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猫である  作者: 雛木景太郎
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2.街の人々 その1

 吾輩は猫である。真名はまだ無い。(くだん)の魔女が一向に名をつけようとしないからだ。しかし、世間からは外見に(なら)ってクロという仮名で呼ばれている。


 毎日商店街を歩くのが吾輩の日課である。

 今日も今日とて商店街を往く。


 すると吾輩は人気者であるので様々な人間に話しかけられる。様々な人間というのは本当に様々だ。何を言っているのかと思う者もいるかもしれないが、本当に様々なのだからしょうがない。


 今見える範囲だけでも一般的に“ヒューマン”と呼ばれている普通の人間に“デミ・ヒューマン”と呼ばれる獣人、耳長族、小人族といった種族がいる。

 これがさらに肉屋という人種、雑貨屋という人種、靴屋や鍛冶屋、犬人、狐人などに細分化されるのだから本当に様々だ。


 それに比べて吾輩の分類は簡単だ。猫である。

 猫にもいろいろ種類があると言う者もいるかもしれない。しかし、吾輩以外の猫は400年も前に滅んでしまったのだから、そのひとことで事足りてしまう。


 どうだ、簡単だろう。他の猫は400年前に発生した災害によって8割は滅び、残った2割は進化して猫人というまったくの別種になってしまった。もうこの世界に猫は吾輩一匹しかいない。

 正真正銘のロンサムキャット。


 一匹で寂しくないかと尋ねる者もいるが、吾輩は両親に捨てられたのか、それとも死別したのか、物心ついた時から一人であったため別段寂しいとは思わない。

 吾輩は運よく……、いや運悪く魔女に拾われてしまったがために現在まで生き永らえてしまったが、魔女の我儘(わがまま)を聞き、街の人間たちと(たわむ)れる日々。

 前者はともかく後者は悪いことではない。中には他の猫と一緒に滅んでしまった方が幸せだったのではないかと言う者もいたが、噛みついてやった。



「あ、おはようクロちゃん。人参の葉っぱあげるー」

 あいさつをされたので適当に返しておく。

 吾輩に話しかけるこの少女は八百屋の娘だ。

 吾輩は猫であるため人間の美醜はよくわからないが、街の人間の総評をまとめると、赤毛がよく似合う。野暮ったいけど美人。ドジッ娘。あと胸大きい。あと安産型。だそうだ。

 繰り返して言うが街の“人間”の総評だ。猫である吾輩の意見は入ってない。もし疑うというなら仕方がない、この街の猫の総評を教えてやる。

 

 どこか抜けていて頻繁(ひんぱん)に何かやらかす。吾輩が店の前を通り過ぎる度に野菜をくれる。そのことには感謝しているが、以前、玉ねぎを食べさせられてひどい目にあったことはまだ忘れてはいない。だが人参であれば問題はない。ありがたくいただこう。あと胸大き……。

 

 すまない、言い忘れていたが吾輩の尻尾はアンテナの役割も持っていて、たまに変な電波を拾うのだ。ほら見てくれ、吾輩の尻尾。ビーンと立っているだろう。バリ3だ。

 これが電波を拾うのだ。決して八百屋の胸を見て興奮して立っているわけではない。それに吾輩の尻尾には嘘をついたら伸びるという機能もない。つまり嘘ではない。本当だ。猫嘘吐かない。だからさっきの発言は吾輩の意思によるものではない。あと安産……。……、嘘ではない、信じてほしい。



「おう、クロ。ほらよ、お前の魚だ」

 魚屋だ。この魚屋はとんでもない吝嗇家(りんしょくか)であるが、彼の娘の面倒を見てやってからは吾輩に頭が上がらなくなり、進んで献上品を差し出すようになった。

 (いか)めしい顔に似合わず彼は愛妻家で子煩悩なのだ。


 先ほど、頭が上がらなくなったと言ったがこれはもちろん比喩表現である。

 魚屋の頭は完全に干上がっているが、そのくせ表面は(うらら)らかな湖畔(こはん)の5倍太陽を反射する。

 本当に頭を下げられたままでは吾輩の目はきっと潰れてしまうことだろう。

 曇りの日ならば耐えられるかもしれないが、晴れた日には吾輩の目の方が曇ってしまう。


 上を向いている分には問題がない。むしろ道に迷った時の合流地点として灯台のように活用されている。。

 彼はこの街のシンボルであり生きるランドマークであり、街の人間に愛されている。


 しかし、その実彼は孤独の人間である。

 魚屋の家系は曾祖父の代から彼を除いて皆、頭の上で青々と生い茂った原生林を保有している。そう、彼の所領だけが不毛地帯なのである。


 街の有識者たちは魚屋の頭を見て、さすがの吝嗇化も毛根までは節約できなかったのか、それとも髪の育成にかかる栄養を節約するためなのか、いや、頭の上には神がいると聞くがあれは神様が鬱陶しがらないようにという彼なりの不器用な優しさなのだ、などと日々論じている。

 他にも果てしなく遠い先祖返り説、ミューティレーション説など様々な説があるが、吾輩はソーラーシステム導入説を推している。

 まあ、それはそれとして献上品はありがたくいただこう。



「クロ、お前も少し切ってくかい?」

 散髪屋だ。遠慮させてもらう。吾輩の毛は定期的に生え変わるため散髪は必要ない。


 彼は多趣味な好事家(こうずか)で、会うたびに趣味が変わる。

 今の趣味は盆栽らしいが、ついつい仕事の癖で盆栽を刈り上げてしまったり、逆に枝切狭みで仕事に出てしまったりすることがあるらしい。


 確か一つ前の趣味はヨガだった。

 瞑想を重ねるごとに手足が伸ばせるようになったり、口から炎を吹き出したりできるようになったそうだ。

 わざわざ回り込まなくてもお客の髪が切れる、パンチパーマを簡単に作れるようになったと本人は大喜びである。実に迷走している。


 ちなみにこの散髪屋の一番の常連はなんと驚くべきことに魚屋であるそうだ。

 散らす髪もないのに何しに散髪屋に来るのだろうか。

 吾輩は頭のソーラーパネルに貯めた電力を売りに来ているのだと睨んでいるが、事実は定かではない。魚屋の生態の謎はさらに深まる。



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