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第8幕

 赤神家を訪ねてから1週間経った。茜のいない生活は、想像以上に退屈で空虚なものだった。精を出すことと言えば、今まで時折気まぐれでやっていた施設の家事の手伝いなどだった。お陰様で、職員さんから褒美を貰って嬉しくなることも。でも、それは茜と過ごした日々の出来事に比べてみれば、実に下らないことでしかない。




 1ヵ月もすれば戻ってくる。そう信じてあげることが私自身への励ましだった。




 2週間目。茜のメールの返信もなくなった。もしかしたら二度と帰ってこないのでは?と不安な気持ちも出てきた。憂鬱な気持ちが沸々と湧いてくる……




 3週間目。再来週には茜に会えると言い聞かすも、遂にメールも電話も繋がらなくなった。さすがに私の神経は切れてしまった。絶望とはこういうものなのだろう。そんな私を施設長が放っておくはずもなかった。私は事務所に呼び出された。



「単刀直入に聞くわ。どうしたの?」

「別に……ちょっとしんどいだけ」

「ちょっとじゃないわよ。ここのところ、ずっと引き籠ってばかりじゃない」

「関係ない」

「?」

「アンタとは関係ないでしょ!」

「わかっているわよ! でも私はここではあなたの親よ! 放っておけないわ!」

「…………」

「話したくなければ、話さなくてもいいわよ」

「…………」

「私も他のスタッフもあなたの献身的な行動に感謝しているわ。大袈裟なことを言えば貴方をここの職員にしてもいいぐらいにね。それが突然来なくなって、変な様子になっていたら、心配するに決まっているじゃない」

「アンタは家族なんかじゃない」

「わかっているわよ。そんなことぐらい。でも今の私にはわかることがあるの」

「何よ?」

「あなたが何でそうなってしまったか」

「?」

「図星ね。あなたが喋らなくとも簡単に予想できているわ」

「何よ! 何が分かるっていうのよ!」



 私は我慢ならずに食って掛かったが、施設長に両肩を掴まれ、止められた。



「赤神茜さん」

「!」

「当たり。やっぱりね。あの日、帰ってきてからあなたはいつもと違っていた」

「何が?」

「随分と寂しい顔をしていたわ。一体何があったか知らないけどね」

「何か知っているとでも言うの?」

「ええ。あなたが教えてくれるのなら、教えてあげてもいいわよ?」



 施設長が手を離したと同時に、私の体は急激に軽くなった。どういうことなのだろうか? 茜が魔女であることを知っているとでも言うのだろうか? 段々と鼓動が早まる。でも、ここは冷静にならなければいけない場面だ。私は深く深呼吸をして、落ち着いて話をすることにした。



「大学受験で東京に行くって……」

「そう言われたの?」

「それから3週間経って、電話もメールも繋がらなくなったの……」

「そうだったのね……同情するわ」

「いらないよ。そんなの。それで? 茜の何を知っているって言うの?」



 施設長が椅子に座って目を閉じた。それから一呼吸おいて話を始めた。



「行方不明になっているらしいわ。ちょうどあなたがここに帰ってきた時からね。警察がここに来て、全くの部外者の私にやたら聞いてくるから困ったものだわよ」

「行方不明!?」

「ええ。唯一の家族であるお爺さんも一緒にね。なんでも進路であれこれ悩んでいたとかいないとか……色んな噂がまわっているみたいだけど、真相は謎よ。おそらくあなたに言ったことは嘘だと思われるわ」

「そんな……」

「それがね。もう一つ妙に面白いお話があるのよ」

「何よ?」

「笠山火山の麓の町々で『10月6日の昼に火山が噴火する! 避難を!』なんていうビラがポストに入れられているんだって。多くの家に。それもいつの間にか。とんだ迷惑なお話だと思わない?」

「…………!?」

「何か思いあたる節でもあるの?」

「いや、なんかそんな夢を見たような気がして……」

「そう? 正夢にならなければいいわね。まぁ。ないでしょうけど」

「園長、素直に答えてくれる?」

「ええ。答えるわよ」

「いま私と話していることは警察に話すの?」

「ええ。捜査に協力することになっているわ」

「ここにいるの?」



 施設長は周囲を見渡し、声のトーンを最小限に下げて言った。



「ええ。あなたは目をつけられているわ。何かを知っているのではないかって」

「そう。じゃあビラの犯人は茜たちが疑われているのね……」

「蒼井さん、これだけ言わして」

「何?」

「10月6日までの我慢よ……それまで目立つこと、無茶だけは絶対しないで」

「わかった」

「蒼井さん」

「何?」

「ごめんなさいね」

「いいよ。約束通りこの1週間は大人しくしとく。私があるのはここのお陰だよ」

「蒼井さん……」



 それから私は事務所を出て、階段の陰に隠れ、事務所の様子を伺った。数分後、刑事らしき男性二人組が事務所の中へと入っていった。どうやら想像以上の事が起きている。施設長の言うように、変に動かない方が身のためには良さそうだ。




