四話
次回完結予定
「マカロンはやっぱり元気が出る魔法のお菓子だね…」
既に十個ものマカロンを完食したらいとは、満足げに柔らかい笑みを浮かべている。
「そんなに気に入るとは思わなかったよ…」
「…さ、もう行こうか」
「え?…行くの?今から?」
「うん。そうだよ?」
なにをとぼけている、と言いたげにらいとは答えた。
「だって…」
「あ、お仕事のことなら大丈夫。箱庭とこちら側では時間の流れが違って、なんていうのかな…あっちでどれくらい時間を使ってもこっちでは一秒も経ってないことになる、ってことかな」
「ふ、ふーん」
ひょい、とフィアーノを魔法陣に乗せてしまう。
「ほ、ほんとに行けるの?行くの?」
「だから言ってるじゃない、捕まっててね」
「まっ心の準備…きゃああああああああああああ!!!」
魔法陣が強く光り、次の瞬間にはもう二人はそこから…この世界から完全に消えてしまった。
「むにゃ…あと五分~…」
「…あの…」
「もう食べれないって~…」
「もう…んんー…起きろ、遅刻したいのか」
「はっ!!!!!!???って、カミハラちゃんかぁ…」
おはよう、と無愛想に言いながらもらいとは手を差し伸べて起き上がる手伝いをしてくれる。
「なんでそんなにストレイトの声真似上手いの…喋り方も似てるし本人かと思った…」
「そんなに似てた?なんとなくのイメージでやってみただけなんだけどね」
「すごい…じゃなくて…ここがその、箱庭…?」
フィアーノは起き上がって辺りを見渡した。
そこは箱庭、というにはあまりにも広々としていて開放的であった。
しかし草木は枯れかけており空も暗く、なんだか殺風景だった。
「本当はこんな悪い状態じゃなかったはずなんだけど…あいつらが何かしたのかな」
らいとは無関心そうに説明したものの、じっくりと周りを観察している。
「ここは世界そのものを司どってるから、環境が悪ければ悪いほど世界の状態は悪化する…早くマネージャーさんを助けて、あの二人をこらしめないと…」
「こらしめるって…まぁ、何がしたいのかは分からないけど…止めないとね」
二人は箱庭の中を歩く。すると、前方に大きな木が見えた。
「…これが世界樹、だよ。この世界そのものの象徴ってところかな…」
「へぇ…なんだか、元気がなさそうだね…周りもそうだったけど、この木は特に…」
フィアーノはぐるぐると回りながら樹を観察した。
「思ったより早かったですね…」
樹の枝に腰かけたままレインが言う。
「うげぇ…」
「可愛くない反応やめてもらえますか?」
「とりあえず…早くマネージャーさんを返してよ。ていうか、無事なんだよね?」
らいとがレインを睨みつけた。レインはへらへらと笑いながら樹の枝から飛び降り、フィアーノたちと目線を合わせた。
「無事と言ってしまったら少々語弊がありますかね…生きては、いますよ?」
「本当に?…証拠は?」
「ええ。なんだか誘拐犯みたいで面白いですね…この樹の中…ああ、ちょうどそこから入れますよ」
レインは樹の中央を指さした。よく見ると、穴が開いていて中に入れるようになっていた。
2人はそこを覗く。
「…っ…!ストレイト…!」
「…!ふぃあ、の…?」
樹の内部で、彼の身体は蔦に拘束された上何本かは貫通していた。血が滲んでいる。
そしてエネルギーを吸い取る様に、蔦は緑色に怪しく光っていた。
「どうしてこんなことを…っ」
らいとは唇を噛みしめた。
「世界樹はもはや自分ではエネルギーを生成できません…僕らがその器官を破壊したので。もうこの樹は彼の力を奪ってでしか保てない脆い存在…彼の命が尽きるとき…この世界樹の崩壊と同時に世界も滅びますねぇ?」
「もしかして…君たちの狙いは…!」
フィアーノの叫びにレインはいやいやと首を振る。
「まさか世界を滅ぼすなんてそんなRPGの魔王のようなことは企んでおりませんよ?あくまで『計画の準備』がそれというだけなので」
「準備…?計画…?」
「この際なので全てお話ししますよ!…僕は、そこで死にかけのストレイトさんと同じ能力を持っています」
レインはふわ、と宙に浮かんだ。
「そう、世界を再構築する力…ですが彼の物より少しだけ優れています。それは『思った通りの世界を作る力』…彼のが直す、なら僕のは造る。といったところでしょうかね?」
「な、なんでそんな力があるの…!?」
