五話
祭壇にはかすかな光が燈っているだけで、暗く陰湿な雰囲気を纏っていた。
「もう一人のわたしは帰ったよ、キミも元の場所に帰ろうよ!」
背中を向けたままのレインにフィアーノは呼びかける。レインは振り返らないままこう答えた。
「もはや後戻りはできません…あと10分もすればここもろとも崩壊しますよ?」
「10分…!?」
フィアーノは驚愕の声をあげた。レインは振り返って笑う。
「彼女が良い時間稼ぎをしてくれたようですね。僕は誰にも止められませんよ」
フィアーノは俯いたまま、何を言うこともできなかった。
「待ちなさい!」
しゅん、と音を立てて祭壇の前…レインのすぐ後ろにらいとが現れた。
「…おや、ちょっと目を離している隙にこんなに成長して…呪いを解くとは」
「か、カミハラちゃん…?なの…?」
フィアーノの困惑にらいとは二カっと笑って応えた。
「お待たせ、フィアーノ。これが本当のあたし…やっと本物の魔術を見せてあげられるよ」
「何がどうしてそんなことに…」
「えっ!?そ、それは…ととととととっぷしーくれっと…」
らいとは顔を赤らめてしーっとジェスチャーした。
「はっ、あと少しだというのに何ができるというんです?」
「できるよ…あんたを改心させるのは崩壊を止めてからでも間に合うもの。とりあえずおとなしくしてもらうよ!」
らいとが杖を振りかざすと、強い風が吹きレインはよろめく。
「まさか貴女…詠唱無しで魔術を?」
バランスを整えながらレインはらいとを睨んだ。
「そうよ…一流の魔術師、だもの。それにあたしは彼の妹よ?」
「成程、ですがその程度では僕は止められませんよ」
再び杖を振ると、今度は火柱があがった。この前のとは比べ物にならない火力と大きさだ。
「ふ…こんなもの…!」
レインが腕を振ると、火柱はふっと消えてしまった。
「中々やるわね…!」
「そちらこそ、思っていたよりはできるじゃないですか。…ですが遅い。遅すぎるんですよ。何もかもが」
「…!?」
突然、轟音をたてながら祭壇が揺れだした。
「…!カミハラちゃん、世界樹が…!」
いち早く異変に気づいたのはフィアーノだった。
緑色だった世界樹が紫色に変化し、伸びきった枝がまるで意思を持ったように箱庭全体を破壊し始めたのであった。
「世界樹は僕が乗っ取りました。…あと5分。世界の破滅する様をどうぞご覧ください」
祭壇の中心で高笑いするレインを、もう止める術は残されていなかった。
「もう駄目…なの…?」
フィアーノはその場に座り込んでしまう。
「お兄ちゃん…ごめんなさい…」
らいとも俯いたまま膝をついてしまった。
絶望に包まれた、その時だった。
「…これは、派手にやってくれたな…」
「何っ…!?」
世界が色を失った。それと同時に、轟音も破壊も、レインもまるで人形のようにピタリと止まってしまった。
音もなく地に足をつけた男は、被っていたフードを外し二人を見やった。
「…アベルさん!?」
男…アベルは、フィアーノの反応を見て満足そうに微笑んだ。
「驚きました…まさか陛下が生きていたとは」
らいとは咄嗟に畏まりながら、王の無事を安心したようにため息をついた。
「久しぶりですね、フィアーノ姫…到着が遅れたこと、お許しください」
「そんな…!助けに来てくれたんですか?」
「ええ、世界が滅ぶのを黙ってみている訳にもいかないのでね。…しかしこの時間停止魔法も、この場しのぎに過ぎず…いつまでも持つわけではありません…なので、貴女たち二人に協力をお願いしたい」
アベルは真剣なまなざしで二人を見つめた。
「あたしたちにできることなら、なんでも。ね、フィアーノ?」
「もちろんだよ!何をするんですか?」
「それは…」
