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月の声が聴きたくて ~恋心下暗し~  作者: 沢鴨弓摩
第二章

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20/63

第六話 久々の四人集会

 金曜日の夕方である。

 相変わらず陸上部の活動も無いため、帰宅部と同じ時間に自宅へ帰って来た早貴。

 例え部活があったとしても参加は無理なのだが。

 早貴の足首も治り始めを感じるようにはなってきているが、身体の方がまだ元の様に動くなと言わんばかりに力が入ると痛みを伝えて来るので、今も右脚を庇うように歩いている。

 母の時子も自宅と駅の往復に付き添うことが、買い物に出かけるのと同じような日課になりつつあった。

 千代とはいつものお別れポイントで、透が帰ってき次第一緒に綿志賀家にお邪魔するよと話をして別れた所だ。


「これ、中々治らないね。随分痛みは引いているんだけど、踏ん張ると痛いからもどかしいよ」


「まあまあそう焦らずに。こうやって早貴を抱えて二人で歩くなんて、元気な時だとしてくれないでしょ? これは母親へのご褒美かもしれないわ」


「娘が怪我をすることが親孝行なのお? それじゃあ親って子供が動けなくなるのを待っているみたいじゃない」


「そういうことじゃなくてさ……。もう、早貴なら分かるでしょ? 私だって子供が大きくなるのは嬉しいんだけど、大きくなるにつれてこうやって直接子供を感じる機会は減っていくのよ。それはやっぱり寂しく思うの」


 早貴もそう言われると同時に母親の優しく絶妙な抱え方や、話しているときに僅かに伝わる声の振動、そして安心する匂いを感じて懐かしく忘れかけていたものが、心の奥底にある思い出の引き出しを開けられたように溢れ出して来るのがわかった。


「お母さん……」


 早貴は溢れて来た気持ちを抱える腕に込めて、歩く支えとして身を任せていた母親を自分に寄せた。


「ん? 歩きにくくなって痛みが増すんじゃない?」


「今はこうしていたいの――――」


 二人は言葉を深く交わさずとも気持ちが伝わり、同じように軽く微笑み合った。



「ただいま~」


 香菜は部活のためにまだ帰っていないので、誰もいない家内へ一声掛ける。

 玄関に座り込んでローファーではなく、包帯の厚みに対応するため履いていたスニーカーをゆっくりと脱ぐ。

 時子は脱ぎ終わった後の立ち上がりまでが早貴のサポートとなっているため、脱ぎ終わるのを待っていた。


「香菜と透君は一緒に帰ってくるはずだから、香菜が帰ってきたらすぐに手伝ってもらわなきゃ」


「ごめんね、アタシ役立たずで。申し訳ない」


「今日はそんな早貴を励ましに千代ちゃんが考えてくれたお泊り会でしょ? そういうこと言わないの。私は久しぶりにあなたたちがこの家で集まるのを楽しみにしているんだから」


「は~い。それじゃあ思いっきりみんなに甘えちゃおうかな」


「うん、それでいいのよ」


 早貴が立ち上がるのを手伝ってからは時子の役目は終了し、早貴は自力で自室へ向かう。

 家ならば周りに迷惑をかけないし、リハビリも兼ねてなるべく自力で動くようにしていた。


「それじゃ気を付けて。困ったら呼ぶのよ」


「ありがと」


 時々鈍痛と激痛のダブル攻撃に遭いつつも自室に辿り着いてとりあえずベッドに座って一息つく。

 不思議なことに、一息つくと携帯と言うものは電波をキャッチするように作られているのかと思うぐらい正確に受信をしていた。

 着信音の種類からチャットであることは分かった。


「誰だろ」


 携帯画面を慣れた指さばきで目的のアプリを呼び出す。


「木ノ崎君だ」


 相手は捻挫の原因に深く関わりのある木ノ崎だった。


『こんちは。』

『足の調子はどう?』


「まだ心配してくれていたんだ。あれから会っていないのに」


『随分良くはなったけどまだ痛くて』


『重症だったんだな』

『そろそろ治ったかなと思ったんだけど甘かったか』


『結構酷かったみたいだよ』

『治りかけてきたなあと思ってからが進まなくて』


『そんなもんだよ』

『どんな感じか知りたかっただけなんで』

『それじゃお大事に』


『ありがとう』


 チャットを終了してから早貴は画面に表示されている木ノ崎の文字を眺めていた。


「優しい人……なんだよね」



 早貴は完全にくつろぎモードの家着に着替え、退屈そうに自室で時間を潰していた。

 小説を読もうか、半読みのマンガにしようか、いっそ勉強にしておこうかと、じっとしていても伝わってくる足首の痛みを誤魔化すように部屋中を動き回るが、動かせば当然痛みは増すもので、動き回ることを断念して机の椅子に座ってじっとすることにした。

