第2話「大昔でバースディを……」七
四人の顔が明るくなる。
──良かった、助かった!
ここに来て初めて「生きた気」がした。
ひかると結花乃に笑顔がこぼれる。
庵野は、感極まってか、泣いていて、不覚にも笑ってしまった。
「着いたらさっさと降りることだな」
蘭舞が、また突っかかってきたが、町が見えた嬉しさで、何とも思わなかった。
夜風に優しく揺れる木々がどんどん近付く。
そして、町の入り口に隊列が止まった。まず、イズルと庵野が、馬から降りる。
イズルは、総馬の元に駆け寄った。
「あの、ありがとうございました!」
総馬は、馬にまたがったまま、無言でイズルを見おろしている。
「本当に助かりまし……」
その時、首筋に冷たいものを感じた。
「動くな」
蘭舞が、背後から、イズルの首に剣を当てている。
「何ッ」
「ふ……はははは!」
総馬は、今までの無口な状態からは、想像出来ないような大声で笑いだした。
「た、助けてぇ!」
後ろで響く庵野の絶叫で、庵野も自分と同じ状態だと感じる。
「何をする!」
イズルが叫ぶと、目の前に、両手を縛られ、布で口を塞がれた、ひかると結花乃が、男達に連れて来られた。
「ひかる、会長!」
二人は、助けを求めているが、口を塞がれ、何を言っているか不明だった。
「畜生、二人を放せ! お前ら、商人じゃなかったのか!?」
「そう、商人さ……ただし、人を売る、ね」
蘭舞はイズルの耳元で嘲笑する。
「こんな荒れに荒れている世に、女が男装もせず歩くなど、売り飛ばして下さいと言っているようなもの」
「売り飛ばす?」
「そう、若い女は高く売れる」
「そんな事はさせない! 放せ!」
「馬鹿か、貴様。総馬様の一言で、ここにいる男全員で、あの女どもを辱める事も出来るのだぞ?」
蘭舞は口の端を上げて笑み、持っていた剣をスーッと引く。
イズルの首筋に、赤い線が入り、血が滲んだ。
「よせ、蘭」
総馬が蘭舞を諌めると、蘭舞は、イズル以外に気づかれないよう舌打ちして、剣を止めた。
「女を運べ」
総馬の指示に、男達は、ひかると結花乃を無理矢理馬に乗せる。
二人は必死抵抗するが、男達の力を前に、まるで歯が立たなかった。
「ひかるさあん!」
庵野は、感情任せに暴れだしたが、側にいた男に腹を蹴られ、その場にうずくまる。
「庵野!」
イズルは、総馬を鋭く睨みつけた。
「総馬、絶対に許さない」
「貴様、分をわきまえろ!」
蘭舞は、イズルの言葉に逆上したように叫ぶと、イズルの背中を蹴り、倒れこんだイズルの腕を切りつけた。
白い学生服が切れ、みるみる赤く染まる。
「蘭、勝手な真似はよせ」
「そ、総馬様! ……申し訳ありません」
蘭舞はうつむく。イズルは、総馬を睨み続けた。
「フ……地の果てまで追って来そうな目だな……」
総馬は、満足そうに笑みをこぼすと、マントを翻し、うねりを上げるような声で、指示した。
部下達が速やかに動き出す。
「お待ち下さい、総馬様! こいつらを片づけないのですか?!」
蘭舞が、総馬に食らいつく。
「放っておくが良い。この町は、面識のない者は即座に消す五源商団の町。
遅かれ早かれ結果は同じ事」
「同じ事……って。何故です!? いつもはこのような事は……」
「何か不服か」
総馬はそれ以上言葉を言わなかった。
しかし、全身から出る威圧感に、蘭舞は閉口し、剣を納めた。
それを確認した総馬は、騎乗し、先頭に躍り出る。
「あの女ども、滅茶苦茶にしてやるよ」
蘭舞は、吐き捨てるようにイズルに言うと、馬に乗り、隊列の先頭集団に加わった。
イズルは、出血のせいか意識が朦朧としだす。
だが、離れ行く隊列をしっかり瞳に捉え、最後の力を振りしぼりって立ち上がり、叫んだ。
「ひかる、会長ーッ! 必ず、必ず助けるから!!」
返事はなかった。そして、まもなく、隊列は消えた。




