第4幕
私たちの友情にはちょっとした決まり事があった。私は「茜の正体に関しての秘密を守ること」。茜は「私が何かあった時には必ず助けること」。これは何かを話し合って決めたことではなくて、自然とお互いの暗黙の了解で決まったことだ。まぁ、それぞれの人間関係にはそれぞれの事情があるのだと察していただきたい。お陰様であのチンピラ事件以降は、私は何者からも狙われることなく平穏に日常を過ごしている。
さて、茜との出会い話が実に長くなってしまったが、話を現在に戻そう。今は9月の初旬。夏休みも終わり、私たち3年生は進路のことであれこれ言われ始める時期である。月日が進むとこれが更に五月蠅くなるのかもしれないが、私は幸い就職を決めていた為に、誰からも何も言われない境地を築き上げた。
茜はどうするつもりなのだろうか?そのような質問に対しては「何も考えてはないよ」とあっけらかんとしている彼女だったが、そう言ってもいられない時期に入ったはず。まして彼女は特進コースの生徒。人のスカートを捲ろうと呑気にしている場合じゃないはずだ。しかし、今日も彼女はケラケラするばかりだ。
校門に近づく。私の心配をよそに、彼女は妙な話を持ち掛けてきた。
「あ、そうだ。雪、今晩ウチに遊びに来ない?」
「え?」
「ごめん。何か突然だけどさ、ちょっと手伝って欲しいことがあってさ」
「手伝って欲しいこと?」
「うん。よかったら後でメールくれる?」
「うん……いいけどさ」
「らじゃ! また後でね!」
茜はニコッとして、手を振り、そのまま彼女の校舎へと向かっていった。
「受験勉強大丈夫なの!?」と激しく突っ込みたいところであったが、彼女の明るい笑顔は何もかも弾け飛ばしていった。これも魔法なのだろうか?いやいや考えすぎか。私はそっと微笑んで自分の校舎へと向かった。
学校を終えた私は家に帰り、施設長に夜間の外出の相談をした。ああ。そうだ。これまで話してなかったことだが、私には家族という家族がいない。物心ついた時からずっと、今もお世話になっている施設で過ごしてきた。私にとってはそれが日常生活の場なので、特別に意識などはしていない。だがこれを話さないと話が進まないので、一応話しておく。言わばこの施設こそが、私の家であるということだ。
しかしこのような外泊はこれまでしたことがなかった。もちろんお願いをしたこともない……という環境での無謀な挑戦だったが、私のお願いは条件付きで、あっさりと承諾された。
「うん。いいわ。もう来年の春にはあなたも大人だからね。ただし、携帯電話は持って行って。今晩と明日の朝にちゃんと連絡してね。でもあなたが外泊なんて珍しいわね。その赤神さんってどんな感じのコなのかしら?」
「なんていうか。ま、まじ……魔女みたいな女の子かな?」
「うふふっ! 何それ?」
「あ~いや~大丈夫だって! 特進コースの子だから大丈夫だよ!」
「へ~阿武高校の。それは優秀ね」
「いや~実際そうでもな……頭がいい子だよ」
「いいわ。気をつけていってらっしゃい。でも1日だけでもあなたがいないのはなんだか寂しいわね。みんな困っちゃうわよ?」
「来年の春には大人なんでしょ? みんな頑張らないと!」
「あらあら。あなたに言われるなんてね」
「じゃあ。行ってくるね。園長」
「気をつけて」
それから私は支度をして高校駅前へと向かった。