第1話「東の国より、ひかる・イズル?」六
「朝から一体何ですの? 騒々しい」
真っ直ぐな長い髪、長いスカートを靡かせ、少女は鋭い目線で言い放った。
イズル達も、まわりの野次馬達も、その少女の言葉に答えない。
いや、答えないというより、関わりたくないという雰囲気だった。
「ふっ。相変わらずですわ」
少女は野次馬達の顔を見渡すと、鼻で笑った。
「みなさん、朝から、本当に間抜けな顔ですこと! わたくしのお父様が指揮する学校で、そんな顔しないで下さる?」
少女の言葉に、野次馬達の空気が変わった。明らかに、反発を含んだ空気。
少女は、その空気に少しも動じず髪をそっと払い、まわりを睨む。
「何? 文句があるなら言いなさい」
誰も、何も言わない。
「所詮、あなた達はでくのぼう、って所かしら?
さあ、もう授業が始まる時間ですわ、さっさと教室にお戻りなさい。
この学校は、あなた達の阿呆面を作る為にあるのではなくてよ!」
少女の言葉に不穏な空気を漂わせつつも、野次馬は散り、教室に戻っていった。
イズル達だけ残っている。ユーゴは、マリンに耳打ちした。
「おい、アレ、生徒会長だろ? 本当嫌な女だな」
「鈴木結花乃さん、ね。政治家の娘だし、俺は、余計な事は言わねえ」
マリンが、ぼそっと答えると、その少女──生徒会長・鈴木結花乃は、イズル達の元に近づいてきた。
「あなた達ね? 朝から騒ぎを起こしたのは。どのような事情? あなた、二年生の宝路君ね。これから生徒会室に来ていただきますわ」
その言葉を聞いて、ひかるはイズルの元に駆け寄り、両手でイズルの腕を掴んだ。
「ひっ、ひかるさん、こんなヤツの腕なんて!」
庵野が、慌ててイズルからひかるを引き離そうとする。
「騒々しい男ね。あなた、お名前は? どこのクラスかしら?」
結花乃は、庵野に尋ねた。
「に・二年C組、庵野丈、だ」
「アンノ、ジョー? おーほっほっほ! 案の上単純な名前ですこと!」
「な、何だってぇ? 失礼だぞ、謝れ!」
「さあ? 謝るのはあなたでなくて?」
「何?」
「わたくし、あなたと話す事によって、人生の貴重な時間を、無駄に使ってしまいましたのよ」
「はあ? お前、調子に乗るのもいい加減に……」
「何か?」
庵野を突如捉えた鋭い目線。その、結花乃の眼差しに、庵野は、思わすたじろいだ。
「あ、い・いや」
「ふん、ふがいないこと。さあ、そこのあなた達、さっさと教室にお帰りなさい!」
ユーゴとマリンは目で「すまん」と、イズルに謝りつつ、その場を去った。
庵野も渋々教室に戻る。ひかるだけが、イズルにぴったりくっついて離れない。
結花乃は、ひかるを黙ったまま見た。
ひかるは、結花乃の目線に震えるように、イズルに寄り添う。
「あなた、一年生?」
結花乃がひかるに問いかける。
「うん、じゃなく、はい」
ひかるが小さい声で答える。
「教室に行きなさい」
「でも……」
「行きなさい」
結花乃は、ひかるの言葉を切るように、はっきり言った。
「ひかる、行けよ」
イズルはそう言うと、ひかるの手をそっと解き、結花乃の元に行った。
「さあ、こちらへ。宝路君」
結花乃がイズルを先導して、歩き出す。イズルも後に続く。
「イズルちゃん!」
ひかるはその場に立ち尽くしていたが、去り行くイズルに向かって呼びかけた。
イズルは、ひかるを見ずに振り返る。
「何だよ」
「ごめんなさい、なの。ひかる反省してるの」
「……わかっているよ。大丈夫だから」
そう言うと再び歩き出し、イズルと結花乃は校舎の中に消えていった。




