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第9幕

 タクシーは茜の住む越ヶ浜の片隅に着いた。私はタクシーから降りるとフードを深々とかぶって、ストラップ付のデジタルカメラをポケットから取り出して、首からぶら下げた。私にできる最大限の変装だが、琉偉君はただ不思議そうに見ていた。




「ねぇ、これからどうするつもりなの?」

「友達を探しに行く」

「友達?」

「うん。大切な友達。危ないけど着いてくる?」

「うん! オレには雪姉ちゃんしかいないから!」



 琉偉君の言葉を聴き、思わず動揺する。ここ数日は、彼に対してたっぷり愛情を注いできた。それは茜がいないことに対して、私による私自身への慰めだったのかもしれない。それがこんな形で巻き込むことになるとは……。私は息を深く吸い込み、琉偉君の両肩をしっかり掴んで、彼に真剣に話をした。



「いい? 警察も私たちを探しているわ。見つかったら、逮捕はされないけども、お家に連れ戻されることになるの。そうなったら、お姉ちゃんは大事なお友達に一生会えなくなる。もしも琉偉君がヘマをしてそうなったら、どうなると思う?」

「どうなるの?」

「私はあなたを一生許さない」

「……わかったよ。雪姉ちゃんの迷惑にならないように頑張るよ!」

「ごめんね。でも、それぐらいの覚悟はして。お願い」



 真剣に忠告した。私が琉偉君へできる唯一のことだった。




 私たちは、ひとまず茜の家を目指して歩いた。事前にこの町のことは可能な限り調べてあったので、茜の家へはあっという間に問題なく到着した。



 茜の家の前には、警察だろうか? スーツ姿の男性がひっそりと立っていた。町はいつもどおりの日常を映し出していて、茜の家の前に立っている男のみが異様な雰囲気を醸し出している。もちろん警察であれ何であれ、茜たちを捕まえる為にあそこにいるに違いない。私は家の物陰に隠れながら、男と家の様子を伺った。



「雪姉ちゃん、あそこが友達の家?」

「うん。でも今は行けないよ……」

「あの人、警察かなぁ?」

「わからない。でも、多分そうかな」



 私は、琉偉君と繋いだ手を軽くギュッと握った。



「琉偉君、今から笠山に行くよ」

「え? 山登りするの?」

「うん、まぁ、そんなところね」

「わぁ~山登りするの!」

「しっ! 大声出さない!」




 笠山の火山が噴火するなんて信じてもらえないが、噴火を止めることが彼女の目的なら、山頂に赤神家の二人がいるかもしれない。なんて非科学的な予測なのだろう。私は彼女と出会ってこんなに変わった。何もできなくとも、一緒にいて何が悪い? ここに来たのは、私が彼女の親友だからに他ならなかった。




 私と琉偉君は町を散策しながら、笠山を目指した。町の様子を見る限りは、誰も火山の噴火を警戒している様子がない。たまに「変なビラがあったね~」と言うような会話が聞こえるぐらいだ。警察も思ったより少ない感じだ。茜たちが一生懸命山頂を目指しても、誰も噴火など信じてくれない。これが世間というものなのだろうか?それどころか、彼女たちを悪者扱いする始末である。



 中世で魔女と言われていた女性たちも、今の茜のような境遇を味わっていたのだろうか? 考えれば考える程に憂鬱な気分にもなりそうだが、今は感傷に浸っている場合でもない。私たちは、ひたすらに歩く足を進めた。



 いよいよ笠山が間近に迫った。今からこれを登るのかと思うと「やれやれ」と口にしたくもなるが、仕方のないことだ。せめてもの救いは、隣の琉偉君が目を輝かせていることだった。




 山にときめく琉偉君を見てホッと息をした時、もの凄い轟音が両耳に響いた。




 目を開けて山を見ると、山の頂から巨大な灰色の煙が空へと舞い上がっていた。その瞬間に甲高い悲鳴が聞こえ、走って逃げていく人が目の前を横切っていった。次の瞬間には山そのものが煙に包まれ、私たちの目前へとグングン迫ってきた。琉偉君が「姉ちゃん! 姉ちゃん!」と私の腕を掴んで叫んでいるが、私は唖然として、ただそこに立ち尽くしていた。火砕流はあっという間に目前に迫ってきた。




 死んだ……筈だった。




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