三話
「あっち側…裏世界の、フィアーノってこと?」
らいとは睨み付けたまま問う。
星空も周りにあった建物も消えて、ここが元居た空間ではないことを認識させられる。
「どうして裏世界の人間がこっちに来ているの…?あんたの目的は?」
「それを答えて何になるの?とにかく、君たちはわたしにとってすっごく邪魔だから消えてほしいんだけど」
黒い少女は退屈そうにツインテールを指先でくるくると弄ぶ。
「特にもう一人のわたし…ほんっと邪魔なんだよね…放っておいたら何されるかわかんないし、消えてもらわなきゃ困るんだよねぇ!」
少女は手に持った銃で再びフィアーノを打ち抜こうとした。フィアーノは間一髪のところでそれを避ける。
「…これでどう?」
「っ…!」
突然、少女と2人の間に火柱が上がる。
「魔術…!?」
フィアーノは驚いて、隣で魔導書を広げるらいとに目を向けた。
「最初の一撃の時からずっと脳内で詠唱してたんだけど…あたしは弱いから、こんなにタイムラグがあるんだよね。ごめん」
「謝らないで!…すっごい…」
炎の先で、少女は憎悪に満ちた表情を浮かべる。
「なんでおとなしく死んでくれないの!?」
「わたしも聞きたいんだけど…なんでこんなことするの?…ストレイトをどっかに飛ばしたの、君なんでしょ?」
フィアーノも珍しく敵意の通った視線を少女に向けた。少女はぽかんとした後愉快そうに笑う。
「なーんだ。知ってたんだ。でもね、わたしは手を貸しただけだもん。…彼にね。」
「彼って…」
フィアーノが聞きかけたその時、背後に邪悪な気配を感じた。ぶぅん、と音を立てて、らいとの魔法も消え去った。
「…魔術が…!?」
「喋りすぎですよ」
「ごめんごめん。つい口が軽くなっちゃった」
気配のあった方を振り返ると、そこには白髪の少年が立っていた。
「今度は、ストレイトのそっくりさん…?」
フィアーノが呟くと、少年はにっこり笑った。
「貴女がこちらの世界のフィアーノですか。お目にかかれて光栄です…ああ、僕はレインと言います」
レインは笑みを張り付けたままフィアーノに近寄る。
「何が狙いなの…?」
らいとが尋ねた。
「…ああ、僕たちのことを盗み見していた子ですか」
「っ、気付いていたなら何か動きを見せればいいのに」
「貴女なんて脅威にはならないと思いましたからね。だって僕は感じ取れましたから…貴女にかけられた『呪い』をね」
「呪い!?」
フィアーノがらいとの方を見ると、らいとはバツが悪そうに俯いた。
「そんな体じゃあ十分に魔術も使えないでしょう。さっきの魔術も現に僕が少し空間を弄っただけで、すっかり消え失せてしまいましたしね」
レインは嘲笑した。らいとは悔しそうに拳を強く握っている。
「そういう訳です。…しかし、少し貴女たちに興味が出てきました」
「レイン、奇遇だね。わたしもだよ」
彼女がふふっと笑う。
「本来なら我々にとって不都合な存在であるあなたたちを今ここで消し去る予定でしたが…いいでしょう。チャンスを与えます…世界樹の箱庭でお待ちしておりますよ。勿論辿り着けたらの話ですがね…」
では、と言い残して二人はすっと消えてしまった。異様な空気が漂っていた空間は元に戻り、星空がフィアーノたちを再び迎え入れた。
「らいと…」
「何?」
「…聞いていいのか、分からないんだけど」
「呪いのことでしょ?」
少し苛立った様子でらいとが言った。フィアーノは静かに頷く。
「簡単なこと…あたしは、ここに来るまでに呪いをかけられたの…一瞬だったから、誰にかけられたかは分からないけど…それであたしは、魔術を使うのに消費するエネルギーも、そして魔術の質も。下級そのものになったの」
らいとは俯いたまま語りだした。
「自慢、みたいになっちゃうけど…あたし、お兄ちゃんに会うために、沢山魔術の勉強して、練習して。…町一番の魔術師だ、なんて言われてた時もあったの」
「…」
「呪いのせいで上手く魔術が使えなくなって、あたしは自信をなくして、魔術を使うどころか本を読むのすら怖くなって、性格まで…暗くなって。…駄目、だよね。こんなのじゃ、お兄ちゃんに合わせる顔が無いよ」
らいとは静かに涙を零した。
「でも、フィアーノに会ってさ、フィアーノと話しているうちに分かったんだよね。あたしは自分から逃げてるだけだって。全部呪いのせいにして、勝手に自己否定して、そんなのってきっと…ただの言い訳なんだって」
「カミハラちゃん…」
「だからあたし、もう迷わないことにした。…マネージャーさんを助ける、ついでに…お兄ちゃんも」
「えっ?」
フィアーノが驚いて顔をあげると、そこには覚悟を決めた少女の姿があった。