 ベッドに寝転がってしまうと眠ってしまうことは自分がよくわかっているが故の選択だった。


「はあ。香菜早く帰って来ないかなあ。透ちゃんと長話でもして遅くなっていたら承知しないぞ~」


 痛みも手持ち無沙汰も誤魔化せなくなってきている早貴は、矛先を妹に向けて聞こえないのをいいことに八つ当たりをしていた。


「やっぱり横になっていよう。疲れちゃったよ」


 いつものことだが、ベッドの誘惑に負けて結局寝転がってしまう。

 気心が知れた連中が集まることを踏まえて、寝てしまっても起こしてくれるだろうと安心して目をつぶった。



「さ~き~ちゃ~ん。あ~そ~ぼ~」


 夢は幼少の頃の回想なのだろうか、と思いながら続きを見ていようとそのまま眠り続けていると、馴染みのある芳香が眠りに安心感を上乗せしてくる。

 これまでより力が抜けて身体がベッドに沈み込んでいくような錯覚を感じていると、唇が温かくなった。

 軽い吐息を頬に感じていると、今起きている状況が徐々に明確になってくる。

 状況を把握すると共に眠気からも解放され、ようやく目を開けられるようになる。

 ゆっくりと目を開けると案の定、千代が唇を重ねていた。

 近すぎてぼやけて見えるが、それでも綺麗な顔だなと見惚れていると無性に抱きしめたくなり、両腕でしっかりと千代を抱えて身体を密着させた。


「あっ、早貴!?」


「今度はアタシの番だぞ」


 そう言ってひたすら千代を抱きしめ続けた。


「起きる前に抜き打ちでキスしてから起こそうと思ったのに、逆に捕まっちゃった」


「アタシしっかり眠っていたのに起きるぐらい長くしているからよ」


「しちゃうと止められないんだもん」


 早貴は抱きしめる力を増して、千代から醸し出されているフェロモンだとか色気だとかそんな言葉では表現できない、自分にとってかけがえのないものを全て自分の中に取り込もうとするように、むさぼった。


「今日の早貴は積極的だね。あたし、早貴の中に溶け込んじゃいそうだよ」


「それぐらいの気で今は無性に千代を感じていたいの」


「何かあった?」


「特別何かあったわけじゃないけど、なんだかね、寂しいんだよ」


「それはいけませんね。好きなだけどうぞ」


 しばらく早貴の心への栄養補給は続けられた。


「アタシと千代の鼓動がどっちも分かる。これが千代の鼓動なのね。このままでいたらリズムが一緒になるのかなあって期待しちゃうな」


「でも、リズムの違いが分かるから相手の事を感じられるんじゃない? 今はあたしも早貴を感じられて……嬉しい」


 二人の世界に没頭しているところへ、香菜の声が割り込んできた。


「おねぇちゃんたちご飯だよ~」


 千代が慌ててベッドから降りて床に尻をつき、早貴の手元に顔を埋めてあたかも初めから寝ていたような恰好に変えた。


「あれ、声がしない。失礼しますよ~」


 早貴の部屋のドアが開けられて香菜は二人を確認した。


「もう、寝ちゃっているじゃない。返事が無いわけだ。お二人さん、起きてくださいよ~」


「はいはい、香菜お帰り」


「遅い~。帰ってから随分経っているよ。今から寝てたら夜寝られないよ?」


「そうだね。あ、千代も起きようよ、ご飯だってさ」


 寝たふりの千代に早貴はそれらしく言って、二人は内心茶番劇を楽しんでいた。

 すると、香菜が千代に近寄ってきて背中に抱き着いた。


「千代ねぇちゃん! これは今のうちに堪能しておこう! うわあ、いい匂い。さすが私の師匠! おねぇちゃん、千代ねぇちゃんもウチのおねぇちゃんにしちゃおうよ~」


「もうそんな感じになっているじゃない。千代はあんたのこと妹だと思っているし」


「へへへえ。嬉しいなあ。うわっ、何これ! 首回りとか凄くいい匂いするよ! 何かつけているのかなあ。ああもう、千代ねぇちゃん最高だよ~」


「はははは! 香菜ちゃん、胸触るのやめて~。まさかあちこちそんなに触られるとは思わなかったよ。くんくん嗅ぎまくっているし」


「起きてたの!? 寝ているから今のうちに色々しておこうかと思ったのに」


「たっぷり色々されていたよ~。あれだけされていたら寝られないよ」


「でもやめないもん!」


「ちょっと香菜ちゃん!? そんなとこ、もう、あたしで遊ばないの!」


「まだ怒られないから続けますよ~……うっ」


 香菜の頭を早貴がチョップして止めた。


「香菜、楽し過ぎるからそろそろやめてあげて。お母さんに怒られちゃう」


「そうだった。ご飯だから呼びに来たんだった」


 部屋の開けられたままのドアから一声掛かる。


「ようやくそれに気づいたか。香菜がこっちに行ったっきり戻ってこないからもしかしてと思ったらやっぱり。嬉しいのはわかるけど、早く降りて来なさい。続きはご飯食べた後でゆっくり楽しんで」


