小さな賢者と神話の少女
・原案:
-「純愛」(カラス TwitterID:@crow_mkX)
-「魔術書の図書館」(日凪セツナ TwitterID:@ud0104418624)
・小説:日凪セツナ(TwitterID:@ud0104418624)
・イラスト:里崎(なろうID:565366)
王宮の隅には、重い扉で閉ざされた図書館がある。銀の鍵を鍵穴に差し込んで半回転、がちゃり、と金属が動く音がして、扉が少しだけ揺れた。
扉の前に立つのは、一人の少年だ。背丈はまだ扉の中ほどまでで、手には分厚い本をいくつも抱えている。纏うのは緑と水色の間のようなゆったりとした服で、頭に乗せた帽子のヴェールが隙間風に揺れていた。幼さの残る大きな瞳をゆっくりと一度瞬きさせて、少年は扉に手を当てる。小さな体を傾けて、全身で扉を押し開けた。殆ど黒に近いこげ茶色の扉は、蝶番を軋ませながら少年を迎え入れた。
扉の先に広がるのは、四方の壁全てが本棚になっている空間だ。勿論壁以外にも、少年の背をゆうに超す背丈の本棚がいくつも並び、見上げる程の高い天井へのびる螺旋階段が、ひっそりと部屋の隅を彩っている。几帳面に並んだ本を焼かないようにと、数少ない窓には暗幕が掛けられていた。室内を照らすのは、天井から吊るされているシャンデリアの淡い光だ。だがその光も当然本物の炎ではなく、蝋燭を模した魔力結晶に、魔力で光る赤水晶が乗せられている燈だった。
「今日も、来ました」
少年が、そう虚空に向かって呼び掛ける。と――――
「うん、待ってました!」
どこまでも澄んで、明るい声が降ってきた。
「それじゃあ、今日の授業を始めようね」
本棚の上から少年を見下ろすのは、桃色の髪の少女だった。日の光の入らない図書館は長袖でも肌寒いというのに、少女は暁色のワンピースに白の布手甲、そして透けた淡い夕焼け色のヴェールという服装だった。剥き出しの肩や首元は陶器のように白い。
ひら、とヴェールを躍らせながら、少女は本棚から飛び降りてきた。少年は持っていた本を、入り口近くの移動書棚に置く。
「今日は何の勉強にする? 召喚獣? 精霊? 妖精? 呪い? まじない? お姉ちゃんが何だって教えてあげるから」
少女は両手を広げて朗らかな笑みを浮かべる。よく見れば、その体、特に四肢は少しばかり透けていた。
「うーん……」
少年は本棚を見上げる。埃一つなく、立派な装丁が施された本は全て、国内外から集められた魔術書である。その内容は実に多岐にわたり、全てを極めるとなれば人間の一生が五度あっても足りないだろう。
「じゃあ、星の子の使役術を」
「はいはーい。星の子は私も好きよ。可愛いもの」
少女が床を蹴ると、その体は煙のように浮き上がった。ヴェールからは橙の光の粒が零れ、それが空中に少女の軌跡を描く。
少女の指先が、一つの本棚に触れる。途端、行儀よく並んでいた本が、一斉に空中に飛び出した。
周囲をいくつもの浮かんだ本に囲まれて、少年は羊皮紙に文字を綴る。そこに描かれる魔法陣は、王のそばに控える、髭をたくわえた魔術師も描けないような精度の召喚陣であった。本に混じって少年の背後に浮きながら、少女はその陣を覗き込む。
「本当、日に日に上手になるねえ」
「そうですか?」
「うんうん。これなら星の子も来てくれるんじゃないかな。成功したら、ご褒美は何が欲しい?」
「お姉さんの名前」
きっぱりと言って、少年は少女を振り返る。真っ直ぐな瞳に、少女は曖昧な笑みを返した。
「だーめ。名前を教えたら、お姉さんここにいられなくなっちゃう」
「じゃあヒント」
「それはいつも言ってるでしょ? 建国神話を隅々まで読みなさいな」
唇の前に指を立てて、少女は笑って見せる。少年はやや俯いて、唇を尖らせた。浮いている本を数冊取り、少年は少女に背を向ける。
「……もうーっ! 不機嫌になっちゃって」
「うわっ!?」
少女は両手を少年の頭に乗せ、帽子ごとその頭を撫でた。
「さっ、そんな話は終わりにして。いよいよ召喚をしてみましょ!」
「……はい」
様々な言葉を飲み込んで、小さな賢者は少女を見上げて笑って見せた。