プロローグ
恋愛にはいろんな形がある。
◆
「おりゃあぁーっ!!」
ブンッ! と、風を切る音。
緑の拳士の鋭い蹴りが、敵の顔面に向かった。
「くっ!!」
蹴りが命中する寸前、漆黒の淑女はそれを右手で防いだ。
まさに一瞬の出来事。
蹴りを防いだ彼女の右手に、響くような痛みが走った。
「はーっはっはっはっ! 貴様如きの攻撃が私に通用するとでも思ったか!」
直後、漆黒の淑女の八岐鎖が、緑の拳士に容赦なく襲い掛かる。
「ぐはあぁっっ!」
◆
夜空全体を覆い尽くすほどの大きな花火。
それを見上げる、浴衣姿の黒咲葉菜。
そんな彼女を横目で見る緑埜航平。
――美しい。
男は生唾を飲み込んだ。
緑埜の震える左手が、葉菜の右手に近づいた。
お互いに好意を寄せている二人。にもかかわらず、葉菜の右手は男のそれを寸前で避けた。
まさに一瞬の出来事。
彼女は右手を負傷していたのだ。
「あ、ごめん……」
「い、いえ……、わたくし手汗が酷いもので」
彼女は嘘を吐いた。
「それより、緑埜さんこそ如何なさったのですか? 体中、包帯だらけで……」
「あ、いや、これは、やな……」
◆
勘の鋭い方なら、既にお気づきであろう。
勘の鈍い方には、もう一度読み返していただきたい。
そう、緑埜航平は、日本の平和を守る【特警戦隊ボウエイジャー】の緑の拳士なのだ!
しかし、ボウエイジャーは国防大臣直下の国家機密機関である。
そのため彼は、彼女に自分の正体を明かすわけにはいかない。
そして、彼女もまた、緑埜に自分の正体を明かすことができずにいた。
そう、彼女は日本転覆を企てる悪の組織【漆黒の亡霊】の一員であり、総帥の一人娘、漆黒の淑女なのだ!
◆
花火の光が、二人の顔を照らし彩る中、緑埜の顔が葉菜の顔に近づく。
それを受け入れるかのように、ゆっくりと葉菜の瞼が閉じた。
ポンポンピン、ピンポロパンピン……
二人のスマートフォンから、同時に音が鳴った。
「「あ……」」
そして、二人同時に肩を落とした。
緑埜航平のスマートフォンに届いたメッセージは、
■□■ 緊急出動命令 ■□■
場所:隅田公園
出現予測:○時○分
妖魔獣:不明
【漆黒の亡霊】の妖魔獣が現れた際に送られてくる、ボウエイジャーの出動命令だ。
そして、黒咲葉菜のスマートフォンには、
▲▽▲ 妖魔獣指示命令 ▲▽▲
隅田公園まで、すぐ来てね♪
今回は、花火妖魔獣の『タマヤーカギヤー』です!
待ってまーす!
From.総帥
【漆黒の亡霊】の司令官に対する、妖魔獣指示命令だ。
「ごめん……急に仕事が入って……、行かなあかん」
「お名残り惜しゅうございますが、どうか、お気になさらないでください」
◆
そして、また戦う――
「お前らのせいで! もうちょっとやったのに! あほーーーっ!!!」
緑の拳士は、漆黒の淑女と妖魔獣に向け、怒りをぶつけた。
「だから、ボウエイジャーのときは、大阪弁を出すなって!」
「ってか緑の拳士、なんでイラついてんの?」
「ウケる!」
漆黒の淑女も、ボウエイジャーに向けて叫ぶ。
「黙れ! ……貴様らの相手などしなければ、していなければっ!! 今頃は……」
そして今度は、二人同時に声を荒らげた。
「僕らの!」
「私たちの!」
「「 愛を奪うなーっ!! 」」
◆
もう一度言う。
この二人はお互いに好意を寄せているのだ。
そして、これから始まるのは、二人がまだ出会う前のお話である。