二話
朝を迎えて、カーテンの隙間から光が零れて部屋に差し込んだ。
らいとに毛布をかけたあと、結局フィアーノもそのままソファにもたれかかったまま眠ってしまった。
「腰いたっ…うう、もう若くないもんねぇ…ついに十代終わっちゃったし…」
「…フィアーノって、もう19歳以上なの…?」
「うんうん…もう成人式出れ…うわぁああああああああああああカミハラちゃん起きてるなら言ってよ!」
「ごめん…」
まだ眠いのか目を擦りつつらいとは欠伸をした。
「フィアーノ、今日のお仕事はないの…?」
「今日はオフ!」
「よかった…昨日の話の続きができるね」
「うん!」
「…ごめんね、急に寝たりして。…もう数年、ほとんど会話とかしてなかったから…慣れて無くて…」
「大丈夫だよー!少しずつ慣れていこうね」
「はい…」
らいとは俯いたまま唾をのんだ。
「ところでフィアーノ…その…図々しいんだけど…」
「なにかな?」
「…マカロン、まだある…?」
「…と、いうわけで…昨日の話の続きをするね…」
女子二人で、丸い机を囲んでいる。
机の上にはピンクのテーブルクロス。マカロンの入った籠、あったかい紅茶。
「…お茶会みたいだね…」
「だね…言っておくけど、これから話すのとても明るいものじゃないってことは理解してね…?」
「なんとなくそれは感じ取ってるよ…」
「…なら大丈夫、始めるね。…まず、一昨日の夜。あたしはシリエの一角を歩いてたの。」
お兄ちゃんを探すためにシリエに来て初めての日だったから、泊まれるような場所を探して。
そしてしばらく歩いてたら、ギン、と物音が聴こえたの。
あたしは不審に思って、音の方を隠れながら覗いてみたの。…そしたら、不審な二人組がいて、この帽子だけがそこに落ちていた…
「それで…この帽子を拾ったときに、声が聞こえてきたの」
「声が…?」
「うん…『忘れないでくれ、フィアーノ』って」
「…!…それで、わたしを」
「そうなの…」
「そんな…」
フィアーノは顔を覆った。
「…あたしの推測だけど、マネージャーさんはその二人組によって、『この世に存在していた事実そのものを消された』んじゃないかな…」
「そんなことができるの?」
「…魔術ならね」
「魔術…」
「…マヨネーズ星、実は二つに分けることができて。一方は今あたしたちのいる表世界…そしてもう一つは、裏世界」
「裏世界!?」
動揺したフィアーノが机をたたく。紅茶の水面が微かに揺れた。
「表と裏。互いに干渉もできなければ、『認知』すらできないはずなの、本当なら。…そしてその間にある無の境地…それが世界樹の箱庭」
「世界樹の…箱庭…?」
「…そこにあるものは、全てが無と同等になる。…理由は分からないけど、彼はそこに飛ばされたんじゃないかな」
「…」
「…ご、ごめん。難しいよね」
「ううん…大丈夫、三割分かった」
「三割…まぁ、いいや。でね、多分例の二人組は裏世界からきたんだと思う…」
そこまで言ってらいとはぐったりとしてしまった。話疲れたようだ。
「…ありがとう、お疲れ。…マネージャーは、ストレイトは助けられるの?」
「…ごめん、断言はできない。…でも、手はないこともない」
「…それは?」
「簡単な話だよ。世界樹の箱庭から彼を連れ戻せばいいの」
らいとはまっすぐ、陰りの無い目でフィアーノを見た。
「…できるの?」
「魔術ならね」
少し悪戯っぽく笑った。しかしすぐいつもの真顔に戻ってしまう。
「でもあたしは下級だから、使える魔術も少なくて。あたしの魔力でできるかって言われたら、微妙」
「そう、なんだ」
「まず…世界樹の箱庭のイメージを強く持たなきゃいけないし、そこから魔法陣を創って、空間と空間をリンクさせて…あ。わかる…?」
「う…ん」
「はぁ…まぁ、分からなくてもいいよ。…とにかく、すぐにはできない」
「そっか…そうだよね…というか、手伝ってくれるの…?」
「…マネージャーさん、心配だし。お兄ちゃんはきっとシリエのどこかにいるし…」
そう言ってらいとはマカロンを一つ口に入れた。飲み込んだ後紅茶を流し込み、荷物をまとめる。
「あ、あれ?どこいくの?」
「イメージ探し、かな…箱庭の。」
「わたしも行っていい?」
「いいけど…そんなに面白いものでもないよ…?」
「うん…わたしもなにか手伝えることがないかなって」
「ありがとう。ついてきて」
そうして二人で向かった先は、シリエ一の図書館であった。
「お待たせ…」
「うわぁあああ!?すごい数だね!」
「世界樹の箱庭に関する書物を全部くださいって言ったらこんなことに…」
両手にいっぱいの本を抱えながら、らいとが席に着く。
「…で、何をすればいいのかな?」
「空間魔術…漫画っぽく言えばテレポート?を使うには、行きたい場所を強くイメージする必要があるの…あたしもフィアーノも箱庭には行ったことがないから、まずはイメージを造らないと」
「ふ。ふーん」
「だから二人で手分けして、この書物を参考にイメージ図を作りたいんだけど…フィアーノ、絵は描ける?」
「ひ、人並みには」
「じゃあ大丈夫。イメージ図に特別な画力は必要ないから平気」
「…カミハラちゃん、なんか生き生きしてきたね…?」
「本の虫だったからね。今でも本を読むとちょっと元気になるよ」
そう言いながららいとは本の情報を手早くメモにまとめ始めている。負けじとフィアーノもがりがりと書き出していく。
「できた」
「は、はやい…!カミハラちゃん何者!?わたしも負けてらんないね!」
5時間程が経過し、すっかり日は暮れていた。
「か、完成したぁ~・・・・・・・・・・・もうだめ」
「お疲れ様…これで、イメージ図は完璧」
完成した図をらいとはキラキラした目で見ている。
「うぅ~…もう五年は本読みたくないなぁ」
「帰ろう。」
「うぃ~…ってカミハラちゃん。うちに泊まっていきなよ~」
「で、でもこれ以上迷惑かけられないよ…」
「元々二人で住んでたから!それに…なんというかその、寂しいんだよね、一人は」
フィアーノは、満天の星空を見上げながらつぶやいた。その言葉にらいとはハッとする。
「あたしも…寂しいな。」
「カミハラちゃん…」
「ずっと一人で…考えたことも無かったけど、あたし…寂しいんだ…お兄ちゃん…会いたい…」
透明な涙が星の光できらめいた。
「…会えるよ。信じてれば…きっと。」
「…」
夜の中に、少女が二人。ふと、空気が変わった。
「…っ、フィアーノ避けて!」
「ふぇ?!」
突然らいとがフィアーノを押し倒す。その瞬間、頭上を光が通っていった。
「…何するの、危ないよ」
らいとはすぐ起き上がって光の発現元を睨み付ける。
そこに立っていたのは黒い女…フィアーノに、瓜二つだった。
「危ないよ、じゃないでしょ?なんで当たってくれないの?」
「わ、わたし…?」
フィアーノの目を見て、黒いフィアーノは鼻で笑った。
「はじめまして、「こっち側」のわたし…わたしは、「あっち側」のフィアーノだよ?」