「簡単なことです。…僕がRプログラムのバックアップから生まれた複製品だから。しかもその為だけに作られたアンドロイドですから」
レインは1つウインクをすると再び地上に足をつけた。
「僕の方が彼より数倍も高機能です。なので消します。…この世界にRプログラムは二つもいらない…僕だけで充分なのですから!」
「そんなこと…!」
「もう、いいですよ。出てきても」
レインが不意に振り向く、ぞっと影が現れ、あっという間に形を作った。
「ねぇ、もう一人のわたし…死んで?」
「っフィアーノ!!」
黒い彼女が手を伸ばすと、フィアーノの足元に黒い穴が開いた。
「きゃあああああっ!!!」
抵抗する術も無く、フィアーノは真っ逆さまに堕ちていく。
「あはははは!あっけない…さぁ、キミも消してあげるよ。小さい魔術師さん」
「…っ!」
「フィアーノ?この場は任せていいですか?僕は計画の最終段階に入りたいので」
「任せていいよー」
「では、失礼します。…精々足掻いてください」
一人残されたらいとを嘲り、レインは足早にどこかへ行ってしまった。
「さ、始めよっか。多分そんなに時間は無いと思うよ?」
「分かってる…あんたたちを倒して守ってみせる!」
暗い、暗い。いや、もはや暗いのかすら分からない。
あたりは闇に包まれていて、何も見えない。
わたしは死んだのだろうか。ここが死の世界というものなのだろうか。
想像していたよりも何もない。もっと天国なら煌びやか!地獄ならマグマが!とかいうのかと信じていたのだが。
…これからどうすればいいのだろう。
結局目的も果たせないままこんなところに来てしまった。
「帰りたいなぁ…」
独り言も漏れる。声が響いて余計に空しくなった。
「帰っていいんだよ?」
「え?いいの?やったぁ・・・・・・・へ?」
「だから…帰っていいんだって…」
「…誰?」
いつの間にか自分の独り言に返答してくる者がいた。
「誰って…私だよ私。顔上げて。前見て、前。」
言われるがままに顔を上げるとそこには…十歳くらいの金髪の少女が笑顔を浮かべていた。
わたしはこの子を知っている。
いや、初めて会う人だ。でも、直感がそう言っていた。
「おねえ…ちゃん…?」
「…初めまして、フィアーノ。会いたかった」
少女はにこりと微笑んだ。わたしは思わず涙を零す。
「お姉ちゃん…!」
強く、強く抱きしめた。何も言わず彼女は肩を撫でてくれる。
「私はフランソワーズ・ガーヴェルノ。フランって呼ばれてたかな」
優しい声色でフランはそう言った。
「どうしてお姉ちゃんがここに?」
「それを聞きたいのは私。どうしてフィアーノがここにいるの?…君、まだ死んでないのに」
「え?死んでないの?」
「ばっちり生きてる。心臓動いてるし、足透けてないし…」
フランはため息をつきながら己の透けた足を見つめた。
「そ、そうなんだ…!早く帰らないと…!」
「何かあるの?」
「話せば長くなっちゃうなぁ…!とにかく、色々あるの!」
わたしがあぁあと唸ると、フランはくすっと笑った後切なげな表情になった。
「じゃあ、あまりゆっくりお話もできなさそうだね」
「…そう、だね」
わたしも俯いてしまう。
「フィアーノ。こんなこと言うのもおかしいけど…来てくれてありがとう。会えてうれしかった。」
「わたしも…!お姉ちゃんに会えてよかった!」
「ふふ…じゃあ、私が元の世界に返してあげる。その前にいいこと教えてあげよっか?」
「いいこと?」
フランは手を優しく握った。
「この世界に悪い人なんていないの。でも、時には意見とか考えの違いで相手が悪い人に見えるかもしれない。そんな時は攻撃せずに、受け入れてあげて?」
彼女はにこっと笑う。その瞬間、光に包まれた。
「待って…!お姉ちゃん…!」
「ばいばい。」
光の眩しさで、わたしは気を失った。
「強い…!」
らいとは汗を拭う。魔術で防御しているものの、相手の力量は相当なもので既にダメージを受けた服は破れかけている。
横目でストレイトの状態を確認するも、どんどん衰弱しているのが目に見えた。
「よそ見してちゃダメだと思うな!」
「うっ・・・!」
その隙に腹に蹴りを入れられ、蹲る。
「じゃあね小さな魔術師さん。さよなら」
覚悟を決め、目を閉じたその時。
「待ってぇええええええええええええ!!!!」
「!?」
空から女の子が…フィアーノが降りてきた…落ちてきた?
