階以下も存在するようですが、わたくしはまだ、足を踏み入れたことはございません。


「プリンセスともあろうお方が、こんなところに何の用ガォ!」

「ああ……、フェンリルはいるか?」

「ああ! こっちだガルゥ!」


 木の陰から、フェンリルが出てきました。


「フェンリル、今日はすまなかったな」

「なあに! 気にすることはないガルゥ!」


 フェンリルは、気分を害してはいないようです。


「けど、今度はしっかり頼むガルゥ! オレも今度は、ヤツらをしっかり騙せるようにやるガルゥ!」


 フェンリルは、やる気を見せてくれましたが、彼が言う「騙せるようにやる」は、『人狼ゲーム』のことを言っているようにしか聞こえません。


「もしかして、葉菜チャン。フェンリルに謝るためにわざわざ来たでスワン?」

「ああ、その通りだ。それと、お詫びの印にこれを」


 わたくしは、『松坂牛サーロインステーキ木箱1kgセット』を、フェンリルに渡しました。

 手痛い出費です。


「おお! プリンセスから、ありがたい差し入れガルゥ!」


 フェンリルが言うと、猛獣たちは「うぉー!」と、歓声を上げました。


「おい、あひる! お前もそろそろ、オレたち猛獣妖魔団に入らないガォ!?」


 ダンデライオンがあひるを勧誘しました。

 しかし、あひるの外見はクマですが、材質は布繊維です。

 ですから、入るとしたら『物質妖魔団』かもしれませんし、自我は白鳥です。

 そうなると、『飛禽(ひきん)妖魔団』が適しているのかもしれません。


「残念だけど、あひるは葉菜チャン専属でスワン!」

「そうか! 残念だ! ガハハハハハッ!」


 ダンデライオンの豪快な笑い声が響く中、大広間の重い扉が開く音が聴こえました。


「おお! 今日は珍しい客人が多いガォ!!」

「司令官、こちらにいたんですかあ」


 な、なんと!


「グレイッ!!」


『グレイ』とは、左様です。灰原さんの組織内での呼び名です。

 わたくしは、灰原さんに駆け寄りました。


「無事だったのか!」

「はい、なんとかあ」


 灰原さんは、ダンデライオンに「ご無沙汰しております」と、挨拶したあと、わたくしにおっしゃいました。


「わたしの身を案じてくださるのはありがたいですがあ……、それよりも、聞きたくないですかあ?」

「な、なにを?」

「緑埜航平の、正体ですよお」


 正体??


 何をおっしゃっているのでしょう。

 緑埜さんの正体は、存じ上げております。公務員です。

 わたくしが知りたいのは、緑埜さんの趣味や連絡先といった(たぐい)の情報です。


 灰原さんは、顔をわたくしの耳元に近づけてきました。

 そして、わたくしに耳打ちをなさいました。


「!」


 灰原さんの言葉に、わたくしは息を呑みました。


 これは……、運命なのでしょうか。

 それとも、運命の悪戯(いたずら)なのでしょうか。

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