からっぽの店で、彼女は何を料理するのか
・原案:
-「カニバリズム」(カラス TwitterID:@crow_mkX)
-「飯テロ」(hal TwitterID:@H0x0Hal)
-「自動人形とお店」(クジラ TwitterID:@kujira313)
-「人外」(テイク TwitterID:@teikukigyouren)
-「退廃的な世界の日常」(はっちゃん TwitterID:@duhoduho8216)
・小説:テイク(TwitterID:@teikukigyouren)
・イラスト:★募集中
崩壊大戦より幾ばくか。その記憶すら薄れて消え失せるほどの未来。
荒廃した褐色の大地で、今もヒトは生き続けていた。
ハイヴ。そう呼ばれる都市型コロニーにて、ヒトは身を寄せって暮らしている。食料を狩り、あるいは汚染土で作物を作り生きていた。
クロコダイル・ヘッドダストと呼ばれる男もそんなハイヴに暮らすヒトの一人だ。重装備で人通りのない大通りを歩いているということはこれから仕事に行くのだろう。
誰も彼に近づかない。ハンターに近づくようなマヌケはいない。彼が歩けば数少ない人が割れたように道を作る。それは彼の凶悪な顔がそうさせているのかもしれないが。
彼はハンターだ。
ハイヴの為に食料を狩ってくるのが彼の仕事だった。危険な仕事だ。怪物や制御不能機械がうろつく荒野に出るということは、いつ死んでもおかしくないということである。
だが、それでもクロコダイルは外に出る。仕事でもあるが、個人的にも目的がある。何よりこの仕事は金払いがいい。
ハンターを雇って食料をとってこさせるような奴らというのは、金がある支配者階級の方々である。クロコダイルの肩にある赤色よりも上位のカラークリアランスを持った上位者たち。
そんな連中は、支配者の余裕からか金払いがいい。無論、割に合わない無茶ぶりなどは日常茶飯事であるが、それでも外に自由に出られるということもあって、クロコダイルはこの仕事をしている。
何より、外に出ると美味い飯が食える。そう思えば、危険があってもクロコダイルは、この仕事をやめることはない。
なにせ、合成食料とか言う糞マズイ半液状食物を食わなくて済む。今日はどんなものが喰えるのか。そう今日のメニューに思わず思いをはせていると。
「――がッ」
何かがぶっ飛び潰れたような声を聞いた。
「ん?」
見れば足の下で赤黒い水たまりができている。
「なんだ、きたねえな」
どうやら何かがぶつかってきたようだ。染みついた反射通りに一度蹴ってから、追撃のストンピングで、頭部を破壊している。
体格からして子供。色のない奴隷階級だった。貧民街の浮浪児だろう。食うに困り、重武装で裕福そうなクロコダイルにスリを挑んだらしい。
飛んだ大馬鹿だ。ハンターにスリをしようなどとは、お笑いである。現に、そんな同胞の馬鹿さ加減を見ていた浮浪児のグループが嘲笑っていた。
その顔がむかついたので、睨みつけてやると蜘蛛の子を散らすように逃げて行っていた。
「ったく、きたねえったらねえな」
ブーツについた血を地面にこすりつけて落とす。
「何かめぼしいもんでももってねえかね」
浮浪児ゆえに何も期待できないだろうが、ブーツが汚れてしまった分くらいの収穫はほしいところだ。頭をつぶしてしまったため、牙やら目やらを売れないのが残念であるが、幸いほかの内臓は綺麗に残った。
珍しい臓器でもあれば、うっぱらってしまうのが良いだろう。毒袋や火焔袋はハンターとして狩りに有用だ。
そんなめぼしいものがないかと腹を掻っ捌いてみたわけだが、無駄だったようだ。実にプレーンタイプ。あるいは脳味噌の中に、そういった変異要素があったのかもしれないが、つぶれてぐちゃぐちゃになってしまっているために真相は永遠にわかることはない。
「やれやれ、蹴り損じゃねえか」
まあ、浮浪児に期待するだけ無駄だろう。
死体を放置してそのままゲートに向かう。背後で、解体された肉を巡って奴隷階級どもが殺し合いを始めているが、いつものことだ。
流れ弾でも飛んでこない限りはクロコダイルは、介入するつもりもない。弾の無駄、エネルギーの無駄、時間の無駄だ。
支配者階級にやれと言われれば喜んでやるが、そういった命令は受け取っていないので、このまま放置だ。
あとは蟲毒よろしく最後の一人が、殺した相手を家に持ち帰る。その途中でまた襲われて食料を増やしていくに違いない。
支配者階級からしたら、奴隷階級など使い捨て。減って困ることはないし、なくなれば作ればよいだけである。
