うつ向いて歩こう
電車通勤する私には、線路の上にある時だけに浮かぶものがある。
どことなく、雑誌の仕事を手放すことになりそのままやりきれない気持ちを文字にすることしかできなかった。
信頼という言葉は重かった。兎角、信じたくても人を頼れないものには重い。人を信じることが辛いのではない、信じたいと思う状況こそが私を縛るのだ。
鎖は解かれても、錨と鎖をつないだリングが残る。
人に自分から話すことはない。人から話しかけられることもない。ただ、部屋の隅や壁際にいつもいた。電車の中ではいつも窓に張り付くものだから、外の風景と自分の境はなくなって、私の体は既に私のものじゃない。
もしかしたら、私は最初から自分のものじゃないかもしれない。気がつく前から体にあったものは、私はこの電車の外にいた。
背中にあたる環状線の手すりのポールが揺れが大きいとお尻に食い込んでいるのも気にならない。天満から1両目右側ドアから人がパラパラ乗り込む。やっぱりこの車両なら乗り込む人も知れている。大川沿いに近づくにつれてきはどんどん重くなる。まだ咲かない花に、大の大人達が張り付いて少し青くなった川沿いに不思議な寂しさがこみ上げた。
寂しいなら、LINEを返せばいい。去年見た桜を一緒に見たいと言えばいい。今月になったら連絡する約束だったのだから。一度自分から手放したものにまた手を伸ばしかけた。まだやめておこう。
去年は一緒に中之島の公会堂から大川沿いを歩いて京橋まで行った。自分の夢や野望ややりきれないものを吐き出しながら。ただ話を聞いて当たり障りなく答えて、諭して。それでも本音は誰も言わなかった。言ってもらったところで、私は話はしなかったのだけれど。大川の桜の上を環状線で飛び越えながらもポツリとひとりで心の中に言葉をつないでしまって、どうしたらいいかわからない。
ひとりで生きてきすぎたのかな。
そっと窓から伝わる冷たさがまだ温まらない季節と一緒に電車に伝わってきた。寄りかかったドアが開いて後ろから人がどっと押し寄せた。大阪で乗り換えてからが長くてめまいがする。大きなカーブに差し掛かって電車が揺れる。ネオンと商店街の明るさが疎ましくて吐き気がした。外面だけの明るさと愛情にむかついて、押しのけるように階段を駆け下りる。