アベルが語ったのは、あまりにも現実離れした…それでいいのか、と思わせるような内容であった。
しかし、もう選択の時間は残されていなかった。二人は顔を見合わせ力強く頷いた。
「ありがとうございます…では、お願いします」
そうアベルが言った瞬間、世界は再び色を取り戻した。
「…はぁ、アベルのせいでどうなるかと思いましたが…もうじき世界は終わるのです、もう抵抗はやめてくださいね?」
レインは気怠そうに呟いた。その真後ろにらいとが居ることには気付かなかったようだ。
「…ごめんなさい」
「っぐ…!」
らいとは、杖の先端部分…鋭利なそこを、レインを腹部に突き立てた。血が滲んでいく。そのままレインは倒れた。
「ふふ…僕にも完全治癒能力は備わっているんですよ?この程度の傷…」
「…分かってる。でももうあんたの負けだから…」
「何だと?」
治っていく傷。レインの視線の先には、よそ行きの服を着たフィアーノが立っていた。
「フィアーノ、いける?」
「任せて!…マイクテステス…すりーつーわん、ゴー!」
掛け声に合わせて、らいとが杖を振る。すると音楽が流れだした。
「みんなー!今日はわたしのライブに来てくれてありがとう!フィアたん、精一杯歌うから…応援してねっ!」
「何を…歌なんかで僕を改心させるつもりですか?」
「えへへ…いっくよー!シューティング・スターライブ!」
フィアーノの歌に合わせ、空から無数の流星が降り注ぐ。
それは対象を傷つけるものではない。星に当たった世界樹は、徐々に緑を取り戻していった。
消耗した箱庭全体もどんどん癒えていく。
「な…なに…?何だ、これは…?」
その光景に圧倒され、レインは崩れ落ちた。それを見たらいとはすぐさま世界樹へと駆け寄る。
「…えいっ」
ぷちん、と音を立てて蔦が千切れた。
「よかった…」
蔦から解放されたストレイトを抱きかかえて、安堵の笑みを浮かべた。
「う…っ…」
「お兄ちゃん!?ま、まだ動いちゃ…」
「…え?」
「あっ…ま、間違えた。間違えました。マネージャーさん。動いちゃ、だめ。だよ。です…」
らいとは顔を真っ赤にしながら何度も言い直した。その様子がおかしくて、ストレイトはくすっと笑った。
「もう、大丈夫だ…ありがとう。」
抱きかかえられていたのから降りながら、そう言った。
「…」
「どうかしたか?」
「うぅ…うわぁああああああん!!!」
らいとは泣きながらストレイトに抱きついた。そのまま二人で倒れ込む。
「な、何だ!?痛っ…いや、その大丈夫というのは無傷って訳ではないんだが…!?…あ、頭痛い…」
「ひっぐ…ごめん…だ、大丈夫…?」
どうやら体力が落ちていたので熱を出したようだ。額に手を当てると結構な熱さだった。
「もう、帰れるからね。フィアーノが、助けてくれたから…」
そうかとだけ答えてストレイトは眠ってしまった。
「…おかえり、お兄ちゃん。」
「レイン君…」
崩壊が止まった箱庭の中央で、レインは俯いたまま動かなかった。
「惨め、ですね。何もかも失敗に終わって…これじゃあ僕は、ただの極悪人です。…本当は、そんなつもりじゃなかったのに」
「…その分、幸せになって?」
「はぁ…?」
フィアーノは、目線を合わせて笑顔を見せる。
「もう一人のわたし…あっちのわたしのこと、好きなんじゃないの?」
「は、はぁ!?何言って…」
「違うの~?その辺はこっち側とは違うの~?」
「………」
顔を赤くして黙り込んでしまった。どうやら図星のようだ。
「あっちのわたしはね。きっとこれからすっごく頑張るんだと思う。だから…君はあの子のサポート、よろしくね?」
「…分かりましたよ、やりゃあいいんでしょう…!」
頬を染めたままレインは立ち上がった。
