第1話「東の国より、ひかる・イズル?」七
「大丈夫ですの?」
結花乃が救急箱から、消毒液のついたガーゼを取り出し、イズルの頬に当てた。
少し薄暗い生徒会室に浮かぶ、二人のシルエット。
「あの、話は」
イズルが静かに、口を開く。
「いいのよ、何も言わなくても大丈夫ですわ」
「じゃあ、どうして僕を呼んだんですか?」
イズルの言葉に、結花乃がうつむく。
潤んだ瞳は、先程から想像もつかないような、少女の瞳の色だった。
「話がないなら、僕教室戻ります」
「宝路君」
結花乃は、イズルの向かいに座った。唇が、少し震えている。
「宝路君、あのコがあなたの恋人なんて嘘よね? あなたがあんな子供っぽいコを相手にするなんて」
結花乃の声は、弱々しかった。イズルは思わずため息をつく。
「何だよ、みんなして。あいつはただの幼馴染なのに」
「本当? よかった……」
誰にも見せた事のない柔らかい結花乃の笑顔。
この顔を誰が想像出来るであろうか。
しばしの沈黙。
「もう、いいですか?」
沈黙の糸をちぎり、イズルが立ち上がろうとした瞬間、結花乃の手が、机の上にあったイズルの両手を包んだ。
イズルは眉ひとつ動かさず見ている。
「待って、宝路君。私、あなたの事が……」
イズルは、結花乃の言葉を最後まで聞く事なく、素早く結花乃の手から離れた。
結花乃はショックを隠しきれない表情でイズルを見上げる。
何かを乞うように、揺れる瞳。
「悪いけど、僕はアンタの気持ちに応えられない」
唇を噛み締める結花乃。
イズルはその結花乃を見る事もなく、生徒会室を後にした。
閉じた扉に背もたれ、空を仰ぐ。先程より更に深いため息が、騒ぎの疲れを吐き出すように漏れる。
そして、ふと、横を見ると、トーテムポールのように縦に並び、生徒会室の壁に向かい、耳をそばだてているユーゴとマリンがいた。
イズルに気付かれてしまった二人は、とびっきりの愛想笑いでその場をごまかそうとしている。
「お前ら、何やってんの……?」
イズルは、ユーゴとマリンに、呆れた口調で言い放った。




