【2d昼】位を取ったら位の確保
「それじゃ、占い師は一斉に結果を発表してください……あ、浮田先生、右手を挙げていただいて」
吉脇が引き続き場を仕切っている。
「はい、せーのっ!」
「白」
「村人ぉ」
矢口は吉脇を、浮田は水落を指していた。
「先生違います、村人かもしれないけど狂人も白なので、そこは断定できません」
「あっ、そうか。すまんすまん。冴えんなあ」
浮田は突っ張った腹をポコンと叩いた。
「矢口くんからあたしが白。浮田先生から水落くんが白ね。ちなみに占った理由を教えてください」
「自分は昨日言った通りッス。ブラフとかチャフったけど。ぶっちゃけ吉脇先生が白って意外だったス」
ちゃんと顔を合わせるのはこの場が初めてだが、いかにも矢口らしい、と菊地は思う。自分以外は他人、というごくごく当たり前の事実の上で、いかに他人を値踏みし、場合によっては蹴落とすか。それが将棋指しの本然であり、そういう意味では矢口は三段とはいえ既に立派な将棋指しだ。
「わしはねえ」
のんびりと浮田が言う。
「あの……わしの現役最後の対局でね、記録取ってくれてたのが水落くんやったから、なんとなくね」
「はぁぁぁ?」
今度は呑み込めなかったらしく、吉脇が叫ぶ。
「え、あの、浮田先生、怪しいとか、ここの色見たいとか、そういうのじゃなくて、ですか?」
「うーん?わしはようわからんから、水落くんの淹れてくれたお茶がうまかったなあ、なんて思い出したりして。白で良かった」
良くないだろう。とはいえもう出てしまった結果は結果だ。現時点で占い真贋はどう考えても矢口のほうが占い先もその根拠も一理ある。65歳で初人狼ゲームの浮田に多くを求めるのは酷かもしれないが、これでは信用差が笑えない事態になってしまう。無論、それらしい偽もいれば、不慣れな真もいるわけで、冷静に考えれば、まだ……評価値で言えば矢口+100といったくらいか。
「うー……」
こめかみを揉みながら吉脇が唸る。
「霊能者は出てほしいかな」
「はい!」
まるでその時を待っていたかのように手が上がった。
「うちが霊能者です」
堤愛奈が、覚悟を決めたような面持ちでどこか一点を見つめていた。
「対抗は?いるなら今ここで出てよ!」
吉脇が圧をかけるが誰ひとりとして反応はない。確霊だ。
「結局2-1ですか……役職なんてものは単なる道具にすぎないんだ。そのことさえ忘れなければ、たぶん正気をたもてるだろう」
来島が茶々を入れる、というか、本人はそれを茶々と思っていないのが気に障る。
「それじゃ、愛奈ちゃん。霊結果おねがい」
「吾妻さんは白でした」
やっぱりな、という空気がそこはかとなく充満する。それはそうだ。吾妻が狼だと思って投票した者などまずいないだろう。
「4縄3人外、ノーミス進行じゃないけど、もう実質ミスは出来ないよ。ちょっとまとめようか」
浮田視点
偽:矢口
霊:堤
白:水落(山井、吾妻)
灰:菊地、佐久間、来島、吉脇、鬼生田、川本
矢口視点
偽:浮田
霊:堤
白:吉脇(山井、吾妻)
灰:菊地、水落、佐久間、来島、鬼生田、川本
灰視点
占:浮田、矢口
霊:堤
臼:水落、吉脇
白:(山井、吾妻)
灰:菊地、佐久間、来島、鬼生田、川本
菊地視点
占:浮田、矢口
霊:堤
臼:水落、吉脇
白:菊地(山井、吾妻)
灰:佐久間、来島、鬼生田、川本
(これまた面倒くさいな……)
菊地は額に手を当てた。昨日と違って、今日からは正真正銘身内同士の殺し合いになる。おそらく占いも自由続行だろう。ふと見れば南風原会長はニコニコしながらチョコパイをかじっている。山井のあの去り際を見てこの男は何を感じたのか、否、何も感じていないのか……。
「とりあえず、今日の吊りは昨日みたいなことにならないので、っていうかしてはいけないので、各自とにかく喋りましょう」
具体的な表現こそしないが、吉脇もさすがにわかっている。色々な意味で初日は儀式に過ぎなかった。「将棋ムラ」のひそやかな結束を再確認する、というだけの。
「えっと、現状、全視点で灰にいるのがフミくん、マサルさん、来島さん、鬼生田くん、川本さん。まずそのあたりから」
「あのー……でも」
鬼生田が手を挙げる。
「水落先生と吉脇先生も片方の占い師から白を出されただけですよね?どちらかは確実に白で、どっちも白って可能性もありますけど、たとえば、白囲いでしたっけ、初手で人外が仲間に白出しするっていうのは」
