第11幕
瞬間的な出来事だった。一瞬にして白い閃光が目の前を走る直前、背中ばかり見せていた茜が私の方を振り向いたのを確認できた。私の目に映ったのは飾り気のない、ごく自然で明るい私の大好きな茜の微笑んだ顔だった。
そして真っ白な光が目の前に広がった。
それからのことは何も覚えていないが、目を覚ますと、ベッドの上だった。
私はどうやら風邪を引いていたらしい。隣の部屋の琉偉君も同じく体調を悪化させていたようだ。原因は食中毒らしい。余計なキノコを食べたとかなんとか……なんだか馬鹿馬鹿しい話だが、そんな事実はどこにもない筈だった。“筈だった”と言うのは、つまり私たちが風邪を引いてベッドに横になっていることが事実になっているということだ。こうやって話すと余計ややこしいが……
どうやら私の世界は大きく変化したようだった。まず、笠山の火山が噴火した事実はなくなっており、世間を賑わせたビラ事件も存在しないものとなっていた。そして赤神茜の存在もなくなった。
学校で調べても赤神という生徒は在籍しておらず、越ヶ浜の家にまで行っても、そこには全く関係のない漁師のお爺さんとお婆さんの夫婦が長閑に暮らしていた。
茜は幻となってしまったのだろうか? その疑問が私を長きにわたって苦しめていった……が、それは私の記憶と心の中で確かに彼女が生きている証拠なのだ。高校を卒業する頃には、そう自分自身でケリをつけられるようになった。きっと彼女とはまたどこかで会える。そう信じて。
高校を卒業した私は、探偵事務所で働くこととなった。普通でない私の人間性を買われたようだが、小さい頃から憧れていた探偵職に私は就けた。もしかしたら茜の魔法に救われたのかもしれない。そんな想像を膨らませながら、地道に一歩ずつ私は自分の道を進んだ。
5年後、経験に経験、勉強に勉強を重ねた私は東京で探偵事務所を開設させることに成功した。高卒の私が、思いもしない出世を果たしたのだった。
もちろん現実は甘くなく、浮気調査が主だった下積み時代よりも仕事の依頼の質は低かった。場合によっては、探偵とは全く関係のないような雑務に励むことが多々増えた。もはや何でも屋と言った方がいいかもしれない。そんな私の現状を見て、「前の事務所に戻ったら?」と言う人もいれば、「もっといい仕事あるよ!」と思い切った転職話を持ち出す人もちらほらいた。
この現状だ。ここ暫くは、昔お世話になった施設にロクに挨拶にも行ってない。「琉偉君は元気かな?」とぼやく時に思い出すぐらいだ。小さなオフィスで一人。私一人の格闘の日々が続いた。