「これでも元一流魔術師だからさ。なんていうのかな…その、『人の気』みたいなの感じることができるんだけど、ここにお兄ちゃんは…いや、この世界にお兄ちゃんはいないの。だからきっと、居るとしたら箱庭…感覚がそう言ってるんだよね」
「そう、なんだ」
「勿論マネージャーさんを助けてから、だけど」
らいとは笑っていた。それにつられてフィアーノも笑う。
「じゃあ、もう帰ろっか。夜も更けてきたし。女の子二人じゃ危ないもんねー?」
「そうだね。帰ろう」
「うーん…」
「おはよー…ってカミハラちゃん、もう起きてたんだ?」
「…あ、フィアーノ。おはよう」
部屋の隅に魔法陣を書き、イメージ図とにらめっこしながららいとは唸っている。かれこれ起床してから三時間、ずっとこの調子である。
「やっぱり、行ったことない場所にリンクするのは難しい…ごめん。急ぐけど時間はかかるかも…」
らいとはしゅんとした様子でつぶやいた。
「ねぇ、カミハラちゃん」
「な、なに?」
「カミハラちゃんって…ほんっとお兄ちゃんのこと好きだね?」
「ふぇ!?は!?きゅ、急にどうしたの?」
顔を真っ赤にして振り返るらいとに思わずフィアーノは噴き出す。
「だって~。昨日も寝言でずーっとお兄ちゃんのこと言ってたよ?」
「うっっっそだぁ…」
「嘘じゃないよ~。なんなら今晩録音してみる?」
「あああああああやめて!!!!!!!!…し、しにたい…」
らいとは頭を抱えたまま蹲ってしまった。
「ごめんごめん。…こんなこと聞くのは変かもしれないけど、どうしてそんなにお兄ちゃんのこと好きなの?」
らいとは蹲ったままうーんと言葉を詰まらせたが、一つ一つ言葉を紡ぐようにしゃべりだした。
「…あたしの面倒見てくれた恩があるってのもだけど、なんだろう、こう…その…えっと…」
「…なに?」
「……」
気まずそうに黙り込んでしまった。どうしたものかと考えたあと、フィアーノはぴこーんと豆電球が浮かびそうな思い付きをした。
「話してくれたらマカロンあげる」
「…何個?」
「10個でどう?」
「う…もう一つ条件。絶対引かないこと。」
「大丈夫。わたしは心の広い人間だから」
いつの間にか体育座りで背中を向けるポーズに変形していたらいとは静かに頷いた。そして一拍置いた後、
「顔が好き」
「…へ?」
「声も好き…っていうか性格も好きだし、なんていうかこう人間として?男性として好きっていうか!いや、ダメなのは分かってるよ…兄妹は結ばれない運命にあるって!禁断の恋だって漫画にも書いてあるしそもそも法律が邪魔だしお兄ちゃんはあたしのことそんな目で見てるわけないのにでも好きだしなんでお兄ちゃんのこと異性的に好きになっちゃったのかわからないんだけどどう考えてもこれはライクじゃなくラブの好きだって気付いてしまってからもうどうしようもなくなって気付いたら本棚が禁断の兄妹愛の漫画ばっかりになってて…ああぁ…」
「…」
「引いたよね。うん。しにますね」
「引いてないよ!?!?!?!?ちょっとびっくりはしたけど!!」
しにたいオーラを全面に出しながららいとはゆっくりとこちらを向いた。早口でまくし立てたからか内容が内容だったからかは分からないが顔は紅潮している。
「なるほどね…また一つ新しい世界を見た」
「忘れてくれた方が人生に支障をきたさないと思う…ってあれ?」
「どうしたの?」
「ま、魔法陣が光って…リンクに成功したみたい」
「えええええええええ!??!!?!?!?!?!!?」
フィアーノは上半身まるごと仰け反った。
「ど、どういうことなの…あたしのお兄ちゃん愛が道を切り開いたの…?へへ、お、お兄ちゃんが助けてくれたのかなぁ~…?」
「か、カミハラちゃん?神原らいとさん?」
「待っててお兄ちゃん…今助けに行くから…ふふ…」
一回全てをさらけ出したらいとは、もう本性を隠す気などさらさらないようだ。
「カミハラちゃん戻ってきてぇ!!!」
「あっ…ごめん。どうする?ここで腹を切るべき?それとも首つりのほうがいいかな?でもそれ遺体の処理大変か…」
「死ななくても大丈夫!!!落ち着いてって言いたかっただけ!…とりあえず今は入り口が開いたことを純粋に!喜ばない?」
「そ、そうだね。マカロン頂戴。」
「あっしっかり徴収するんすね…わかった。持ってくるから待ってて。」
うん、とらいとは頷いた。部屋を出るとまたちょっと不気味な笑い声が聞こえてきたような気がするが気のせいであろう。そうであってくれ。
「ヤンデレ属性のガチ恋ブラコン妹か…へぇ…世界は広いなぁ~…」
フィアーノの独り言は誰にも聞かれることなく消えていった。




