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第5話 マウスピースとスティック

 鷹能先輩と恋人つなぎのまま青雲寮に到着した。

 これ、皆さんに見られたらめっちゃ恥ずかしいし気まずいんですけど。

 でも、鷹能先輩は手を離してくれる気配はない。

 そのまま青雲寮の中に入った。


「あら、仲良くご登場ね」

 階段を下りてきた咲綾さあや先輩が微笑んだ。

 私はまた真っ赤になって鷹能先輩の手をぱっと離す。

 青雲寮まで私を無事連れてこれたからか、鷹能先輩の指は私から簡単に離れた。


「知華ちゃん、今日は二日目だから自分で興味のあるパート部屋をのぞいてみて?

 きっとみんな親切に教えてくれると思うわ」

 手に持った銀色のフルートが似合いすぎる咲綾先輩は優雅に身をひるがえし、フルート部屋(お風呂場)へ去っていった。


 結局今日も青雲寮ここに来てしまった。

 鷹能先輩に連れてこられてしまった。

 なんかもう私、この”ヤバい人”から逃れられないのかも…。


 立ち尽くしている私に、鷹能先輩が声をかけた。

「まずは俺のやっているトランペットから体験してみてはどうだ?」


 私は軽くため息をついた。

 どうせ逃れられないなら、何かチャレンジしてみてもいいかも。

「はい。そうしてみます」

 先輩の後に続いて階段を上がった。


 二階に上がると、金管楽器の人たちが「こんにちはー」とにこやかに挨拶してくれた。

 私はぺこりと頭を下げ、顔を上げた先の光景にわが目を疑った。


 誰もいないのにでっかい楽器が音を出してる!?


 金色の大きな楽器がぼふぉーと低いうなり声のような音を出している。

 驚いてよくよく見ると、楽器から小さな手とガバッと開いた細い足が出ているのが見えた。


 昨日のちっちゃい女の子だ!


 そういえばあの子がチューバ希望って言って、咲綾先輩が驚いていたっけ。

 ということは、あのでっかい楽器がチューバで、角田あゆむって子がチューバを吹いているってことね。

 それにしても本当に楽器に隠れてしまうくらい小さいとは。


 あゆむちゃんに見入っていると、鷹能先輩に肩をぽんと叩かれた。

「これはマウスピースという。まずはこれを口に当てて音を出す練習をするのだ」

 差し出されたのは、トランペットの口の部分。

 こんなことを言うと怒られそうだけど、トイレの水詰まりで使うカッポンってやつに形がちょっと似てる。

 私が受け取ると、先輩はお手本を見せてくれた。

 先輩が真一文字に口を結ぶ。

 先輩の唇は薄いなぁ。色も形も。

 見つめているとちょっとドキドキしてしまう。

 きゅっと結んだ口にマウスピースを押し当てて、唇から漏らすように息を出す。


 ぷー

 ぷぷぷぷー


 音の高さが変わる。息の出し方で高さを変えているみたいだ。


「高さは気にしなくていい。まずは音が出るようにやってごらん」

 先輩に促されて、私も口角にきゅっと力を入れてマウスピースを当ててみた。


 ひしゅぅ~


 息がもれただけの変な音に、先輩がまた子供っぽい笑顔になった。

「誰でも最初はそんなものだ。しばらく試行錯誤してみなさい」

 子供っぽい笑顔に似合わない低い声で、また時代劇のような言い方をする。

 でもなんかそういう古典的な言い回しが似合うんだよね、この人。


 ひしゅぅ~ ぷふぅ~ と悪戦苦闘していると、口角がずいぶん疲れてきた。

 ちょっと休憩。

 二階を見渡すと、部員もだいぶそろってきたみたいで音の重なりが大きくなっている。


「星山さん!」

 呼ばれて振り向くと、階段を上がったところに内山田君が立っていた。


「大丈夫だった?あんなに強引に連れて行くなんて、あの先輩はほんとに荒っぽいなぁ」

 内山田君はぷりぷり怒っていても爽やかさを失わないんだね。


「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。見学に来たんだね」

「うん。部長さんにいろいろ案内してもらう前に、星山さんが気になって探していたんだ。

 トランペットの練習をしてるの?」

「うん。部長さんにいろいろ体験してみてねって言われて、とりあえず」

「そっか。入部希望してないって言ってたけど大丈夫なの?