「…すみませんでした。色々、ご迷惑をおかけして。貴女のせいで全部馬鹿らしくなりました」
背を向けたままレインは吐き捨てるように言った。
「まあ過ぎたことだし?これから変わっていったらいいんじゃない?」
「…そうですね。では…失礼します」
影に呑まれるように、レインは消え去ってしまった。
「フィアーノ!…あいつは?」
「…帰ったよ。元居たところに。…あれ?」
「どうしたの?」
「そういえば、アベルさん…いないね?」
「…言われてみれば…」
一筋の光すらない世界。アベルは佇む少女に声をかけた。
「…ありがとう。君のお陰だ、フラン」
「いいのよ。やりたいことはできたの?」
「ああ。…まさか、キミに死者を生き返らせる力があるとは」
「えへへ。自分には使えないんだけどね…でも、生き返ることを望んできた人はそんなに居ないんだよ?意外なことに。」
「そう、みたいだな」
「アベルもなんでこっちに帰ってきちゃったの?まだ、やり残したこととかあっただろうに…」
「君の居ない世界で生きていたところで、だ。」
「またまたそんなこと言って。…嬉しいけど」
フランはそっと微笑んだ。
青い、青い、そして眩しい空。
この世界が確かに存在することを物語る空を、二人で見上げていた。
「あ、そういえばカミハラちゃん…お兄ちゃんは…」
「…ああ、大丈夫だよ。もう、いいの。」
らいとは眩しそうに上を向いたまま答えた。
「そうなの…?あんなに言ってたのに…」
「うん…あたし、お兄ちゃんに依存しすぎだったんだよ。だから、一人立ちしようって」
「そっか…わたしにはもう充分に見えるけどね?」
「それでもまだまだ遠いよ。それに…もう、忘れちゃったのならそれまでだもん」
「…えっ?」
「ああ、ごめん。こっちの話…」
フィアーノが顔を覗き込むと、らいとは吹っ切れたような顔を浮かべていた。
「今更だけど、神原らいとって本名じゃないからね?」
「えぇええええ!?!?!じゃ、じゃあその名前はなんなの!?」
「…言いづらいなぁ…あれだよ、ペンネームってやつ。漫画とか描くときの…」
「そ、そうなんだ…じゃあ、本名は?」
「本当の名前は…」
らいとが言いかけたところで、フィアーノの携帯が震えた。
「なんだろ…もしもし?…はぁ!?!?わかった、今行く!」
携帯を勢いよく切った。
「何だったの?」
「ストレイトが回復したらしいんだけど、お医者さんの制止も聞かず早速職場に向かおうとしてるらしくて…社畜根性も大概にしてほしいね!止めてくるよ」
言葉こそ辛辣だが、そう語るフィアーノはどこか楽しそうだった。
「そう…じゃああたしももう、デライドに帰るよ。」
「えっ?もっとゆっくりしていけばいいのに…」
「魔術の勉強、したいから。…また、来ていいかな?」
「当たり前だよ!いつでも待ってるから…!約束だよ!」
指きりを二人で交わす。別れを催促するように、再び携帯が震えた。
見えなくなるまでお互いに手を振る。そして見えなくなった時、らいとは一つため息をつき、再び青い空を見上げた。
「あたしの本当の名前はリライト。リライト・ウォーロック…お兄ちゃん、フィアーノを幸せにしてあげなきゃ許さないんだから。…ふふ」
おわり
うぇええええええええええええい!!!!あとがきってやったことないからやってみたかった。というかどうなるのか見てみたかった。
とりあえず私が夢で見た内容をもとにしたこのお話も終わりです。なんだかタイトルと本編があんまりあってない気がしてあれですね。裏のこともうちょっと描写したかったなぁ…。彼女らがこのあとどういう結末を迎えたかはご想像にお任せします。正解はありません。このシリーズの正式な続編の予定はありませんが、気が向いたら短編集なんかを投稿したいなと思います。




