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猫である  作者: 雛木景太郎
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1.騒がしい朝

 吾輩は猫である。朝日が昇るのを眺めながら舐めるミルクは美味い。ついこの前まではお腹が緩くなるからと敬遠していたが、いざ久しぶりに飲んでみると意外と大丈夫だ。今まで魔女の、料理と呼ぶことも(はばか)られる物質を食してきたため胃が鍛えられたのだろうか。


「おはようございまーす」

「うるさい。あいさつくらいもう少し静かにできないのか」

 今日もまた勇者がやってきた。朝っぱらから元気なものだ。

 吾輩、朝はのんびりと過ごしたいと思うほうなのだが、ここ七日ほどの間、それは許されていない。吾輩が懸念した通り、勇者が来てからとても騒がしくなった。


「あっ、おはようございます。クロ!」

 名前は確かレイアだったか。

『ああ、おはよう。レイア』

「レイラです。レイラ・ユースハイト、いい加減憶えてくださいよ」

 む、どうやら間違えていたようだ。レイナか覚えておこう。


 レイナは勇者の家系に生まれたのだが、勇者であり続けるためには実績が必要らしい。しかし、どうやら父の代から日照り続きらしく、現在勇者の任を解かれるかの瀬戸際にあるそうだ。そして、落ちかけた家格を元に戻すために魔女に助力を求めにやってきたのだ。


「あっはっは、ざまあないね。どうやら吾輩の使い魔はきみには毛ほども興味がないようだよ」

 こっちで腹を抱えて哄笑している水色のちんちくりんが魔女だ。実に威厳がない。あっ、むせた。


 こうして毎朝、勇者が魔女の家を訪ねてくるようになったのは、勇者と魔女が契約を交わしたからだ。手を貸す代わりに手足となれ。その契約があるため、勇者はここで小間使いとして働いている。

 業務内容には魔女の研究に使う薬草であったり、魔獣の体の一部であったりを集めることも含まれている。ついこの前も鉱石を収集するために吾輩と二人(一人と一匹)で洞窟へと赴いたばかりだ。その際、魔獣だけでなく魔人と遭遇してしまい、吾輩は大怪我を負ってしまった。あれからもう七日、その怪我も魔女の薬と治療魔術のおかげで治りつつある。後は体力を取り戻すだけだ。


「クロ、魔女様の名前言えますか?」

『知らん』

「ほらみてください。魔女様の名前だって憶えられてないじゃないですか」

「教えてないから言えないだけだもん。きみとは違うんだよ」

 その通りだ。吾輩と魔女、すでに400年の付き合いがあるが何度尋ねても名前を教えてはくれない。名前を知られるのは縛られるということだの何だの、訳の分からないことを言って誤魔化してくる。


 例えば、地武太治部右衛門(じぶたじぶえもん)とか寿限無、寿限無、五劫のすりきれ、海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末、食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助、みたいな変わった名前をしているから言いたくないのだろうか。


 それともアッコとかサリーとかいった地味な名前をしているから名乗りたくないのだろうか。確かに我は魔女アッコであるとかサリーであるとか名乗られてもしっくりこな……。いや、何故だろう、響きは常並みであるのに意外としっくりとくる。


 それではメグとかチックルとか、魔女らしからぬ可愛い名前が嫌で名を伏せるのだろうか。…………。いや、これもなんだか魔女として妙にしっくりくるような気がする。


「あの、魔女様。今日は何か予定はありますか?」

「んー。研究の材料もそろってるし、今日やってもらうことは特にないね。とりあえずは家事を頼むよ」

「それでしたら、クロ、家事が終わったら私の家に遊びに来ませんか。泊まりで」

『別に構わないが』

「ダメですー。いつからきみはよその女の家に転がり込むような尻軽になっちゃったのさ。きみがかまわなくても僕がかまうの! ダメだからね!」


 別に仕事終わりに同僚の家に遊びに行くようなものだろう。それを尻軽とは何だ。

 確かに吾輩の臀部(でんぶ)は人間の持つ、尻というだけあってずっしりとした、それでいて無駄に丸々とした曲線美を描いたものと異なり、スリムで機能美を称えたものではあるが、決して軽くはない。

 寧ろ最近は腰が重くてかなわん。吾輩はおそらく不老の薬を飲んだため、老化自体はしないようなのだが、どうしても疲労やダメージは蓄積する。最近になって日頃、年頃の無理が祟ったのか腰が痛くなってきた。

 400年分の痛みと傷みを蓄積した腰痛、きっと生半(なまなか)なことでは解消できないだろう。吾輩も年を取ったものだ。あれか? 猫背が悪かったのか? 猫の猫背って解消できるものなのだろうか。


「魔女様には聞いてません。それでは魔女様の分の夕飯の仕込みが終わったら一緒に私の家に帰りましょう。準備しておいてくださいね」

「僕はその子の主、いわば保護者みたいなものなんだよ。僕を無視して連れていくなー! この泥棒猫! いや、猫泥棒ー!」

 こんな親は嫌だ。お前が吾輩の親を気取っていたとは初耳だぞ。親を名乗るなら、できればこんなところで突拍子もなく宣言するのではなく、普段の態度と行動で示してもらいたいものだ。


『保護者ならお前も来ればいいだろうが。そろそろお前も外に出ることを覚えろ。いつまでも吾輩が傍にいられるとは限らんのだぞ。レイナもそれで構わないだろう?』

「おかあさん!? きみって僕のおかあさんなの?」

「はい、かまいませ……。いえ、その提案自体はかまわないのですが、やっぱりかまいます! 私の名前はレイラですってば」

 吾輩は当然のことを言っただけであるのに二人は何故かダメージを受けている。


「くう、外出か。ま、まあ、たまには庶民どもに僕の偉大なる姿を見せるのも悪くは。悪くは……。やっぱりむりぃ」

『つべこべ言わずに外出しなさい。まったくもうこの子は』

「なんなのその口調!? おかあさんなの? 僕のおかあさんのつもりなの?」

 魔女は家の周辺に自生する薬草やキノコなどを収集するために外に出ることはあっても、家の周りを覆う結界からは出ようとしない。結界の外に用事があるときは必ず吾輩かレイナが使い走りにされる。



 これは魔女を外出させるいい機会だ。少し手荒になっても構わない、無理やり連れていこう。抵抗を続ける魔女の頬に猫パンチ。

『あなたをこんな聞き分けのない子に育てた覚えはありません。もう知りません』

 もちろんそんな覚えはない。何故、魔女がこんな風に育ったのか吾輩は本当に何も知らない。知りたくもない。

「ごめんなさいぃ、おかあさん」

 一瞬呆けた後、魔女の瞳は滂沱(ぼうだ)の雨を降らせ始めた。

 少し心は痛むが、ライオンの親は子を崖下に突き落とすという。吾輩は猫であるが、同じネコ科としてシンパシーを感じた。

 ここで吾輩が鬼にならねば、魔女は一生このままだ。すでに畜生である我が身を思えば、鬼になるのも悪くはない。畜生よりも鬼畜生のほうが字面的にはかっこいいしな。悪くはない。ああ、悪くない。吾輩は悪くない。悪くないぞ。


『今だ! 今のうちに力尽くに連れていくぞ』

「えっ、いいんですか」

 いい。吾輩が許可する。急げ、魔女が正気に戻る前に早く、迅速に、スピーディーに事を成せ。

 こうして魔女と猫と勇者はようやく街にくりだすのであった。


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