「は~い」


「いや、は~いじゃないよ香菜ちゃん。これの続きやる気? あたし身がもたないんだけど」


「どうしよっかなあ。でもあんまり私が独占するとおねぇちゃんがつまらないし。今日は! 遠慮しておこう」


「何よ、今日は! って。もう千代が来てくれなくなるじゃない」


「たまには甘えさせてよ~。いいよね千代ねぇちゃん?」


 ようやく振り返ることを許された千代が香菜の方を向いた。


「甘えるのは構わないんだけど、体中触られるのは甘えるのと違うぞ~」


「私は甘えているんだもん」


 改めてドアの方から声が掛かる


「あんたたちはご飯抜きにしようか。透君に全部食べてもらうわね」


「それって透ちゃんが一番の犠牲者じゃん!」


 全員が笑ったところでようやく食卓へ向けて移動し始める一行であった。



 唯一の男子、透がいるということで夕食のメニューは焼肉がチョイスされた。

 香菜と透でいちゃついている様子を母親と姉二人がテレビを観るように眺めながら肉を食していく。


「それでね、とうとう由芽が告白されたの。透、ほっ辺にタレが付いちゃっているよ」


 香菜がティッシュで拭き取ってあげる。


「そしたらさ、真由が悔しがっちゃって」


「自分より先に告白されたから?」


「違う違う。いつも近づく男子をガードしていたのに隙を突かれたって」


「そっちかよ。伊原はどうなったの?」


「由芽はね、少し悩んだみたいだけど、やっぱり話もしていない人とは付き合うとか無理って断ってた」


「いきなり告白は無理だよな。自分が盛り上がっているだけで、相手はなんとも思っていないわけだから」


「うん。だから友達とかじゃだめなの? って聞いてね、友達になったみたいだよ」


「へえ。となると考えてみてもいいような奴だったってことか」


 焼き加減が丁度良くなったものを見つけ次第、お互いがお互いのタレ皿に取ってあげながら話は続いてゆく。


「香菜は? まだ告白されるの?」


「随分減ったけど、まだ来るよ~。心配?」


「オレよりイケメンだと心配」


「じゃあ大抵の人は大丈夫だよ。透勝っているから。それに私は『彼氏いるんで~』って言ってるし。初めは恥ずかしかったけど最近はこのセリフを言うのも平気になっちゃった」


「今聞いたオレが恥ずかしいぞ」


「え、嫌だった? じゃあこれからはフリーだから付き合いますって言おうか?」


「無い無い無い無い! そんなこと言っているのを聞いたら心臓止まるわ」


「言わないよ~。透の心臓止まっちゃったら私のも止まっちゃうから」


 ここで早貴がソーセージの激熱な肉汁にむせた。


「あっつ! あ、ごめん。続けて」


 香菜と透はそこで話を続けるリズムを削がれ、黙ってしまった。


「もう早貴~。楽しかったのに終わっちゃったじゃない」


「ごめ~ん。物凄く熱かったんだもん」


「早貴の熱いのはいらないってば。二人の熱い話が聞きたかったのに~」


「え~。私たちの話を聞いてたの? そういえば他に誰も喋ってないじゃない」


「今頃気づかないでよ。最初からあんたたちの話を付け合わせにして食事を楽しんでいたんだから」


 ずっとニコニコして聞いていた時子も話に加わってきた。


「ほんとにあなたたちは仲がいいのねえ。私は幸せ者だわ」


「お母さんまで。いいけどさ、おねぇちゃんたちには足りない糖分だろうから分けてあげるよ」


「言ってくれるわね。そんな妹に育てた覚えはありません!」


「私はおねぇちゃんを見て来たから恋の勉強が出来て今があるの。おねぇちゃんに育てられたんだよ」


「そういえば前もそんなこと言っていたわね。何も話さなきゃ良かったわ」


「今度はおねぇちゃんが私を見て勉強したらいいんじゃない?」


「そんな悔しい真似できるわけないでしょ! ――――うっ。でも見習う所は確かにあるわね」


「ふふん。透、もっと糖分増やしていこうね」


「想像がつかないけど、よろしくお願いします」


 綿志賀姉妹のやりとりの間中笑い通しだった千代はお腹を押さえながら、


「もう、みんな面白すぎ! 香菜ちゃんは姉を軽々と超えて行ったねえ。見事だわ。透、いい彼女ができて本当に良かったね」


「それは、そう、思います」


 真っ赤な顔をして何故か丁寧語で答えてしまう透。

 この日の夕食は中学生カップルの勝利で幕を閉じた。


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