 翌々日、火山噴火のビラが町中の家に配られたことがテレビのワイドショーで短時間ほど報じられた。田舎町で起きた奇妙なイタズラだからか、あっさりとした報じ方であった。もちろんここは田舎。そんな下らない話でも、噂が噂を呼び、この笠山の一件が町中のホットな話題となっているようだ。これ程までの騒動を起こしておいて、茜たちはどうするつもりなのだろう? 警察も必死である。笠山付近の住民達のほとんどはビラを信じず、犯人を捕まえて欲しいと訴えるばかりなのだと言う。



 私と言えば、茜との親交が噂されていることもあって、1週間ほど自宅謹慎をするようになっていた。担任の教師と施設長らの計らいで決めたことらしいが、私からしてみれば『余計なお気遣いありがとうございます』と思うぐらいだ。もちろん私がすることと言えば、施設の家事手伝いである。10月6日までの辛抱。そう腹を括って、気晴らしに臨時の副業に精を出すのみだった。

そう。来たる6日までは……



 10月6日が3日後に迫った3日の夜。夜中の23時になっても、共用テレビフロアでテレビを見ているハーフの小学生の男の子がいた。先週末に入居してきた子だ。ここはひとつ、同じ家の姉として何かを言ってやろうと思い、声をかけた。



「ちょっとキミ。もうここは閉まる時間だよ! お部屋に帰らないと!」

「うううん……今何時?」

「夜の11時だよ」

「え! もうそんな時間! ヤバいな!」

「ほら。立って。君の部屋はどこ?」

「303だよ。お姉ちゃんは?」

「奇遇ね。302。お隣だね!」

「お~。オレ柏木って言うんだ。宜しく。起こしてくれてありがとう!」

「蒼井雪。来年の春までここにいるよ。こちらこそ宜しく」



 それから私は柏木琉偉君という子と部屋まで戻った。入居当初は施設の誰より人見知りで大人しい性格だと思っていたが、話してみれば実に気さくで可愛らしい男の子であった。人は見かけによらない。そう実感した時だったかもしれない……それからの2日間はことあるごとに琉偉君と話したり、遊んだりして過ごした。私はその時、そうやって溜まりこんでいた感情を和らげていたのかもしれない。





 10月6日。遂にその日はきた。時計の針が午前6時を指す。作戦決行の時だ。私はいつものように朝の用事を済ませ、フード付きのランニングウェアに着替えた。直近の1週間は、この時間帯を抜け出せていた。「ジョギングしたい」と言う口実で、これまで施設長含む職員全員が「いってらっしゃい! 気をつけて!」と快く送り出してくれたのも事実であり、この日の成功確率も100%を確信していた。




 向かった先の玄関。待っていたのはなんと運動服に着替えていた施設長だった。



「え……園長?」

「あら? 今日はいつもより遅いじゃない? 待ちわびていたわよ」

「園長、なんて格好しているの?」

「いやぁ~今日は蒼井さんのジョギングにお伴したいと思ってね! うふふ!」

「は……はぁぁ」



 家を抜け出して、笠山を目指すという私の作戦が失敗した瞬間であった。大住百合子。やっぱり人間として大きな存在だった。しかし絶望するのも束の間で、後方からさらにもう1人の刺客が出現した。



「雪姉ちゃん! オレも走るよ!」

「琉偉君!?」

「あらあら今日は朝から賑やかね」



 なんと今度は、運動服に着替えた琉偉君が現れた。そしてジョギングが始まって、施設長は笠山と逆の方向を走ろうと強引に提案した。私が何をしようとしていたのか承知していたのだろう。もはや、施設長の勝ちだと諦めるしかない。いよいよもって笠山行きは厳しくなった。悔しくてもこれが現実である。




 それでも私は諦めなかった。ジョギング中に私は作戦変更の下準備を整えた。




 30分程度でジョギングの終わりが近づき、家が刻一刻と近づいてくる……。私は腕時計で時刻の確認をして、その場でこれまでにない全速力で猛ダッシュを開始した!施設長も琉偉君も驚いただろうか?私が走り切った先には、つい先ほど予約したとおりの場所にタクシーが着いていた。「待ってよ!」と言う施設長の大声が聞こえた時には、既に車中へ飛び乗ることに成功した。



「ご予約どうも。お急ぎですか?」

「はぁ……はぁ……はいっ! 今すぐにお願いします!!」

「1人と聞きましたが? そこの男の子も一緒でいいのです?」

「いいから早く! って……え?」



 タクシーが走りだす。私の隣には息を切らした琉偉君が座っていた。



「琉偉君!?」

「雪姉ちゃん、これどういうことだよ?」

「なんていうこと……」

「ねぇねぇ! 教えてよ!」



 私の計画は思いもよらない形で狂ってしまった。しかし今更もう引き返せない。運転手もこの空気を気にしている。私は一旦「着いたら話す」と琉偉君に伝え、目的地まで無事到着するようにひたすら願った。



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