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第1話 ヤバい!? 吹奏楽部

 桜の花が吹雪となって舞い散る頃――


「うんりょーに一緒に住んでくれないか」


 彼が私にかけた初めての言葉がこれだった。


 ――――――――――――――

 私立藤華(とうか)高等学校の4月の恒例行事に新入生歓迎アッセンブリというものがある。

 要するに部活動の紹介の場だ。

 新1年生は体育館に集められ、運動部、文化部、合計約30の部活がそれぞれの活動内容を壇上で発表する。

 ウケを狙う部、真面目に発表する部、様々な部活が我が部へどうぞとアピールしている。


 それにしても退屈だなぁ…。


 体育館の硬い床にひたすら体操座りっていうのも苦行だよ、ほんと。


知華ちはなちゃんはどの部活にするか決まってるの?」

 私の隣に座っていた子が尋ねてきた。

 同じクラスになった彼女の名前は茉希まきちゃん。

「私は帰宅部だよー。部活興味ないもん」


 そう。私は部活には入らない。

 高校に入ったらいっぱいバイトして、可愛い服を買ってオシャレして、カレシとオシャレなカフェでデートして…っていう夢の高校生活を描いているんだもん。

 部活なら中学の剣道部でイヤというほど練習したし、受験勉強だって頑張ったし、大学はよっぽどじゃなければエスカレーターで藤華大学に行ける。

 これからは自由でオシャレなハイスクールライフを満喫するんだ!


 だからこのアッセンブリっていうのは私とっては苦行でしかない。

 早く終わらないかなぁ。早くスマホいじってバイト探ししたい。


 お尻の痛さを紛らわすため、夢のハイスクールライフをひたすら妄想していた私の耳に、突然これまで聞こえなかったさざ波のようなざわつきが聞こえてきた。

 うっすら目を開けると、壇上には楽器を持った10人ほどの人たち。

 トランペットにフルート、サックス…あと小太鼓?

 他の楽器はよくわかんないや。

 吹奏楽部ブラスバンドなんだろう。

 けれども、聴衆である1年生たちの間でざわざわひそひそと動揺が広がっているのである。

 吹奏楽部なんてどこにでもある部なのに、なんで?


「この高校の吹奏楽部ブラバン、ヤバいらしいよ」

 茉希ちゃんが私に耳打ちしてきた。

「ヤバいって、なんで?」

「なんでも、”藤華の魔窟”って言われてるらしいんだ。

 危険すぎて先生たちも部室には近づけないらしい」


 吹奏楽部で危険ってどういうことだろう?

 私は今日のアッセンブリで初めてまともに壇上を見つめた。


 指揮者の先輩が一礼して挨拶する。

「1年生の皆さん、入学おめでとうございます。僕たちは吹奏楽部です。

 部員数は約30名と小規模ですが、青雲寮で楽しく活動しています。

 皆さんの入部をお待ちしています」


 なんだ、全然フツーの挨拶だよ?


 指揮者が背中を向けてタクトを振りだすと、壇上の楽器を抱えた人たちが演奏を始めた。

 みんながよく知ってるJ-POPSの人気曲。1年生から手拍子が起こる。


 よく見ると、イケてる先輩もいるな。

 フルートの先輩、めっちゃ美人。大人っぽいから3年生かな?

 指揮やってる先輩もチャラそうだけどなかなかイケメンだ。


 右から左へ流していた視線が、一人の人で止まった。


 トランペットの先輩。

 ギリシャ彫刻みたいだ。

 目鼻立ちはくっきりしてるけど、切れ長の目元が涼やかで全然くどくない。

 並んでいる他の先輩よりも背は高いけど、顔は小さいしスタイルもいい。

 なんかすべてが黄金比で整ってるみたいな…。

 顔つきも、雰囲気も、佇まいも、すべてが完璧に調和している。

 なんていうか、無機質で高潔。


 ギリシャ彫刻の先輩とカフェでまったりおしゃべりする図を妄想してみる。

 ティーカップを両手に持った私がたわいもないおしゃべりをする。

 頬杖をつきながら笑顔で私を見つめるギリシャ彫刻。


 …うん、ないな。

 いくら妄想が得意な私でも、あの壇上に見える無機質な表情からは微笑む姿が想像できない。

 そもそも、目の前に完璧に美しい人がいたら緊張しまくってお茶どころじゃないよね、きっと。


 そんなことを考えている間に、いつのまにか吹奏楽部の演奏は終わり、壇上は茶道部の紹介になっていた。

 とりあえず今見た限りでは吹奏楽部のどこがヤバいのか全然わからなかった。

 まあ、帰宅部の私には関係ないな。


 ――――――――――――――


 苦行の時間がようやく終わり、1年生に帰宅が許された。

 許されたのは新入生の帰宅だけじゃない。

 各部はアッセンブリの後から1年生の勧誘が許される。

 昇降口を出ると、正門までの桜並木の下にずらりと勧誘の先輩たちが並んでいた。

 風の強い日で桜の花びらが舞い散る中、異様な熱量を放出している空間に私は圧倒された。


「テニス部入らない?」

「サッカー部のマネージャーやりませんか?」

 先輩たちが手当たり次第に新入生に声をかけてきて、もみくちゃにされる。

 こんなところで足止めをくらっていてはバイトが探せなくなっちゃう!

 コンビニのタウン誌だってゲットしなくちゃだし!

 早く門の外に出たくて泳ぐようにもがいていると、中学時代の剣道部の先輩に見つかってしまった。


「星山!よく藤華へ来たな!入るだろ?剣道部!」

「あっ、先輩お久しぶりですぅ」

 にこやかに会釈だけで通り過ぎようとして、腕をつかまれた。

「おい、逃げるなよ!お前剣道強いんだから待ってたんだよ!」

「ちょっ、待ってくださいよ!

 私、高校では部活やらないって決めたんで…」

「何言ってんだよ。あんなに練習頑張ってたじゃないかぁっ」


 ヤバい。

 先輩はかなり強引な人だ。

 腕を振り払おうにもがっちり掴まれてる。

 このまま武道場に連れて行かれそう…!


 涙目になった私の視界に、剣道部の先輩の腕をつかむ人影が見えた。

 目を細めてぼやけた輪郭をまじまじと見る。


 あっ!

 ギリシャ彫刻の人!!


「彼女嫌がってるじゃないか。やめろ」

 彫刻のように白い肌、すっと通った鼻筋。形の整った切れ長の目。

 声は想像よりずっと低かった。


「げ…紫藤しどうかよ…」

 先輩はその人を見るなり顔を引きつらせ、私の腕をゆっくりと離した。

「じゃ、じゃな、星山。待ってるからな」

 そんな言葉を置いて、先輩は人ごみの中に逃げるように消えていった。


 姿かたちだけじゃなく、私を助けるタイミングまで完璧だなんて。


「あの…。ありがとうございました」

 顔から火が出そうなくらい赤くなっているのが自分でもわかる。

 心臓がドキドキしすぎて、声が震えてしまった。


 ギリシャ彫刻の先輩は、私の方へ体を向き直した。

 壇上で見た印象よりもさらに背が高い。

 思わず彼を見上げた私を、長い睫毛で瞳を覆うように見下ろした彼が言った。


「うんりょーに一緒に住んでくれないか」


 …え?

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