小説家のパートナー
チャイムの鳴り響く校舎の廊下を急ぎ足で歩く。いつも通りなら今頃、部室で部活動に励んでいる時間なのだけれど、先生からの頼まれ事を片づけていたら遅くなってしまった。
部室のドアを開けると、ふわりとどこか懐かしい匂いがした。ふと教室の奥に目をやると、窓際の席で椅子の上に体育座りをして本にかじりつくようにしている女の子がいる。
艶のある黒く長い髪、制服から覗く透き通るように白い肌、触れたら折れてしまいそうなほど華奢な体をしている彼女に一瞬見惚れてしまった。
「おはようございます。すみません、用事を片づけていたら遅くなりました。」
「……」
返事はない。
「おーい」
「……」
やはり返事はない。
「どれだけ夢中になってるんですか……」
なかば呆れながら夢中で本を読んでいる彼女の正面に立ち、上から顔を覗き込んだ。
「何を読んでいるんですか?」
「ひいゃうっ!?」
彼女から変な声が出た。
「ちょっ、ちょっと何するの!?いきなり顔を覗かせたらびっくりするでしょう!」
「すみません、挨拶はしたんですけど。随分、読書に夢中になっていて気づいてくれなかったのでつい」
「つい、じゃありませんっ!気づかなかったのは悪かったけど今度からはもっと普通に……」
「はいはい、わかりましたよ」
彼女は僕の一個上の先輩で、僕が所属している文芸部の部長である。その容姿から学校内でも密かに人気があるようで、去年の学祭で発行した部誌は飛ぶように売れた。主に男子に。
空いている席に荷物を置き、筆記用具と原稿用紙を取り出す。それを見ていた先輩は、先ほどまで座っていた席を立ち、僕の目の前の席に座った。
「今日はどんな物語を書いてくれるのかしら!」
部活の活動とは別に、短い物語を書いて先輩に読んでもらっている。他にも決められたキーワードをアイディアとして即興で書いたりすることもある。幼い頃から作家になるというのが僕の夢で、そのための訓練のようなものだ。
「それは書き終わってからのお楽しみです。それより、さっき読んでた本ってどんな本ですか?」
「最近出て話題になってる編集者と小説家の恋愛小説よ。まだ途中までしか読んでいないけれど」
「へえ、編集者と作家の恋愛ものか。なかなか興味を引きますね」
「そ、そうね……」
ぎこちない返事をした先輩の方を見るとなぜか顔を赤くしていた。そういえば、先輩はご両親が現役の編集者だと聞いたことがある。先輩自身も編集者を目指しているとか。
「先輩も将来結ばれるとしたら、小説家と結婚したいんですか?」
「ずっと側で面白い物語を読み続けられるし、それもいいかもね」
「じゃあ、僕が先輩の小説家になりますよ」
「……え?」
先輩の顔がとても真っ赤になった。トマトみたいだな。
「冗談ですよ。そういえば、今度の部誌の締切っていつでしたっけ?」
「……」
「先輩。せんぱーい。せ・ん・ぱ・い。部誌の締切って・・・・・・」
「……した」
「え、何ですか。聞こえなかったのでもう一度言ってください」
――――
「明日よ!君の締切は明日なのよ!!わかってるの!?」
「もうすぐ書きあがりますから。その辺に座って待っていてください。」
仕事場に響く綺麗な声。艶のある黒く長い髪を後ろで結び、それとは対照的に透き通るように白い肌、スーツの上からでもわかるほど華奢な体をしている女性が声の主である。
声の主はムッとした表情で執筆作業をしている僕のデスクの前に椅子を置き、スーツ姿にも関わらず椅子の上で体育座りをして、デスクに置いてあった僕の作品をパラパラとめくっている。とても余所では見せられない姿だが、本を読んでいるうちに表情が柔らかくなっていた。
――彼女は小説家である僕の担当編集者で、大切なパートナーです――
今まで読むばかりだった物語。初めて自分で書きました。至らぬ点は多々あると思いますが読んでいただければ幸いです。感想やアドバイスなどもお待ちしております。