 もし断りにくいとかだったら、俺も一緒に抗議してあげるから相談してね」

「ありがとう」

 内山田君はすごく面倒見がいい人らしい。


 その内山田君が口元に微笑みを残したまま、でも目には戸惑いの色を見せながら尋ねてきた。

「そういえば、さっきの先輩、星山さんを下の名前で呼んでたよね。知り合いなの?」

「ううん。知り合いではないんだけど…。

 先輩は前から私のこと知ってたみたい」


 恋人つなぎを内山田君に見られなくてよかったって思った。

 こんなに心配してくれてるのに、あれは言い訳のしようがないもの。


 そういえば、と周囲を見ると、さっきまでいたはずの鷹能先輩の姿が見えない。

 また買い物にでも出かけたのかな。


「内山田君、探したいお友達って知華ちゃんのことだったの」

 階段を上がってきた咲綾先輩が声をかけた。

「はい。同じクラスなんです」

「部活に同じクラスの子がいたら心強いわよね」

 咲綾先輩が私たち二人に向かって微笑んだ。


「じゃあまず下のパート部屋から案内するわね」

 咲綾先輩に続いて階段を下りる内山田君。こちらを見て小さく手を振ってくれた。

「あ、そうそう」

 階段を下りかけた咲綾先輩が戻ってきて顔を出す。

「知華ちゃん。金管楽器のマウスピースの吹き方はどの楽器もだいたい同じなの。

 ずっとそれやってるのも疲れるでしょうし、別の楽器体験してみない?」

「あ、はい!」


 助かった。

 正直言って、今日一日ひたすらこれを吹くだけなのも辛いと思ってたんだ。

 他のトランペットの先輩にお礼を言ってマウスピースを渡し、私は内山田君の後ろについて階段を下りた。


 階段を下りると、ちょうど鷹能先輩が外から戻ってきたところだった。

 今日も買い物袋をぶら下げている。

 今日は飛び出た食材はないけれど、スーパーの半透明の袋に”牛乳”の字が透けている。


「知華。他のパートを見に行くのか?」

 私の前を歩いていた内山田君を一瞥いちべつしながら先輩が言う。

 内山田君もちらりと鷹能先輩の方を見る。

「はい。ちょっと木管楽器の方も体験させてもらおうかなって」

「そうか」

 鷹能先輩はそれだけ言うと、牛乳を冷蔵庫に入れるためなのか、廊下の奥のボーン部屋(調理室)に入っていった。

 通りすがりにもう一度内山田君に冷ややかな視線を送りながら。

 鷹能先輩、なんだか内山田君を敵視している?


 私はボーン部屋の手前、クラリネットの先輩方が集まるクラ部屋(食堂)にお邪魔した。

 比較的男子の多かった金管楽器の雰囲気とはずいぶん違う。

 ピー ポーという高い音にまじって甲高いおしゃべりの声もよく聞こえてくる。


「こんにちは。ボクはクラリネットのパートリーダーをしています、2年の葉山です。よろしく」

 昨日クラ部屋で見かけた男装の麗人が声をかけてくれた。

 いわゆる”ボクッ娘”ってやつですか。


 葉山先輩はまじまじと見つめる私のことは気にしていない様子で、黒い物体に薄い木の板がついたものを私に差し出した。

「これがクラリネットのマウスピースです。まずはこれで音を出す練習をしてみましょう」


 ここでもマウスピースか…。

 先輩の見よう見まねで口にくわえて息を吹き込むけれど、ふーっというだけで全然それらしい音にならない。

 金管楽器のマウスピースとは息の吹き込み方が全然違うらしい。

 吹く楽器といえばリコーダーくらいしかやったことがないから、金管楽器といい木管楽器といい、楽器の音を出すのがこんなに難しいだなんて思わなかった。


 音は出ないし唇は疲れすぎて痛いしで困っていると、二階に行っていた内山田君がクラ部屋をのぞいた。

「星山さん。俺はこれからパーカッションの体験をさせてもらおうと思うんだけど、一緒に行かない?」

 そうか、内山田君はドラムをやりたいって言ってたもんね。

 助かったとばかりに私は葉山先輩に

「ありがとうございました。パーカッションも体験してきます」

 とマウスピースを返した。


 玄関のすぐ脇にある手洗い場の引き戸を内山田君がノックしてがらりと開けた。

「すみません。パーカッションの体験をさせてもらいたいんですけど」

 今日もコンクリートの流しのへりをタカタカと叩いていた先輩たちがこちらを振り向いた。

「いらっしゃい。お二人さんね。どうぞ入って」

 リーダーらしきショートカットの女の先輩がはきはきとした口調で言った。

「二人は経験者?」

「いえ。二人とも未経験です」

「そうなのね。あ、でも大丈夫!パーカッションは初心者でも比較的とっつきやすいと思うから。

 突き詰めていくと奥が深いけどね」


 ニッコリ笑った先輩は、秋山沙織と名乗った。

 他に3年生が1人と、2年生が3人。

 まずはスティックと呼ばれる太鼓のバチを2本ずつ渡される。

「二人はメトロノームに合わせて、これで左右交互に叩いてみて」

 カチ、カチ、という規則正しい音に合わせて、コンクリートのへりをパチ、パチと叩く。

 左手で叩くときにちょっと音がずれちゃったりするけど、そんなに難しくはないかも。

 私たちが慣れてきた頃に、先輩たちが横に並んでスティックでへりを叩き出した。


 パチッチパチチ、パチッチパチチ

 パッパチパッパチ、パッパチパッパチ


 一人ひとりが違うリズムを規則的に繰り返す。

 一人が加わるとしばらくしてもう一人が加わり、音がどんどん重ねられていく。

 コンクリートを木のスティックで叩くだけの単調な音。

 けれどもリズムが複雑にからみあって、体と心がリズムに合わせて自然と高揚してくる。


 何これ楽しい…!


 6人のリズムが重なり合って、みんなの心も重なった。

「せーの!」秋山先輩が掛け声をかけると、

 タタタタン!

 最後は先輩たちがきれいにそろえて締めくくった。


「ね?パーカッション楽しいでしょ?」

「はい!」

 ニカッとボーイッシュに笑う秋山先輩に、私も内山田君も満面の笑顔で答えた。


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