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猫である  作者: 雛木景太郎
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3.街の人々 その2

 散髪屋と別れ、さらに街を往く。


「クロ、あなたを題材にして絵本を描いたの。100万回死んだ猫って題名なんだけど」

 本屋だ。そんな不吉な題名はやめてくれ。

 散髪屋といい、本屋といい、店の外をぶらついているとはよほど暇で客がいないのか。

 猫である吾輩は人間の商いには興味も関心もないのだが、それでもなんだか心配になってくる。


 彼女は本屋であるが、本を売ることだけではなく書くことも生業としている。

 絵本であれ小説であれ何でも書く。恋愛ものだろうが推理ものだろうが何でも書くが、清楚な見た目(散髪屋の談)に似つかわず、驚くべきことに彼女が最も得意とするのはスプラッターものだという。

 100万回死んだ猫というタイトルから察するに、きっとスプラッターものだろう。まさか蓋を開けてみれば感涙を禁じ得ない感動ものだ、なんて落ちは待っていないだろう。


 ちなみに100万回は無理だが9回なら猫は死ねるらしい。

 猫に九生あり。こんな調子で話すことではないだろうが、吾輩はすでに6回死亡済みだ。

 

 最初は、八百屋の娘から与えられた玉ねぎを食べて死んだ。次は八百屋の娘から与えられた長ねぎを食べて息を引き取った。3度目は同じく八百屋の娘から与えられたチョコレートを食べて事切れた。

 4度目はやはり八百屋の娘から与えられたココアを飲んで身罷(みまか)った。5度目は(つまづ)いて転んだ八百屋の娘の下敷きになって絶え果てた。6度目もお察しのとおり、八百屋の娘に与えられた葡萄(ぶどう)を食べて鬼籍に入った。


 吾輩は最後の猫であり、本来博物館にでも飾られるような稀有な存在。言うなれば動物界の貴種である。

 それを無自覚とはいえ6度も殺すとは驚きだ。八百屋の娘にはこの世で最も吾輩を殺したで賞を進呈しよう。


 どうやら死に際を見せないのも猫の習性らしい。吾輩もその習性にのっとり、人目につかない路地裏で逃げるようにひっそりと消え失せたため、八百屋の娘は吾輩の死については知らない。

 むこうも悪意があったわけではないし、吾輩も死は許容しているためそのことは伏せている。変に意識されても面倒なだけだ。

 普段魔女の作る不味い餌を食べている吾輩からすると、普通に食べることができるものを分け与えてくれる八百屋や魚屋のような存在は尊いものなのだ。

 九生の話が本当であれば吾輩が死ねるのは残すところ3回。せめて美味しいものを食べて死にたい。


「クロに似合いそうな靴を作ったが履くか?」

 靴屋だ。いらない。というかなぜ長靴なのだ?


 こいつの作る靴は出来がいい。

 吾輩が靴屋を始めて見た時はこいつのことをとんだ手練(てだ)れだと勘違いした。というのも靴屋は発する気配が薄く、体運びも非常にいい。

 それ故、吾輩は暗殺拳でも習得しているのではないかと思ったが、前者の理由は地味だから。後者の理由は幼いころから自分の足に合った良い靴を履いていたから自然とそうなったのだという。吾輩はがっかりした。


 あと、本人のセンスがどうにも致命的だ。

 靴屋には最近まで彼女がいたが初めてのデートを境に別れたらしい。聞いた話では初デートで両親に彼女を紹介しに行ったらしい。

 それだけならまだしも霊園まで行って連綿と続く彼の先祖にも紹介をしに行ったそうだ。墓場デートとは恐れ入る。

 うまくいけば彼女もいずれその墓に納まることになるのだろうが、彼女は死後の居城として靴屋の墓が気に入らなかったようだ。霊園に2ヘクタールの土地に墓石で作った荘厳(そうごん)な城でも建っていれば結果は変わったかもしれない。


 靴屋の彼女、いや、靴屋の元彼女もきっとデートの直前までは彼とのデートに期待していただろう。そう考えると靴屋には靴を作る才能の他にも他人をがっかりさせる才能でもあるのかもしれない。



「うそ、本物の猫なの? そうだ、パンあげる」

 ありがたくいただ……、誰だ?

 気がつけば目の前で美しいブロンドの長髪(と大きな胸)を揺らした少女がしゃがみ込み、一口サイズにちぎったパンをこちらに差し出していた。剣を()いていて鎧も着ているが胸部は大きく露出している。


 今もしかしたら少女を形容する言葉の中に下心のようなものが見えたかもしれないが、吾輩は猫であるからして人間に抱く下心などない。

 つまり、これは下心ではない。出来心だ。……、いや違う。出来心でもない。まあ、いたずら心のようなものだと思ってほしい。

 ……さすがに苦しいか。先ほどの失言は寛大な心で見逃してほしい


「猫ちゃーん、ほら、パンだよー!」

 うら若き少女が吾輩の愛らしさに膝を折り、献上品を差し出すのは別に珍しいことではない。

 この街は王都というだけあって人の出入りが多い。吾輩の知らない人間がいてもおかしくはない。しかし、少女を覆う魔力から胡乱(うろん)な気配を感じた。


 吾輩が毛を逆立てて警戒していると、それを遠巻きに眺めていた魚屋がわざわざ仲立ちをしにきた。眩しい。

「珍しいな、そいつは人見知りって訳じゃねえんだが。むしろお前さんのような若くてマブい娘がいれば嬉々として近づいていくはずなんだがな」

 マブいのはお前だろうが。人のことを女好きみたいに言うな。

 繰り返すが吾輩に下心はない。


「そうなんですか? なにか悪いことしちゃったのかな?」

「そんなことより、お嬢ちゃんはこの街に何しに来たんだ? うちの魚買ってくか? うちはそこの猫も贔屓(ひいき)しているこの街一番の魚屋だぜ」

 人をだしにして商談を始めるな。この野晒し。


「えっと、それはまたの機会に。私は『丘の上の魔女』に会いにきたのです」

 どうやら吾輩のご主人に用事があるようだ。

 面倒事に巻き込まれる前に隙を見て逃げるが吉とみた。


「だったらその猫についていけばいい。普段は結界かなんかでたどり着けないようになっているが、俺の娘が魔獣の瘴気にやられた時、そいつに案内されて魔女のところに行ったんだ」

 おいこら、魚屋余計なことを言うな。やい、お前の両親ふっさふさ。


「数百年を生きる魔女なんて呼ばれているが、見かけは俺の娘と同い年くらいに見えた。ああ、俺の娘は今年で14になるんだが、それと同じくらいだ。だけど俺の娘の方が可愛いぞ。なんてたって……」

「わ、わかりました。とにかく猫ちゃんについていけばいいんですね。ありがとうございました。って、あれ? 猫ちゃんはどこに? あっ、待って、行かないで猫ちゃーん」

 ちっ、魚屋の長話につられている間に逃げようと思ったがどうやら失敗したようだ。




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