何より食料にかける費用が減るので止める必要は全くない。
「さて、行くか」
崩壊通りを過ぎて、ゲートをくぐる。
砂塵吹きすさぶ荒野をクロコダイルは、目的地である廃墟目指して進み始めた。狩りの目標は大抵、廃墟にいる。
旧文明の名残に寄り添いながら、つつましく生きている。ハイヴから数日のところにある廃墟。ここまで来れる実力者は稀なので、穴場だ。
近くに高台もあり、弾があるのなら狙撃して狙うのにも丁度良い。
「さて――」
その高台の一つにクロコダイルは、陣取っている。手には電磁狙撃銃。弾丸はニードルを選択肢、獲物を待っていた。
しばらく狩りに出ていなかったため、相手は油断しているようだった。静かに引き金を引けば消音機構が作動し、驚くほど小さな音をさせて対象を撃ち抜く。
スコープ越しに獲物の首を狙って三連続。今回は運がいい。三体も獲物をしとめられた。ハイエナに取られないように、即座に移動し獲物を確保する。
うち二体はその場で解体して保存ボックスに詰め込み、残り一体はそのまま担ぐ。支配者階級からの依頼は大人二体。この一体は自分用だった。
「さて、久々に行くか」
そういって彼が目指すのは、彼が廃墟通りと呼ばれるところにある店である。
何の店かといえば料理屋である。今では珍しい、純正の自動人形が営業している店だ。
CS74776、それが店を営業している料理用の自動人形だ。クロコダイルはシズと読んでいる。
店。そこは料理を出す店だ。廃墟通りにある唯一の店。全てが時の向こう側に旅立っていく中で頑なに、この場所にあり続けている。
クロコダイルは、そんな店の常連だった。今日もまた自動人形が切り盛りする、この名もなき店でおいしい料理を食べる為に、その巨大で、鱗に覆われた腕に食材を大事に抱えて店に向かっている。
この店で食事をするにはひとつだけ必要なことがある。それは、今も彼がやっているように食材を持ち込むこと。
その食材に応じて、シズは料理を作ってくれる。できれば新鮮な方が好みなクロコダイルはいつも来る途中で捕まえる。
「今日は、何を作ってくれるのか」
どの料理も美味いのは確かだが、アレがいい、これがいいという好みはある。しかし、それも肉の質次第だ。何が出てくるかは、食材次第。
そんなことを思いながら瓦礫の山を登り切り、廃墟通りへと入る。瓦礫と廃墟が連なる廃墟通り。かつての風情は今やすべてが砂塵の向こうに引っ越しをしてしまっている。
その一角に店はある。奇跡的に建物の倒壊を生き残り、風化などにも耐えているのは、店をシズがメンテナンスをし続けているからだろう。
そんな店は今日も開いている。クロコダイルは、扉を開いて中へ入る。もちろん、店の扉を壊さないようにかがむことは忘れない。
最初の頃、自分の体の大きさでも過ごせる都市での習慣から、自分の身体の大きさを忘れて壊してしまったことがあるので、それからは忘れないようにかがむことにしている。
店内に入ると、今では珍しい木製の造りが目に入り、鼻腔をくすぐる香辛料の染みついた木の匂いが迎えてくれる。
「いらっしゃいませ」
そして、片目の潰れた自動人形である、ぼろぼろの給仕服を身にまとったシズが出迎える。見方によってはエロいというような恰好であるが、経年劣化による人工皮膚の劣化によってところどころ内部フレームが見えているためエロいとは言えない。
無論これをエロいという人間もいるが、それはごく少数はであり、少なくともクロコダイルはそういう趣味はなかった。
修復を人間用の包帯で賄っている時点で、寿命はもうそう長くないのかもしれないなどと思いながらも、用件を伝える。
「食材を持ってきた」
用件は手短に。胡乱な言い方をすると認識されない。
「これはありがとうございます。いつも助かっております」
掠れた音声データによる声は聞き取りにくいが、それでもコミュニケーションはしっかりととれる。持ってきた食材を手渡すと、シズはすぐにそれを抱えて調理場の方へ向かう。
新鮮な食材はその場で捌いてしまうのだ。すぐに良い匂いが漂ってくる。
「まずは、こちらをどうぞ」
出てきたのは紅い液体。なじみのものだ。鉄の臭みをきちんと除いてくれているため、実に飲みやすい一品に仕上がっているこの店で食事を持ってきたら出されるジュース。
休息に、しかし丁寧に冷やされたジュースは実にうまい。舌の上で転がして、喉、胃と順に味わう。粘性のある赤い液体が食道を通るたびに脳へと抜けるうまみが病みつきになるのだ。
