第5幕
生まれて初めての友人宅の外泊に私の心はどこか踊るようだった。駅に着くと、私服の茜がポケットに手をつっこんで待っていた。不気味なスマイルがプリントされたシャツに鼠色のパーカー。そしてショートパンツを履いたそのスタイルは完全な田舎のギャルを彷彿とさせていた。髪が赤いから尚更である。
「おっす!」
「ぷふっ……」
「何? 何よ~? 何か可笑しいの?」
「いや、らしくないなぁ~と思ってしまって」
「何だよぉ! 着させたのは雪の方じゃん!」
茜は頬を膨らませてすねてみせた。可愛い。そう。何を隠そう、このコーデを考えたのはこの私だ。思えば、この夏休みは洋服屋に行き尽くした感じだった。それに嫌な顔ひとつせずに……いやむしろノリノリでついてきたのが茜である。余裕だ。余裕過ぎる。魔女の生きる道みたいなものがあるのだろうか?
思えば、茜の家に行くのはこれが初めてであった。彼女の秘密に大きく関わることだから、踏み込んではいけないものだと思っていたが……あれこれ考えているうちに電車がやってきた。
「ちょっと! 雪! なに物思いにふけっているの?」
「え……あ、いや、茜の家に行くの、初めてだなって」
「え? おお! そうだね! 意外としてないことってあるね」
「あの、手伝いって何なの?」
「ちょっとうちの爺ちゃんのことで困っていてね……」
「お爺ちゃん?」
茜によると、彼女の家は自分と祖父の二人暮らしなのだと言う。聞くところによると、茜の祖父が最近変なことを話し出して困っているということなのだが……如何にも私よりどこかの行政機関に相談した方が良さそうな話である。
しかし茜が家族のことを打ち明けて、しかも自宅に招くというのはこれまでにない展開だ。ワクワクの反面、不安な意味でドキドキしてしまうのも本音だった。
そんな様子を察してか、茜が私の左肩をツンツンしてきた。それから、私たちの向かい側で、一生懸命NintendoDSをプレイしている眼鏡男子を指さした。よく見れば、私たちと同じ阿武高校の生徒で特進コースの男子のようだ。かなり小顔で童顔な雰囲気からして、おそらく1年生の男子と思われる。
「ねぇねぇ、あれ見てみ」
「電車でゲーム?」
「ゲームだけじゃないよ。ヘッドフォンまでしているよ」
「あ、本当だ!」
「私、ああいう中途半端なのは大嫌いなんだよね。どっちかにしろっていうね!」
「まぁ、近頃の子たちはあんなのじゃない……って、ちょっと何しているの!?」
茜は魔法のペンをいつの間にか取り出していた。そして間髪入れずにゆっくりなぞるようにそれを動かした。同時に眼鏡君の社会の窓が全開に開いて、真っ白なブリーフが露わになった。
「ぶふっ!!」
思わず吹き出してしまったが、眼鏡君は全く気付いてない様子だった。まさに茜の魔術の真骨頂というべきか。流石のセンスだ。きっと、眼鏡君は後になって大恥をかくのだろう。でも、茜の琴線に触れたのだから仕方ない。これまでも対応が好ましくない駅員さんや店員さん、さらにはウェイトレスさんまでもが餌食となってきた。何にしても茜を怒らせないのが1番である……というのは私の持論だ。
茜とクスクス大笑いしているうちに目的の駅に到着した。電車を出てからは、それまで溜めこんだものが爆発するかのように大笑いをした。つまり爆笑だ。
越ヶ浜駅は自然に囲まれた駅で、その周辺は山と海が隣接している。まさに田舎らしい田舎町だが、赤神家の家は海沿いを歩いていき、日本一小さな火山で有名な笠山の麓の港町にあると言う。家には茜と彼女の祖父の二人だけがいるとのこと。魔法を使う一族なのだから山奥にでも住んでいるのかと思ったが、そうではないらしい。電車を降りて1時間近く歩いただろうか。ときどきと……いうか、しょっちゅう止まっては夕日が沈む海を眺めたりした。茜が言うには、そうやって帰ることで心が癒されるらしい。なんと素敵でロマンチックな田舎の帰宅ライフなのだろう。どの時間使って勉強しているのか、甚だ疑問で仕方ない。
漁師が住んでいるような町々を通り過ぎて、やがて古風な家々が並ぶ町に入る。入って間もないところで、物凄く古びた小さな一軒家の前に茜が立った。
「ここ! ここが私のお家!」
「え?」と思わず言ってしまいそうな程に衝撃的なお家であった。いくらなんでもこれはない。こんな所で青春を生き抜く女子高生が生活しているなど、想像もつかない。それほどまでの家だと想像して欲しい。
そんな私の引き顔も気にせず、茜は玄関のドアをガラガラガラッと開き、ズカズカとお家の中に入って「爺ジ帰ったよ~」と大声を出して奥へと入っていた。私ものそりのそりと入り、「お邪魔します……」と静かに言って茜に続いた。