「でも鬼生田くんは真狂説を採っていたんじゃないの?それだとけっこうなレアケースに思うけど」
佐久間が突っ込んだ。何だかんだで未経験勢もルールや用語を把握してきている。嘘みたいな話だが、将棋指しには「バックギャモンのルールを教わったその日に先生に勝ってしまった」「チェスを始めて半年でレーティング日本3位になった」なんていう手合いはごろごろいる。「パチスロの『リーチ目』という概念がなかった時代にそれを発見、解析」という伝説まである。
「あの、そうなんですけど、片白と灰を分けるべきじゃないと思うんです。まだ横一線というか」
「わかった。じゃあ、あたしと水落くんも含めてでいいよ。どうする?また指名する?」
気がついたら吉脇はずっと立っている。学級委員長ぽいんだよな、こいつ。どこか怯えているくせ、冷静に場の空気を読んでいて、押すところ引くところをわきまえている。逆か。場の空気を読んでいるからこそ、常に怯えているのか。その裏返しが時折出る強い言動なのかもしれない。
「小生思うに」
来島が腕を組んで発言する。
「占い真贋はまだ判じ得ないが……心証としては矢口氏に軍配が上がろう。盲信するわけではないが、吉脇氏はほぼほぼ白で良いと存ずる。何故ならば、狼の立ち回りとしてあまりに目立ち過ぎるからだ。無論、それを逆手にとってということも考えられるが、ここまでのところ吉脇氏の行動は完全に村利である。よい灰とは灰の才幹を生かせる人を言うのです」
「自分的には間違いなく白ッスから、あんまり吉脇先生で時間を使うのもどうかなって思うスけどね」
矢口がジャケットの袖をボリボリ掻く。
「しかし、投票先からどうこうっていうのも見えねえもんなあ」
菊地は腕を組む。そして言葉を続けた。
「ただ、変則ルールにしても明らかにおかしい点がひとつある」
半分くらいが「え?」という表情、残り半分が「だよね」という顔。
「このゲームでは『初日にかぎり』人狼が相方を知れないというハンデがある。なのに、結果は満場一致で吾妻さんだ。だが、これってどう転んでも読めた結果だよな?この面子でさすがに初日から票が割れるってことはないだろうし。そこは会長が吾妻さんを合法的に追放したかったのかどうかわからんが、ひとつ言えることは、CO含めた初日の立ち回りは人狼同士もほぼ素だった、ってことだ」
「なるほど」
隣で川本が小さく頷く。
「とはいえ、吾妻さんが人狼でもない限り、っていうか実際白だったが、これは人狼陣営にとって大きなプラスだ。逆に言うと、相方を知ってしまった今日からの言動に注目すべきだと思う。昨日と比べてな」
「あの」
川本が挙手。
「僕は夜の行動が最後だったので、皆さんが帰ってくる時の様子を伺ってたんですけど、堤先生の表情がちょっと硬かったかな、くらいで……でも今となればCOを控えた霊能者なら想定内かなって。あと鬼生田くんがまだ緊張気味だけど、彼、例会の日でもあんまりリラックスしてる印象はないから」
「そういえばオニはやたら占いにこだわってるけどさ、真贋はついてんの?」
膝を組み替えながら矢口が訊く。
「わかんないよ……正直、ヤグが本物っぽい。でも浮田先生がいくら未経験者でも狼ならそんな事故は起こさない気がする」
久しぶりに名前の出た老棋士は相変わらず起きているのか眠っているのか、腹の上で組んだ手が静かに上下していることから生きているのはわかる。
「本当は、ヤグが真で、吉脇先生も白だったら良いなって思うんだ。慣れてるし、頼りになるから。でも、自分に都合の良い思い込みを通すのは怖い。今のところ、出方くらいでしか判断する要素がないし、占い理由もヤグのはわかる。浮田先生のは……理由は措いといて、水落先生があんまり黒っぽくないっていうのもある」
「水落くんが黒っぽくない、っていうのは?」
吉脇が前傾姿勢になる。
「いや……何となく、です」
引っ込んだ鬼生田に代わり、川本が発言する。
「水落先生に関しては、パッシヴって言いましたけど、もし人外を引いていたら同陣営のわからない初日はもっと極端に怯えると思うんです。それこそ重寡黙になるか、あるいは逆転して挙動不審になるか。けど、先生はわりと通常運転でした。白っぽいとまで思いませんが、黒っぽくないとは僕も思います。言い方が変かもしれないけど自然に重いというか」
「灰で言うと……」
堤が多分無意識だろう、頬のニキビを触りながら言う。
「うちは川本さんは白いかなって思います。理由としては、序盤から情報をどんどん開示してくださって、推理する材料を場に与えているので。近い意味で、菊地先生もやや白目で見てます」
