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猫である  作者: 雛木景太郎
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4.魔女と勇者

「で、きみは魔女である僕に何用なのかな」

 偉そうに話すこの女は吾輩の主の魔女だ。


「はい、私は代々勇者を務めてきたユースタハイト家の娘で当代の勇者であるレイラ・ユースハイトです。このたびは魔女様に魔人の討伐へのご助力をいただきたく参上いたしました」

「そういうのに関してこちらはもう再三断っているはずなんだけどね」


 そう言ってから吾輩をにらみつける。まったく眼力がない。

「きみは使い魔としての自覚が足りないんじゃないか? こんなお客をつれてくるなんて」


 吾輩の主人である魔女はその知識がために国王から密かに助力を求められることがある。また、時には魔女の噂を聞いた貴族の使いが訪ねてくることもある。


 大抵の貴族は魔術師に対する礼を知らない。魔術師は研究をする費用を捻出するために貴族に取り入り、貴族は優れた魔術師を傅かせることで箔をつける。その前提があるため、魔術師を下に見ている貴族が多いのだ。

 そして、吾輩の主人たる魔女はその非礼を許さない。ぷんすか怒って拗ねる。そのしわ寄せは吾輩にくる。それが面倒で普段の吾輩は貴族の使いは可能な限り無視するようにしている。


 今回の客は礼をわきまえてはいるが、そのお願いの内容が魔女の機嫌を損ねているようだ。


『勝手についてきた。路地に逃げても、塀の上を走っても、さらには屋根の上を駆けても、あまつでさえ、公衆浴場の男湯を通っても悲鳴を上げながらついてきた。とんだ痴女だ。吾輩は悪くない』

「しゃ、しゃべったーーー!!! というか痴女じゃありません!」

 勇者を名乗る少女の顔に驚愕の2文字が浮かんだ。痴女じゃないなら何だ。ストーカーか?


「何を驚く必要がある。生きていくうえで会話は必須ともいえるスキルだ。猫だってしゃべりもするだろうさ」

 偉そうに魔女が答える。猫の声帯では人間の言葉を発することができないので、実際はしゃべっているのではなく魔術で空気を振動させて音を出しているのだが、そんなものは些末(さまつ)な違いだ。


「そもそも、なぜ僕に助力を求める? 勇者の役に就くものは国家から多大なる援助があると聞いているぞ」

「えっと、当家は父の代からあまり功績を残せてなくて、そのうえ、他家の勇者が台頭(たいとう)してきて、その……、没落しそうなんです」

「知ったこっちゃない。そんなことよりもその剣と鎧はなんなの? すっごく邪悪な感じがするんだけど」

よくぞ聞いた。それに関しては吾輩も気になっていたのだ。何なのだあの邪気は


「(そんなこと……)、え、ええ……、さすが魔女様、お目が高い。この装備は初代より当家で受け継がれる勇者の剣と鎧です」

「ふーん、きみのご先祖さまたちはそれを装備して戦場に出て、そして、死んでいったんだよね。それなのにその装備が失われることなく今も手元に残ってるなんてね。なんだか勇者の家系としての宿命めいたものを感じるね。すごいね」

 魔女の口調が崩れる。

 普段人前では威厳ある魔女らしく振舞おうとしてやけに偉そうに話すが、油断するとすぐにこれである

 この魔女をコーティングするメッキは実に剥がれやすい。わざわざ亀の子束子(たわし)で擦らずとも放っておけば時間劣化でぽろぽろと落ちる。それはもう傷んだ角質のごとくぽろぽろと。


「そうなんですよ。この剣と鎧はですね、例えどこに落としても、それが戦場だろうが強固な結界の中だろうが、必ず持ち主の枕元に戻って来るんですよ。持ち主が亡くなった場合は、次の持ち主の枕元に。先代が亡くなった後、この装備が枕元にあることが勇者である証なんですよ」

 なんだか勇者の装備という称号よりは呪いの装備という称号の方がしっくりくる気がする。


「それだけじゃありません。この剣で切りつけた傷は聖水をかけない限り決して塞がらないんです」

「もしかして、それって勇者の剣じゃなくて魔剣じゃない?」

 魔獣や魔人は聖なるものを嫌う。それらを相手取ると考えるとその性質は確かに有効ではある。しかし、その邪悪なオーラが勇者の剣であることを否定している。断固拒否している。


「勇者の剣です。この剣もし欠けちゃっても持ち主の血を一滴、一緒に鞘にいれて一晩おくと直っちゃうんです。すごいでしょう!?」

「やっぱりそれって」

「勇者の剣です。それにこの鎧もすごいんです。光属性を除くあらゆる魔術を完全に防ぐ上に持ち主の血を吸うほど堅くなるんです」

 もしかしなくてもそれは呪いの装備だ。やはり吾輩が街中で感じた不吉な気配の原因はこの装備らしい。


「ふむ、気が変わった。力を貸そうじゃないか」

「あ、ありがとうございます。魔女様にも勇者の魅力を理解していただけたようでなによりです」

「違う。その魔剣の能力に興味が湧いただけだ。その剣なら魔王を弑することが可能かもしれない」

 偉そうな魔女が偉そうに言う。魔女は魔王のことを嫌っている。魔女と魔王、名前が被っているのが気に入らないらしい。いかにも短絡的で、ずいぶんと狭量なことだ。


「ただし、手を貸すには条件がある」

「条件ですか?」

「ああ、そうだ。最近は魔獣が増えて研究の材料集めに難儀している。きみが僕の指示通りに馬車馬のごとく働くというのなら、猫の手程度なら力を貸してやる」

 偉そうな魔女が偉そうにそう告げる。ああ、実に偉そうだ。あと猫の手って吾輩のことか?


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