第12幕
やがて事務所を開設して5年が経過した。ギリギリの経営で、私の事務所はなんとか荒波を乗り越えていた。今なら以前テレビでやっていたボンビーガールとか言う番組に出演してもいいのかもしれない。まぁ、無論しないが。
そんなことをあれこれ考えていると、1本の電話が事務所にかかってきた。
「もしもし。お電話ありがとうございます。『新宿なんでも探偵事務所』です」
「あの、求人を見てお電話したのですけど……」
「え? 求人? そんなの出していないですけど?」
「あ、いや、なんていうか、そちらの探偵事務所で働きたい! ……って、思って」
「あのね、ウチはね、あなたを雇うようなお金ないですよ? どこの求人見たの?」
「わ、忘れました。でも、お願いします! 面接だけでも、どうかお願いします!」
「もう……」
事務所開設以来、初の入社希望の電話であった。好青年をイメージしてしまうような男性の声だったが、如何にも考える頭がなさそうな会話能力を感じられた。もちろん採用する気など毛頭ない。でも、興味本位で面接を実施することにした。
面接当日。急遽、示談の手伝いの仕事に入っていた為に、私は相当な遅刻をしてしまった。古いビルの3階に構えている事務所に向けて、大急ぎで走った。案の定、褐色肌の外人らしき青年が就職活動の格好をして、事務所の玄関前に立っていた。そしてその時に、私は思わず心に浮かんだ声を漏らした……
「琉偉君?」
「あ! あ~やっぱり雪姉ちゃんだ! 雪姉ちゃん!!」
大人になった琉偉君は私に抱きついてきた。私は何が何だかわからなくなった。
「ねぇ……これはどういうこと? 貴方は面接に来たの?」
「ううん……雪姉ちゃんに会えたのならそれでいい! 茜さんの言った通りだ!」
「茜!?」
「うん。中にいるよ。凄いね。やっぱり彼女は魔女だった!」
「どうして琉偉君が茜を? いや、え、あれ? あれ? あれれ?」
瞳に浮かんだ涙で視界が歪んだ。私が事務所に入ると、そこには椅子に座った彼女がいた。茜だ。
「お~す! 久しぶり!」
目を擦って確認する。やはり間違いなく彼女だ。格好はピンクのシャツに赤のネクタイ。そしてリクルートスーツを何故か着ている。髪はポニーテールだが、昔よりもより紅さが濃くなっていた。何より彼女は美人になっていた。私が立ちつくしているうちに彼女は微笑んで、ゆっくりと近づいた。そして私を抱き締めて、頭をそっと撫でた。その感触が、これが現実であることを感じさせてくれた。こんなに嬉しいことがあるのだろうか。私はしばらく涙で言葉を失った。
「聞きたいことがありすぎる……」
「だろうね。いいよ。後でゆっくり話してあげるから」
「どうして、どうして琉偉君と?」
「貴女を探すという目的が一緒だったから。貴女ときたら、探偵になって雲隠れしたりするもの。それで困っていたら、“噴火の記憶”が彼にあるって分かってね」
「それで……」
「彼も貴女を探して全国津々浦々探し回っていたそうよ。雪のこと好きなのね~」
「そう……それで、あなたはこれまでどこに行っていたの?」
「爺ジを富士山のてっぺんに連れて行った。それからそこで10年間隠居したよ」
「そうだったの……」
「ねぇ、雪。お願いしてもいいかな?」
「何を?」
「これからずっとここにいてもいい?」
「うん! いいよ! もうどこにもいかないで!」
「ふふふ。あそこで柏木君が羨ましそうにこっちを見ているよ?」
「え? あ! こら! これは違う! もうっ!」
「おお~やったねぇ! 柏木君、どうやら私たち内定貰えたみたいだぞ~♪」
「本当! やったぁ! 今日からオレも名探偵だ!」
「まったく。もう……」
どうやらこれから賑やかな日常が始まりそうだ。いい意味でも。悪い意味でも。
「さてね。蒼井先生、さっそく私たちの出番はあるのですかな?」
「今は依頼が少ないからね。じっくり考えよう。それと私を呼ぶのは雪でいいよ」
「えへへ。そりゃそうか!」
「ねぇ、茜。一つ言ってもいい?」
「うん。何?」
「茜! 大好き! 愛しているよ❤」
∀・)最後までご愛読いただき誠にありがとうございました。次回作あれば、また茜たちとお会いしましょう♪♪♪