第1話「東の国より、ひかる・イズル?」四
イズルは学校で有名人だった。
頭脳明晰・運動神経抜群、そして大病院の跡取りの美少年。
高等部のちょっとしたアイドル的存在で、追っかけの女学生までもいた。
そのイズルが、女子生徒と遅刻。
高校生の情事なんて珍しくない。
しかし、学校一のアイドルとなれば、話は別。
最高のゴシップである。
辺りは、井戸端会議のオバサンよろしく、興味津々に、二人視線を向け、ひそひそ話を始めた。中には泣き出す女子生徒までいる。
イズルはその矢のような視線の居心地の悪さに閉口したまま歩いた。
ひかるは、まるで気付いていない。
「イズル!」
居心地の悪い空間を切り裂くように、後ろから声が響いた。
振り向くと、そこには、鳩が豆鉄砲食らったような顔の、ユーゴとマリンがいた。
二人はイズルの同級生で友人。
短髪に太眉、いかにも体育会系のユーゴは、間髪入れず後ろからイズルを羽交い絞めにした。
「お前ぇぇええ、俺が先週フラれたばかりなのに、お前って奴ぁ!コノヤロー!しかも巨乳ちゃんじゃねえかよ〜!」
と、ユーゴは、更にイズルを力任せに羽交い絞めした。
「ぐわあっ、苦しい!やめろ、ユーゴ」
「そうだ、俺は先週フラれたユーゴなんだよ〜!コノヤロー!羨ましいんだコノヤロー!」
「離せ、てか、落ち着け、ユーゴ!ひかるはただの幼馴染だって。 近所に住んでるの。今年高等部に入ったから、俺を迎えに来てくれただけなの!」
イズルは精一杯叫んだ。
「エ?ホント?」
「本当、本当!」
ユーゴの手は緩み、イズルは開放された。
「アハハ、ごめんなイズル。いやあ、びっくりしたよ。 今まで浮いた噂がひとつなかった、イズル君が女の子と同伴登校なんて。俺実は、もしかしてイズルってホモ?まで思って心配してたんだけど。
でも、いざ可愛い子ちゃんを連れているのを見て、俺も混乱しちゃって」
「いいんだよ、ユーゴ君、わかってくれれば!」
イズルが両手を広げ、少し大袈裟に言うと、ユーゴも大袈裟に感動して、
「イズル君っ!」
と、友情ドラマよろしく大袈裟に抱き合った。
「そうなの〜、今日ひかる、イズルちゃんの部屋から二人で来たの〜」
その時響いたのは、ひかるの能天気な声。
「エ?マジで?じゃあ、イズルの部屋にずっといたって事だよね?」
もう一人の友人マリンが、長い前髪をかき上げつつ、淡々とひかるにインタビューしている。
「うん、そうなの〜。イズルちゃんベッドから中々動かないから、ひかるが後ろから抱きしめて、元気にしてあげるって言って、学校に来たの〜」
「おい、ベッドって、こりゃ……」
マリンは、クールな表情だが、声に躍動があった。
ひかるはるんるんで続ける。
「それでね、さっきイズルちゃん、ひかるをお嫁さんにしてくれるって、言ってくれたの〜」
「ちが〜うッ!」
イズルは反射的にユーゴを突き飛ばし、血相変えて、ひかるとマリンの間に飛び込んできた。
「ひかる、その言い方はちょっと違うだろ」
「ひかる、って呼びなれているじゃん」
マリンが鋭く突っ込む。
「いや、だから、これは、幼馴染だから」
イズルは必死に言い訳をする。
「イ〜ズ〜ル〜」
先程突き飛ばされたユーゴは、ゾンビのようにゆらりと立ち上がったかと思うと、再びイズルを羽交い絞めにした。
「イズル、許さん〜!」
「ユーゴ、やめろ、やめろぉ〜!ぐええ」
イズルは、先程とは比べ物とはならない締め付けに、思わず嗚咽をあげた。
「何か面白いの〜」
「お前のせいだあッ!」
ひかるの天然な発言に、イズルが突っ込む。
マリンは顔をそらして、息を殺し、腹をかかえ笑っている。
その時、ドサッと荷物が落ちた鈍い音がして、全員その音の方向を見た。
そこには、拳を握り締め、震えあがる一人の少年がいた。