「どわぁああああああああああ!!!!!?!?!?!」
「ぎゃあああああ!!」
そのまま黒い彼女と激突。二人の悲鳴(同じ声)が響いた。
「フィアーノ!生きてたんだ!」
「生きてるよ!お待たせ…!」
2人はハイタッチを交わした。よろけながら彼女も立ち上がる。
「君たち…あんま調子に乗らない方がいいよ…?」
「うへぇ…まさか激おこ?」
どす黒いオーラを出す彼女に、思わずたじろぐ。
「二人まとめて消してあげる!」
彼女は影からマイクを創り出し、手に持った。
そして歌ったと思えば、そこからは音の波動弾が発生した。
「きゃっ…!そんなのあり…?」
「音楽の負のエネルギーだね…」
らいとはバリアを展開しながら解説する。
「ねぇフィアーノ…知ってる?裏世界ではね…表世界と逆のことが起こるの」
彼女は悲しい笑みを浮かべていた。
「つまり表では大人気のフィアーノはね…裏では誰からも愛されない不幸な少女なの!誰もわたしを愛してくれない…わたしは…ずっと一人なの!」
波動弾の衝撃が増した。
「君が妬ましくて仕方ないの!わたしが、わたしが表側の君だったら!逆の立場だったら!そう思うだけで気が狂いそうなの!」
「…そんなの間違ってるよ」
フィアーノがぼそりと呟く。バリアの外に出て、彼女に向かって一歩ずつ歩く。
「フィアーノ?!何してるの!?危ないよ」
「ごめんカミハラちゃん…!止めないで」
波動弾を真に受け、フィアーノのカチューシャは飛んだ。顔にも傷ができている。
「何がしたいの…?」
動揺する彼女をよそに、フィアーノは歩み寄る。
「こ、来ないで…!何なの!?わたしが、そんなに気に入らないの!?」
「そんなことないよっ!!」
フィアーノの強い声が響いた。
「君の気持ち…とってもわかる…もし、君がわたしなら…わたしも、同じことをしてたかもしれない」
「わかったふりなんてしなくていい!早く消えてよ!」
「消えない…君がそんな思いを抱えたまま、生きていくなんて認めない」
フィアーノは、優しい笑みを浮かべた。
「君はわたしなんでしょ?今ここでわたしを…もう一人の自分を消したら、きっと後悔するよ。だからそんなことさせない」
「うるさい…!」
もう、目の前の距離まで来ていた。
「歌はね、人を幸せにできるんだよ」
影でできたマイクをひょい、と拾い上げると、フィアーノは歌を歌った。
それは、小さい頃母がよく聞かせてくれた子守歌だった。
綺麗な歌声に、彼女も、らいとは思わず手を止めた。
世界樹さえも、その歌声の虜になっている気がした。
彼女の瞼から雫が一つ落ちた。
それを見たフィアーノはまた優しく微笑んだ。
「…わたしの負けだよ」
彼女はそう呟くと、影のように地面に溶け込んでいった。
「もう時間がないね…急がなきゃ」
フィアーノが背を向けたまま言った。
「そうだね…多分あの鬼畜敬語はこの先にある祭壇に行ったんだと思う…」
「じゃあその祭壇に行こう!」
「ごめん、先に行っててくれる…?」
「え?」
フィアーノは驚いて振り向いた。目を腫らしているのがばっちり見えた。
「すぐ行くから。」
「…わかった!」
フィアーノは指した方向に走り出した。姿が小さくなってから、らいとは樹の中央に近寄る。
「…っ…君、は…?」
気配を感じたのか、ストレイトが問いかけた。
「あたしは…」
「フィアーノを…ここに…連れてきてくれた、のか?」
言葉を遮られたことに驚き、らいとは俯いた。
「…うん」
「すまない、な…他人まで巻き込んで」
ストレイトは力なく笑った。すると、らいとはその手を握る。
「…?」
「絶対…助けるから…」
「え…?」
「絶対…ねぇ、白雪姫にかかった呪いはどうすれば解けると思う?」
「な…何の話だ…?…っぐ…」
意識が遠のくのか、目を固く閉じてしまったストレイトを悲しそうに見つめながら、らいとは一つ深呼吸した。
「…大好き」
そっと、彼の頬に唇を落とした。
「…」
いつの間にかストレイトは意識を手放していたようだった。
「…さて、らいとの本気…あいつにぶつけてやるんだから」
身長が倍ほど伸びた、もはや少女とは言えない、一流の魔術師は世界を救うため、大切な人を救うため祭壇へと向かうのであった。




