31.赤羽颯太朗「特警会議」
「どうするか決まったら、呼びなさい」
緒睦博士はそう言って、部屋を出て行った。
シロさんを含めたおれたち五人は、ガラスで隔てた特別処置室を見下ろした。
医療ドラマで見るような、手術室を見下ろす見学室のような場所からだ。
「んー、殺すしかないんじゃない?」
壁にもたれかかった結華が言ったが、おそらく本心じゃねえ。と思う。
ただ、それも方法のひとつには違いねえ。
眼下の手術室、ここでは特別処置室だが。そこでは手足を拘束され、目隠しをされた女が横になっている。
『ちくしょーっ! 誰だあ! 離しやがれえ!』
女の叫び声がマイクを通して、おれたちのいる部屋に届く。
「緑埜くんは、本当にあの女にやられたんですか?」
「ああ……」
きのこの質問に答えた。
ミドは……、博士の話では医務室のベッドの上だ。
意識を取り戻してくれればいいんだが……
一時間前――
あの喫茶店。
便所から出たおれは、その光景を見て驚いた。
「ぼ、僕は……、と、特警戦……隊、ボウエイジャーの……緑の拳士や」
おれに背を向けた灰色の髪の女に、ミドが自分の正体をばらしやがった。
おれは即座に、その女の後ろを取り、首を手刀で撃った。
女を気絶させるためだ。
手刀の力加減に不安はあった。
何しろ、人間の女を気絶させるのは初めての試みだったからだ。
弱すぎれば少しの痛みを与えるだけで、強すぎれば女の首が、あの電柱のように折れるかもしれねえ。
「痛っ!」
女は声を上げた。
どうやら、威力を弱め過ぎたようだ。
女が振り返ろうとした。
すぐさまおれは、腕で女の首を絞め……、落とした。
気を失わせることは、思ったより難しかった。
テレビドラマのようにはいかねえ。
「ミド!」
おれは声をかけ、ミドの身体を揺らした。
「僕は、ボウエイジャーの緑の拳士や……」
ミドの頭が、風に吹かれた洗濯物のように揺れている。
目は虚ろなままだ。
何かに操られているのか。催眠状態か?
おれはミドの頬を平手で打とうと、右腕を振りかぶった。
「……あ、……赤羽さん」
ミドが正気を取り戻した!
だが、おれが振った手の勢いは止まらねえ。
俺の右手は、ミドの頬を打った。
ミドは、気を失った。
気を失わせることは、思ったよりカンタンだった。
だが、気を失った二人を移動させることは、カンタンじゃなかった。
おれを真ん中にして横に三人並び、肩を組むような状態で特警本部まで歩いた。
傍から見れば、仲良し三人組が楽しく歩いているように見えたはずだ。
そうに違いねえ。
「どうします?」
大して深くは考えていねえような口ぶりで、きのこが言った。
「殺すしかないでしょ」
結華だ。
「今までに、こんなことってあったんですか?」
青砥がシロさんに訊いた。
「こんなこと、とは?」
「……ボウエイジャーの正体が、民間人にバレてしまったことです」
「いや……、オレの知ってる限りは、ない」
「こうなっちゃったら、大臣に報告するしかないのかなあ?」
きのこが言うように、シロさんの上となると、国防大臣だ。
「いや、ボウエイジャーのことはオレに一任されている。報告する必要はない」
確かに、あの大臣のコトだ。
ヤツに報告すれば、結華と同じ意見を出すに違いねえ。
そしてそうなると、おれたちはその意見に従うしかねえ。
「ところでよ、これ、結構大事な質問だと思うんだけど……、あの女って何者なんだ?」
おれは、ガラス越しに灰色の髪の女を指さして、疑問を投げかけた。
「おそらく一般人だとは思うけどよ。もし、【漆黒の亡霊】の一味だったら……、人質に取って交渉に使う手もあるだろ」
「……いや」
シロさんが否定した。
「しばらくの間彼女を監禁し、素性を調査して、【漆黒の亡霊】の一味だったら利用するっていう手もなくはない」
「だろ?」
「だが、彼女が一般人だった場合、捜索願なんか出されたらやっかいだ。そして、確率としては当然、一般人であることの方が格段に高い」
まあ、そりゃそうか。
「でも、あの女が緑埜くんをあんな状態にしたんでしょ? だったら、【漆黒の亡霊】の一味の可能性は高いんじゃない?」
おれの吐いた嘘が、跳ねた。
きのこは、稀に的を射たことを言いやがる。
「あ、いや、それは、そうとも限らねえだろ!」
ミドを気絶させたのは、おれだ。
「そうだ! あの女はきっと、ボウエイジャーの正体を探る記者かなんかだ。で、ミドを催眠状態にした上で、正体を吐かせ、気絶させた!」
「緑埜くんが、ただの記者に負けたってコト?」
「そりゃ……、まあ、あれだ! 『ペンは剣よりも強し』って言うだろ!」
使い方が間違っているのは、わかっていた。
「ふーん。まあ、結局、どこの誰だかわからないってことですね」
そこで結華が、目を見開くに値することを言った。
「アタシ、あの子知ってるよ」
「「「「 はあ!? 」」」」
「確か、灰原なんちゃらって女」
そして結華はマイクのスイッチをONにして、つまりは、あの女にこっちの声が聞こえるようにして言った。
「ねえ、灰原さん!」
『は、はい!』
灰原と呼ばれた女は返事をした。
結華はスイッチをOFFにした。
「ね?」
「お前、なんで知ってんだよ!」
「大学の友達と一緒にいるとこ、見たコトあるし」
結華は、友達の友達を平気で「殺そう」と言えるヤツなのか。
もし、この場にミドがいたら、「お前、サイコパスか!」って言ってるはずだ。
ミドがいねえと、つっこむヤツがいねえ。
おれは、ミドがいねえボウエイジャーの弱点に気付いてしまった。
「ってコトは、やっぱり一般人かー」
「友達が一般人だからって、その友達も一般人とは限らないだろ」
青砥は、きのこの意見に反論した。
そこで、しばらく黙っていたシロさんが、口を開いた。
「なあ、みんな……、オレの意見に従ってくれるか?」
四人はそれぞれ、肯定の意を示す返事をした。
ボウエイジャーの方針や戦術で、シロさんに反対するはずがねえ。
それ以外では、その限りじゃねえが。
「方法は3つある」
シロさんは、指を三本出して言った。
「ひとつは、あの灰原という女の子に……、死んでもらう」
可哀想だが、国を守るためには、あり得る対処法だ。
綺麗ごとばっかりじゃ、やっていけねえ。
「ふたつめは、ミドにボウエイジャーを……、辞めてもらう」
「「「「 !! 」」」」
くっ……
これも、あんまり乗りたくはねえ案だが……、こうなった以上、仕方ねえのか。
「そして、最後のひとつが……」
シロさんは、3つ目の案を提示した。
そして、おれたち四人は3つのうち、シロさんが勧める案に賛同した。