普段から飲みたいと思うものの、保管が難しく新鮮な食材を手に入れた時にしか飲むことができない。また、新鮮な食材を手に入れたとして、全て失われていることもあり確実に飲めるかどうかはわからないのだ。
その点、クロコダイルは慣れたもので、いかに傷つけることなく殺せるのかを研究している。そのおかげで、ハンターとしてのスコアも伸びて昇進を呼びかけられているほどだ。
だが、クロコダイルに昇進する気はない。安全な内地で支配者階級の下っ端になって働き、他のハンターが狩ってきた食材を食べる。
それは楽なことであるが、そんなことをしてなんになるというのだろうか。何にもならないであろう。
何より、ここで食った方が美味い。であれば、昇進するよりもまだまだ現場にいた方がいい。そのうち、いられなくなるまでは。
「ああ、いい匂いだ」
そのうちに肉を焼くにおいが漂ってくる。新鮮な肉であったから、生のままでもよかったが、今日は無難にもステーキにするつもりのようだった。
じゅわりと肉汁が染み出し、脂の爆ぜる音が耳孔を反響する。それだけでよだれが洪水のようにあふれ出してくる。
口を閉じていなければ、だらしなく垂らしているころだろう。
「どうぞ、今日はもも肉のステーキになります」
焼き上がり、肉厚なステーキがクロコダイルの目の前に置かれる。薬指のかけたシズの手が、アツアツの鉄板をそのまま運んできて目の前で、切り分けてさらに盛り付けていく。
腸詰もついて実に食欲をそそる。最後にかけられるタレは、鉄板の上で跳ね、そのまま匂いとなって鼻から脳へと直接飛び込んでくるほどだ。
「付け合わせは骨のスープです」
付け合わせとして出されるのは、骨を煮込んだスープだ。超圧力鍋によって瞬時に煮込まれたスープは透明度が高く、濃厚な芳香を放っている。
浮いている球体は目玉だろう。普通に調理しては溶けてしまうが、調理終了直前にスープに入れることによって形を保ったままにできるのだ。
「では、いただく」
「はい。では、次の調理に入ります」
そうシズに言ってからまずはステーキに手を付ける。
切り分けられたステーキを手づかみで一口で食らう。柔らかい。雌の肉だったので、とても柔らかい。焼き加減も最高であり、実に素晴らしい。
花開くように味が口の中で踊り出す。柔らかい癖に濃厚。筋を丁寧に除いた純粋な肉。手間がかかった一品であることは、この透明ながらも濃厚な味が証明している。
余分なものはなく、舌にのせていれば、噛まずとも溶けて行ってしまいそうである。もはやこれは肉ではなくスープなのではないのかと思うほどだ。
味の洪水は喉へと流れ込み、胃を満タンにする。ああ、これだけでも満足するほどではあるが、まだまだ食材はあり、料理は残っている。
腸詰はパリっとしており、噛んだ瞬間にあふれ出すアツアツの肉汁が歯を焼いて舌を蹂躙する。悶絶するような美味さが口に広がっては、腹に殴りつけられたような衝撃を与える。
「うめえ」
「それは良かった、です」
次はスープだ。スープに手を付ける。そこで気が付いた。このスープは、もはやスープというよりは固形物だ。
とろりとした粘性どころではない。まるでゼリーのように固まっているではないか。どうやったらこのようなスープができるのか、クロコダイルには想像が出来ない。
「あ、味は――」
味はどうなのか。我慢できずに一気に喉へと流し込む。
「――――」
その瞬間、よく気絶しなかったとクロコダイルは思った。ガツンと頭部を殴られたかのような衝撃に思わずのけぞる。
「な、なんだ、こりゃあ――」
まったく、この店はいつも驚かせてくれる。味の洪水どころかこれは濁流も等しい。何もかもを押し流していく災害だ。
この時点で満足感すら感じているというのに。
「乳房のフライです」
まだ出てくる。サクサクの衣に包まれた乳房のフライ。噛めばさくりと、衣が音を鳴らす。匂いだけでなく音すらもクロコダイルを蹂躙する。
「うますぎるッ!!」
ここに来るといつもこれだ。うますぎる。だからこそ、ハンターややめられないのだ。
「今日も美味かった」
「残りはどうしましょう」
「また、次来た時に出してくれ」
「かしこまりました」
全てを食べきるには多すぎる。一体で数日は持つ。
「そんじゃ、また来るぜ」
「はい、またのお越しをお待ちしております」
クロコダイルは獲物を入れた保存容器を持ってハイヴへと帰還する。無事に支配者階級から報酬を受け取り万事、滞りなく終了。
報酬を受け取り、そんな報酬を狙ってやってきた浮浪者どもを殺して、自宅に戻る。
そして、次の依頼を待つのだ。
「さて、次は何を食わせてくれるのか」
この世界で美味しい料理ほど良いものはない――。