「自分は正直オニが怪しいッスね。占いにばっかり目が行ってて、灰を注視してない。真贋を確かめようとしてる狼はあると思うス。あ、ちなみに対抗……浮田先生は狂目で見てます」
矢口の言っていることはわかる。ただ、序盤から占いに目が行くのは狩人の可能性もあるのだが……。思考が袋小路に入ってしまって、菊地は呻いた。ウィスキーを寄越せ。
「小生は、吉脇氏の御見識も拝聴したいのだが」
来島がはちみつキンカン黒酢のど飴の包装を破りながら言う。よりによってそのセレクトか。らしいと言えばらしいが。
「あたしは……正直白が飽和してるかなあ。川本さんは明らか白いし、フミくんもそれなりに意見を開示しながら場を回してるし。他もこれといって黒っぽくない。強いて言えば来島先生のあたし以外の灰への御見識も拝聴したいところですけど」
「お言葉ですが、俺はオニがやっぱ引っかかるッス。占いが気になるのは狩ってセオリーもあるスけど、オニの場合、位置調整してるようには見えないし、特に初日のあの拘り方はちょっと有り得ない。相方がわからない中で必死になってる狼に思えるんスけど」
「いやいやいや!ヤグ!なんでさ!」
鬼生田が食べかけていたチョコバーを放り出した。
「あんまり狩の話はしないでほしいな」
吉脇の眉間に皺が寄る。年齢相応にこいつも老けているのか、と菊地は思った。
「……あと、実はちょっと考えてることがあって。まあそれは今は伏せとくッス」
思わせぶりな発言を残して矢口はコーヒーを飲んだ。
「俺はさあ」
のんびりと佐久間が口を開いた。
「今日になって、ちょっと、フミくんが怪しいと思うんだ」
「えっ?」
正直、意外だ。
「だってさあ、システムの話はしてるわりに、あんまり個々を観察してないような気がするんだよ。余裕っていうかな。内訳がわかっているが故か、っていう」
「あー……」
川本が頷く。
「いや、あのさ、正直この変なレギュレーションでしょ?そっちに気が行っちゃってたんだよ。何で会長がこんなルールにしたのかとか。マサルさんは初めてかもしれないけど、これって普通ありえない、微妙にチグハグなルールなんだ。……で、俺だって灰を見てるし、川本とかすげえ観察してると思うし、吉脇も白いし」
むしろ初日川本に上手くまとめられてしまったのが大きい。我ながら苦しい言い訳だが、とりあえず返さないわけにはいかない。
「ふーん」
兄弟子は半白の坊主頭をトントンと叩く。
「ま、俺の思い過ごしかもしれないけどね」
困った。自分のことを棚に上げてみても、黒っぽい人物がいない。
気になるのは強いて言えば鬼生田だが、それとて矢口の発言で印象が少し変わったというくらいだ。ステルスっぽいのは水落と来島なのだが、人間性を鑑みるとそれが人狼由来とも思えない。来島はいつもあんな調子だが、特に水落。休憩時間に別に今話さなくてもいい先日の対局の話を振ってきたあたり、じわじわと素が出てきた村人なのではないか。なにしろ「王子」はチヤホヤされすぎて、菊地の見るところ将棋に飢えている。彼のファンは何千人か何万人か知らないが、そのほとんどは水落の棋風がどうこうではなく、その顔立ちや「おやつにグミ食べてるかわいい!」「眼鏡を拭く仕草が素敵!」「脇息になりたい!」といった部分に注目しているのだろう。ハッキリ言って、将棋指しとしてそれは不本意中の不本意である。せめて得意戦法、居飛車党か振り飛車党かくらいは知っておいてもらいたいものだ。なおかつ「弱い四段」と研究会やVSを囲もうという棋士もいない。せっかくの将棋ムラで自分の成績が故に孤立――悪いほうで――してしまっている。そこまで考えて、どうやら水落に感情移入しているように思い、一旦考えを切った。それに、同じヘボでも、チヤホヤされるだけあいつのほうが生き物として上等かもしれないのだ。
「もうあまり時間がないわ」
時計を確認して吉脇が言う。
「とりあえず、今日も灰と片白から行こう。何故かわからないけど昨日山井さんが抜かれて灰は狭まってるから、狼に当たる確率は高くなってると思う……浮田先生、起きてください」
「にゃ?わし起きとるよ」
吉脇がこの数十分で一気に老け込んだ気がした。あいつが射止めた――まだ引っ張り合っているとも言えるが――社長ってどんな奴なんだろうな、と少し思った。
「それじゃ、行きますよ?右手を上げてください」
「せーのっ」