第2幕
翌日の朝。ロクに睡眠もできず、眠気MAXの状態で登校した。学校を休むという選択肢もあるにはあったが、私が学校を休むとなると、周囲に多大な影響を与えてしまうところがあり、よほど体調が悪くならない限りは学校を休むことはなかった。だから勇気を出して登校したというワケではないが……。ともあれ異常な緊張感と警戒心が体から離れることはなく、自然と足どりが重くなっていた。
こんな時に一緒に登校できる友人がいればどれほど助かるのだろう。もちろん私にはそんな存在などいなかった。やがて校門を通過。そこで私は一息ついて、一安心した。コースごとに校舎が違う学校の仕組みなので、校門を過ぎてしまえば優等生である昨日の女子と鉢合わせることはないからである。
ひとまず教室へ急がなくては。下駄箱で靴を手早く履きかえたその時、背後から妙な視線を感じた。恐る恐る振り向く。そこに昨日の彼女が立っていた。
彼女はこちらに気づくと、ハッとした表情を見せて目を伏せた。一瞬にして、私の心臓は張り裂けそうになった。もうここから逃げられない。覚悟はできても、身に感じる恐怖を誤魔化すことはできない。私は数歩下がり、尻もちをついた。顔を上げると、困惑した顔の彼女が見える。逃げたいところだが、体が固まって、思うように動かない。そしてこの周囲には、靴を履き替えながらこちらをちらりと見る生徒たちもいる。下手に騒ぎは起こせない。ひとまずゆっくりと立ち上がることにした。そして立ち上がった時に、彼女から意外な言葉をかけられた。
「お……おはよ!」
「!」
私は再び、数歩後ずさりをした。そのまま走って逃げようかとも思ったが、体の硬直がなかなか解けない。もはや私にできることは、正体不明の女をただ注視することぐらいだった。しかし彼女と向き合うことで、ハッキリと見えてきたこともあった。彼女の目には悪意がなく、どこか切なさを感じさせる表情をしていたのだ。私に危害を加えることはしないだろう……そう自然と思えるようになった時、彼女を警戒する気持ちも段々と抜けてきた。
「あの……ごめん」
「え?」
「その……怖がらせたりしてさ。ごめん」
「……」
彼女の口から発せられたのは、何と昨日の件の謝罪だった。改めて彼女の瞳を見る。意外に綺麗だ……じゃなくて、そこで彼女の言葉には嘘偽りがないことを感じた。紛れもない“善い人”だ。わざわざ違う校舎から、こちらに謝る為に来たのだった。ほんの数秒間の会話に過ぎなかったが、警戒心を解くには充分な瞬間だった。すると自然と私の方からも会話を始められるような雰囲気となった。
「ううん。私の方こそ助けてもらって。礼も言わずに逃げたりして……」
「し、仕方ないよね。あんなのを見ていてワケわかんなかっただろうしさ」
「昨日の男子たちはどうなったの?」
「ああ。ちょっと色々やっておいた。昨日のことは覚えてないよ。でもああいう奴は懲りずに同じことを繰り返す。だから、あの時間にここを通るのはよした方がいいかもしれないね」
「色々やったって……?」
「え~と。いやぁ~その~また話すよ。ほら! そろそろ時間になるよ!」
「一つ聞いていい?」
「何?」
「あなた何者?」
「魔女♪」
彼女はそう言うと、ニコッとして走り去った。ふと気が付くと、一枚の小さな紙を握っていた。いつの間に持ったのだろう?彼女の仕業だとしたら凄い神業だ……
『放課後に阿武高校駅前に❤』
クシャクシャになった小さな紙に、何とも汚い字でそう認められていた。これが優等生の字だと思うと不快にもなるが、私は目を閉じて気持ちを落ち着かせた。